魔王ミレーネ・ヴァルガス03
王座に腰かけると、玉座の間は不思議なほど静まり返った。満身創痍の勇者たちの荒い呼吸と、横にいる猫ちゃんの小さな喉の音だけが響く。
勇者は剣を杖のように突き立て、辛うじて立っている。仮面の魔導士は血に染まった衣を押さえながら、必死にこちらを睨んでいる。
王女は崩れ落ちそうな身体でなお、真っ直ぐな眼差しをわたしに向けていた。
……胸が痛む。
わたしにとっては、ここからが本当の戦いなのだ。
このまま共に歩めば、確かに人と魔は手を取り合えるかもしれない。
でもそれは「勇者の物語」だ。その瞬間から、この世界は人間の手で紡がれていくだろう。
わたしは魔族だ。その未来は甘美だが、わたしが選んではならない道。
魔族を、わたしの手で勝利に導かなくては。
「魔王様、これからどうするつもりですか」
王女の声が澄んで響く。
「できたら、手を取り合って世界を良くしたい。魔族の王であるあなたと、人間の王女であるわたしが……共に歩めば」
その言葉は甘い毒だ。ほんの少し、心が揺れる。だが……魔族の誇りは人間に委ねるものではない。わたしの背には、無数の魔族の怨嗟と希望があるのだから。
「それはのめない」
声が冷え、床石を伝って震えた。
「この戦争は魔族の勝利で終わらせる。勇者を下し、わたし自身が新しい秩序を築くのだ。さあ、立て。全力でこい。どちらが勝っても恨みっこなしだ」
勇者と魔導士が立ち上がる。
その眼差しは強い。まるで王女と同じ光を宿している。彼らはすでに限界を超えているはずなのに……まだ戦おうというのか。
猫ちゃんが、ふらりと立ち上がり、わたしと勇者の間に割って入った。「やめて」……そう訴えるように丸い瞳で見上げてくる。その姿に心が裂かれそうになる。でも、やめるわけにはいかない。
ごめんね、猫ちゃん。あなたを裏切る。その痛みはわたしが背負う。
わたしはゆっくりと立ち上がり、片手を掲げた。頭上に黒い球が生まれ、重苦しい光を放つ。空気が圧し潰され、王座の間の石壁が軋む。
「これが、魔王としての答えだ!」
わたしはその黒き球を、勇者たちめがけて放った。




