第二話 初飛行
「一旦、今日はもう暗くなって来てるので、明日の早朝またここで会いましょう」
アイラさんの了承を貰い、この日は解散となった。
自分の中で覚悟を決める時間が作れた事は不幸中の幸いだ。
「急に竜に乗って空を飛ぶって言われてもな……」
高い所が怖い訳ではない。
実際俺は百メートル程度の高さであれば問題なく着地出来る。
問題があるのは乗るのがアイラさんという事だ。
命令とはいえ女性の背中に乗るというのは少々気後れしてしまう。
「気にしすぎてもしょうがないか……」
◇ ◇ ◇
日が昇り始めた頃合いに待ち合わせ場所に向かう。
そこには既にアイラが待っていた。
朝焼けが彼女の銀色の髪を輝かせ、
潮風がそれをなびかせる。
その光景は思わず見惚れてしまうほど美しかった。
「すみません。お待たせしてしまって」
「問題ないですよ。おはようございます」
声をかけてみると少し眠たそうな声で、返事が返ってきた。
「おはようございます。改めまして、今日はよろしくお願いします」
「アイラです。よろしくお願いします。早速ですが移動しましょうか。ここで竜化すると港の人を驚かせちゃいますから」
彼女は港の外へ先導するように歩いていく。
その後を追いながら気にしていることを尋ねる。
「確認なんですが、えーと、その、竜族の方に乗せて頂くのは初めてなものでして……作法とかってあるんですか?」
「作法ですか?ふふっそうですね〜土足厳禁ぐらいで後は乱暴しなければ問題無いですよ」
気楽に言うがこちらの緊張は切れない。
失礼の無いようには心掛けようと改めて思う。
「実際、竜化出来る竜族も少ないですし、結構な魔力と体力も使うので、人を乗せて移動出来るのは私ぐらいでしょうね」
「そうなんですね……なにか失礼があれば振り落としていただいて構わないので……」
「ふふっ紳士なんですね。貴重な体験出来たラッキー!ってぐらいで良いんですよ」
「そうは言ってもですね……」
「そういえば……新種の魔物についての情報を聞いておいてもよろしいですか?」
「共有してませんでしたね。俺も直接戦ったわけじゃないんですが……」
昨日フランから聞いた事をアイラに伝える。
「そうなると魔物を倒しながら、来ている方向に向かい出現元を特定するまでが今回の任務になりますね」
「背中をお借りしますので討伐に関しては基本こちらで請け負います」
「頼りにしています」
雑談と報告を重ね緊張が解れて来た頃。
港の外れにある丘でアイラが止まる。
「この辺りで良いですかね」
周囲に人がいないことを確認し、彼女は俺を見る。
「ではここから貴方を乗せて新種の魔物の位置まで向かいます」
先程までの柔らかな雰囲気が、きゅっと引き締まった。
「魔力温存の為、基本戦闘はフリック大尉に任せます。航路付近の魔物を掃討後、そのまま発生源の特定に移ります」
「了解しました」
「では参りましょうか」
アイラさんの身体から膨大な魔力の奔流を感じる。
徐々に銀色の光が彼女を包み込み、完全に覆われてしまう。
やがて光が強く輝き、思わず瞳を閉じる。
瞼越しにも伝わる程の光が収まるのを感じ、恐る恐る目を開く。
とても美しく、恐ろしい竜がいた。
全身を覆う銀の鱗は、傷つく事を知らないかのように輝いている。
背には四枚の巨大な翼が広がり、その動きに合わせ周囲の草が大きく揺れる。
全てを見透かすような、紅い瞳がまっすぐこちらを見据えている。
本能が逃げろと訴えてくる。
それでも、俺は一瞬も目を離したくなかった。
とても恐ろしく、美しい竜がいた。
◇ ◇ ◇
「……さん」
「……ックさん」
「フリックさん?」
「えっ?はい!」
「何度もお呼びしてるのに返事が無いから心配しましたよ?」
「すみません。あまりに神秘的だったものですから」
「えっ?あーありがとうございます……こほん。では背中に乗ってください」
「了解しました。飛び乗ってしまって大丈夫ですか?」
「はい。ただ靴だけはちゃんと脱いでくださいね」
言われていた通り土足厳禁のようなので靴を脱ぎ、紐でまとめて腰にかけた。
「では失礼します」
丁寧に失礼のないようにそっと飛び乗る。
あと二人ほど乗っても余裕のありそうな背中だが、どのようにしていればいいか分からず、おどおどしてしまう。
「ふふっ座って頂いて大丈夫ですよ。立っていると風で飛ばされてしまいますし」
「確かにそうですね……では失礼します……」
移動は任せて座りっぱなしというのは、なんともいたたまれない気持ちだ。
「じゃあ移動始めるんですけど、初めて人を乗せるのでえーと落ちないでくださいね?」
「え?ちょっとまっ――」
俺の声が届く前にアイラさんは飛び立ち、四枚の羽根で加速する。
次の瞬間、体が後ろに引っ張られる感覚がした。
速い!速すぎる!
とっさにアイラさんの首の付け根にしがみついたので振り落とされてはいないが…
風圧が強すぎてまともに呼吸ができない!
「フリックさん乗り心地はどうですか~?」
「…………っ!」
答えられるわけがない。
一度速度を落としてもらおう。
そう考え必死に手を伸ばして首元をたたく。
「悪くないですか!よかったです!」
違う…そうじゃない…
「問題なさそうなのと目的地が近いのでこのまま行っちゃいますね!」
やはり恐ろしい竜だった。
◇ ◇ ◇
「見えましたね。大きな亀。フリックさん、見えますか?」
魔物が見えるところまで、僅か二分足らずで到達したのには驚くが、今はそれどころではない。
止まってもらえている今のうちに、呼吸を整えなければいけない。
「フリックさん?落ちちゃいましたか?」
「ちょっと……ぜぇ……待ってくれ……はぁ……」
「えっと…もしかしてそんなに飛ぶのが楽しかったの?」
「違うから!!」
「えっ?」
「風圧!風圧が強くて息ができなかったんだ!」
「あっ……ごめん……竜化してると問題ないから気づかなかった……」
「次は……加速する前に一言声をかけてください……」
「うん……気を付けます…」
風圧で呼吸ができないなら風魔法で風を逸らせば呼吸自体は問題なくできる。
次からは伝えてくれるだろうし心配は要らないだろう。
「それであれが大亀ですか。海面に沢山甲羅が見えますね。」
「そうみたいです。私より少し大きいぐらい。数も多いですね」
報告で聞いていたよりも多い。
見えているだけでも三十体はいる。
「今いるのが、ちょうど交易航路の上空です。あの大亀たちがいる海域を抜けて、ガラドーン側へ向かうことになります」
「では航路の確保のために見えているものはすべて倒さねばなりませんね…」
「フリック大尉、できますか?」
「倒せるとは思いますがどれぐらい時間がかかるかは戦わないと分かりません。数が少ない西の陸地側から始めましょう」
「分かりました。では大亀の上に移動します」
移動する指示があったので俺は自分自身に風避けの魔法を発動する。
それを確認してからアイラさんは翼を動かす。
フランさん達が苦戦したという大亀。
まずはその硬さを確かめさせてもらおうか。




