第1話 新たな任務
「え~とつまり、俺と空を飛ぶのか?」
「そうなりますね」
――先に言っとけよ、あのおっさん……。
◇ ◇ ◇
「フリック大尉、お前に新しい任務がある」
「急に呼び出してそれですかグランツ中佐。嫌です」
「ガラドーンとの交易航路に強力な魔物が現れた。討伐と調査を頼みたい」
「俺の話聞いてませんよね?」
執務室に呼び出されたと思えば、何の前置きもなく厄介そうな任務を言い渡された。
この男はいつもそうだ。
こっちの都合など聞きもしないで仕事を持ってきては、当然のようにこなすものだと思っている。
だから俺は、この中佐が憎い。
「そもそもなんで俺なんですか、他にも暇な奴はいるでしょう?」
「うちの部隊に頼んでみたんだが、手に負えないらしくてな。死者こそ出てないが、負傷して撤退した。今の戦力じゃ手に負えん。そこで人類の英雄様の出番ってわけだ」
「それはまた……ってあんたの部隊が負傷!?」
思わず聞き返した。
グランツ中佐の部隊といえば、俺が幼い頃から世話になってきた連中だ。実力もよく知っている。
「負傷者は何人だ?命に別状はないんだな?」
「負傷者は三人だ。命に別状はない。慣れない海上での戦闘だったとはいえ、あいつらも精鋭だからな」
その言葉を聞いて、胸を撫で下ろす。
「ならいいが……そうなると俺に頼む程の任務というのも納得できますね」
「俺だって好き好んで大変な所にお前を送ってる訳じゃないんだ。適材適所でお前が万能なのが悪い」
この人が俺を呼び出すときは、大抵ほかの部隊では対処しきれない案件ばかりだ。
もっとも、今回ばかりはあの人たちが撤退したというのだから、少しばかり骨が折れるかもしれない。
「自分の優秀さが憎いです。まぁとりあえず詳しく話を聞かせてください」
「詳しいことは俺も分からん。どうやら新種らしくてな。隊員が近くの港町で治療を受けている。現地で直接話を聞いてくれ」
ああ、まただ。
久しぶりに稽古に時間を使えると思っていたのにこの男はいつもこうして断れない仕事を持ってくる。
◇ ◇ ◇
グランツ中佐から任務を言い渡されて一日と少し。
馬車で港町に到着した俺は、負傷した隊員が療養している駐屯地を訪れていた。
案内された部屋の前で足を止め、扉を叩く。
コンコン。
「グランツ中佐からの命令で来ました。フリックです。フランさんはいらっしゃいますか?」
「フリックか!入っていいぞ!」
「失礼します」
「久しぶりだな! フリック、元気だったか?」
「うっ、苦しいです……フランさん……」
「久しぶりなんだからいいだろ!」
「久しぶりに会った相手を絞め落とそうとしないでください……」
扉を開けるなり抱きつかれ、思わず悲鳴を上げる。
久しぶりの再会にこちらも軽く抱き返すと、ようやく腕の力が緩んだ。
この人はフランさん。グランツ中佐の直属の部隊を率いている、昔からの知り合いだ。
「お陰様で心配事が減って元気になりましたよ」
「ははっ心配かけたな、この通り問題なし。負傷した連中も回復して、今はみんな買い物に行ってる」
「まだ安静にしていた方が良いのに……相変わらずですね」
「まぁショックなのもあるんだろう。フリックの負担を減らそうって意気込んでたのにこの様だからな……気分転換も必要なんだろうさ」
その言葉に、何と返せばいいのか分からなくなった。
昔からそうだ。この人たちは、俺がどれだけ大きくなっても、いつまで経っても心配ばかりしてくる。
……ありがたいとは思っている。
だが、それを素直に口にするのも何だか気恥ずかしい。
「……俺の負担を減らしたいなら、まずはちゃんと休んでくださいよ」
「ははっ、違いないな!」
「まったく……。それで、傷の具合は本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。治療も済んでるし、魔物に直接付けられた傷でもないからな」
「というと?」
「乗ってた船が揺らされてな。擦り傷だの打撲だので直接傷つけられたわけじゃねーんだ。」
念のため、治癒魔法で培った知識を活かしてフランの身体を診たが、言われた通り特に問題はなさそうだった。
「それで、何が出たんですか?」
「大きな亀だな」
「亀ですか? 」
「あぁ、攻撃性は低いんだが、とにかくでかくて硬い。おまけに船が近づくと、下から押し上げてくるんだ。小型船なら簡単にひっくり返されるし。大型船でも船底を傷めかねない……」
「なるほど……」
「俺たちも協力して一点を集中攻撃することで、どうにか二体は倒した。だが、そこで魔力が尽きちまってな。撤退するしかなかった」
「二体……ということは、まだいるんですか?」
「ああ。ぱっと見でも、あと十体はいたな」
思っていた以上に数が多い。
あの人たちが二体倒すだけで魔力を使い切ったというなら、相当な硬さなのだろう。
「すぐにどうこうってわけじゃないが、航路が塞がったままだと、そのうち交易にも影響が出ちまうだろうな」
「まぁ任せてください。そのために俺が来たんですから」
「心強いもんだな。人属の英雄さんよ!」
「その呼び方やめてくださいって……。誰のせいで広まったと思ってるんですか」
「ははっ、何のことかわからん!」
……この件については、いずれじっくり問いただすとしよう。
敵について確認したいのは硬さと出現場所だな。
「魔物の素材などは保管してありますか?」
「いや、あまりにも大きくてな。まだ魔物も残っていたから、回収できずに置いてきたよ。すまんな」
「では大まかな出現場所は?」
「航路を東に進んで、山脈の南端に差しかかるあたりまで行けば、嫌でも姿が見えるはずだ」
「それにしても、そこまで巨大で今まで確認されていなかった魔物が突然十体以上も現れたとなると……」
「ああ。俺もそこが気になってる。断定はできないが、近くに発生源があるかもな」
「……魔窟の可能性もですね……」
「そうだな。そうなると厄介だ」
魔窟は不定期に魔物を発生させる面倒な代物だ。
存在するのであれば適切に対処せねばいけない。
「まぁそんな怖い顔すんなって。あるって決まったわけじゃない。それにガラドーン側も協力してくれるって話だ」
「竜属がですか?それは心強いですね!」
「昨日、グランツ中佐の所に、ガラドーン側から連絡が届いてな。今日の夕刻に港の詰所で合流する予定だそうだ。まだ時間はあるが、先に向かっておけ」
「分かりました。ほかの皆さんにご挨拶は……」
「今回はいいさ。あいつら、お前に会ったら真っ先に謝りそうだからな。今はゆっくり休ませてやってくれ」
正直、皆の顔は見ておきたかった。
だが、謝られても困る。俺としては全員無事だっただけで十分なのだから。
「そしたら皆さんにはこう伝えといてください。次は期待してる!って!」
「おまっ、ちょっとは礼儀を覚えたと思ったらなぁ。生意気言いやがって!ははっ分かった伝えとくよ!」
◇ ◇ ◇
港の詰所に着いた俺は相手が来るまで窓から海に沈む夕日を眺めていた。
潮を含んだ海風が肌にまとわりつく。
それでも、水面に映る夕日がきらきらと輝く光景は、どこか感傷的な気分にさせてくれた。
こんな景色だからこそ待つ時間すらも楽しく感じる……のもそろそろ限界かも。
既に辺りは暗くなり始めており。
どちらにせよ、今から海上調査を始めるには暗すぎる。今日は打ち合わせだけにして、調査は明日からになるだろう。
そう考えて窓から視線を外し、振り返ると――。
「わっ」
「えっ?」
目の前には銀色の髪に紅い瞳、角と爬虫類のような尾を持つ見覚えのある女性が立っていた。
見覚えがあるどころではない。
かつて親善試合で剣を交えた、ガラドーンの少佐だった。
「すみません。声をかけようと思ったんですが、何か考え事をされているようだったので……」
「いや、こちらこそ。……というか、アイラさんですよね?」
「はい。お久しぶりです、フリックさん」
そう言って、彼女は少し申し訳なさそうに笑った。
「それにしてもなんでわざわざアイラさんが?」
以前の親善試合で剣を交えたときのことは、今でもよく覚えている。
こちらは身体強化を使っていたというのに、彼女は魔法による強化もなしに俺の剣を受け止めていた。
あの試合は結局引き分けに終わったが、互いに本気を出していたわけではない。
少なくとも、俺が知る限り、彼女ほど手強い相手はそういない。
「今回は海上での調査が中心になると聞いています。私は竜化して飛べますから、船を使わずに周辺を調べられるんです」
「なるほど。合理的な判断ですね」
「それで、フリックさんにも一緒に来ていただこうと思っています」
……え?
「今、何と?」
「私が竜化しますので、背中に乗っていただければと」
「……えーと、つまり俺と空を飛ぶのか?」
「そうなりますね」
なるほど。空から調査すれば船はいらないし、広い海域も効率よく確認できる。
合理的だ。実に合理的な作戦だと思う。
だが、一つだけ言わせてほしい。
――先に言っとけよ、あのおっさん……。
第1話をお読みいただきありがとうございます。
初めまして。
戦うことに長けた二人が、少しずつ自分たちの暮らしを築いていくファンタジー作品です。
戦闘や冒険だけでなく、日常や二人の関係性の変化も丁寧に描いていければと思っています。
よろしくお願いします。
次回からは、二人による交易航路の調査が始まります。
続きも楽しんでいただければ幸いです。




