04
ベルアは目が見えていなかったのか。だが、それを感じさせない。いや、見えていないからこその"冴え"があるのだろう。この間の戦いで使った暗黒界……あの闇を支配する魔法。あれはただの術ではない。やつ自身が最初から、闇の中で生き、闘ってきた証。暗黒のベルア……そう呼ばれる所以だ。
「エルガオ、気にすることはない」
ベルアが低く笑う。
「わたしは、目が見えていた頃よりもはるかに"見えて"いる。おまえの息遣い、体温、臭い、筋肉のきしみまで感じ取れるのだ」
「ふん……言われるまでもない」
エルガオはたてがみを揺らし、牙を見せて笑う。
「確かに、おまえは強くなった。だが俺もだ。あの闘技場では力を隠していた。強さを見せすぎれば、人間どもに脅威とみなされ、すぐに処分されるからな」
「闘技場でも土魔法は使わなかった。本気を出したのは半分……いや、五割程度だ」
「なるほど……」ベルアの口元がわずかに吊り上がる。
「では今なら本気を見せられる、というわけだな」
「わかっている。すでに八割を解放している」
「では……決着をつけよう」
「そうだな」
エルガオは吠え、闘気を全身にみなぎらせる。空気が震え、床石がひび割れる。
「これが俺の全力……! 土魔法……オリハルコン!」
黄金の輝きがエルガオの身体を覆った。獣の肉体に、伝説の金属の鎧が融合する。
「ほう……準備が整ったか」
「これで、おまえの刃は通らん」
ベルアは黙して大剣を構える。その闇の刃が、空気を裂き、低く唸った。エルガオは拳を掲げ、ファイティングポーズをとる。次の瞬間……二人の姿が掻き消えた。
轟音。拳と剣が正面からぶつかり、衝撃が波紋のように広がった。そこからは嵐のような応酬だった。剣閃が火花を散らせば、拳が床を砕き、壁を削る。巨躯のぶつかり合いなのに、速い。速すぎる。目が追いつかない。耳に届くのは金属音と肉の爆ぜる音、そして二人の獣じみた息づかい。
ついに両者は距離をとった。肩で息をしながらも、口元には笑み。それは敵を憎むものではなく……好敵手を認め合う者の笑みだった。
「なかなかやるな」
「おまえも腕を上げた。土魔法だけではない。動きそのものが研ぎ澄まされている」
エルガオの目に一瞬、炎が宿る。
「俺は人間を恨んでいる。村を襲われ、男は皆殺し、女や子どもは奴隷としてさらわれた……俺は部隊を半分殺したが、人質を盾に捕まった。あの時に悟った。人間は悪だ。根絶すべきだと」
「……そうか」
ベルアは低く応じた。
「だが、おまえの言葉に理はある。世界は一度壊されねばならん。近い将来、大きな変革が訪れる。その先を見据えなければならんのだ。だから俺は王国に与する」
「ならば……俺たちは信じるもののために拳を交わすだけだ。こんな時代でなければ、おまえとは友になれたかもしれんな」
ベルアはわずかに首を振る。
「いや、まだ遅くはない。この世界はまだ捨てたものではない。猫の勇者をみて、そう感じた」
「ならば……全力で来い!」
エルガオが再び吠え、闘気を爆発させる。
「闇魔法……暗黒界」
ベルアの声と同時に、濃密な闇が溢れ出した。視界はゼロ。漆黒の球体に包まれる。だが、獣人は闇を恐れない。わずかな音、臭い、気配……すべてが目になる。
中から響くのは、剣と拳の衝突音だけ。見えない。だが、聞こえる。凄絶な闘いの音が。
それは十分以上も続いた。互いの気力と肉体を削り合う、死闘だった。
やがて闇が薄れ、二人の姿が現れた。
ボロボロだ。ベルアの大剣は折れ、エルガオのオリハルコンの輝きは消えていた。それでも二人は拳を握り、殴り合いを続ける。
パンチが相手に届く。相打ち。それでも立ち上がる。また殴る。
最後の拳が交差した瞬間……
轟音とともに、二人は同時に地へ沈んだ。




