03
二人目の新四天王……道化師ロットは、シャーリーの機転で退けられた。もし、あの場で俺が相手していたら……正直、やばかったかもしれない。改めて思う。シャーリーは冷静で、頼りになる。あの仮面の下の表情は見えないが、たしかな強さがある。
だが、次は俺の番だ。俺は剣を握り直す。今まで磨いてきた剣技に、自由度を増した「新しい猫ちゃん剣法」。どんな相手でも、どんな剣でも受けて返せる。そう信じている。今度こそ、見せてやる。
廊下を進むと、また分厚い扉が待ち構えていた。アカシックレコードが告げる。「中に強敵がいる」と。その言葉に緊張が走る。俺は深呼吸し、扉を押し開いた。
中央に立っていたのは、巨体の獣人だった。黄金に輝くたてがみ、鋼鉄のように盛り上がった筋肉。ただ立っているだけで空気を圧する……まさしく百獣の王。こいつは……強い。
「人間か」
低い声が響いた。胸の奥まで震わせるような声だ。
「ああ。勇者の仲間、剣士レオンだ」
「勇者の仲間……なるほど。ここまで来たということは、イフリートもロットも敗れたか」
「ああ、俺たちで倒してきた」
「そうか。だが、あいつらは"お笑い枠"だ。四天王の面汚しよ」
獰猛な笑みが牙を覗かせる。なるほど……こっちの陣営も、じじいみたいな"ネタキャラ"を混ぜてるわけか。だが、目の前の獣人は……絶対に違う。本物だ。
「俺の名はエルガオ。獅子の獣人にして、百獣の王を名乗る者だ。……さあ、かかってこい」
エルガオが一歩踏み込むだけで、床石が割れ、空気が震える。近づいただけで、圧倒的な力を感じる。その巨体は俺の倍。腕一本で俺の身体ごと剣を砕けそうだ。
だが、リーチはこっちが上。俺の剣が届けば勝機はある。そう信じて、一歩前に出る。
エルガオが身構える。俺も剣を抜き、隙をうかがった。次の瞬間、獅子が動く。
「……来い!」
獣の気配に反応し、俺は剣を振る。手応え……いや、違う。ガキィン!と嫌な音。まるで岩を斬ったような感触。剣は弾かれ、痺れが腕を襲う。
次の瞬間、太い腕が迫る。咄嗟に受け止めようとしたが、力が桁違いだ。
ドゴォッ! 拳の衝撃が全身を叩きつけ、俺は後ろへ吹っ飛ぶ。
床を転がり、必死に受け身を取る。立ち上がったときには胸が焼けるように痛んでいた。あれをまともに食らっていたら、命はなかった。
こいつ……ただの獣人じゃない。纏っているのは……地の魔力。その身体は岩のように硬く、勇者の剣でなければ砕かれていた。
「ククク……どうした。もう終わりか?」
巨体がゆっくり迫ってくる。金色のたてがみが光を反射し、まるで王冠のように輝いて見えた。これが百獣のエルガオ。圧倒的な力の化身。
だが、俺は退かない。心臓が高鳴り、身体が熱くなる。こいつは強い。だからこそ、俺が倒さなければならない。
「……上等だ」
俺は剣を構え直す。
「新しい猫ちゃん剣法……見せてやる!」
「ちょっと待て!」
背後から絞り出すような低い声が響いた。反射的に振り返ると、薄闇の中から人影が浮かび上がる。肩に巨大な大剣を担ぎ、闇の気配を纏った男……暗黒のベルアだ。入れ墨だらけの頭部は、あの時見た姿と同じ。あのとき、俺は勝ちきれなかった。いや、猫ちゃんの助けがなければ完敗していただろう。
一瞬、胸がざわつく。敵の増援か……そんな最悪の想像が頭をよぎる。エルガオとベルア、二体同時はさすがにきつい。
「レオン、代われ。こいつとは因縁があってな」
ベルアはそう言って肩の剣を下ろした。
「なぜ、俺たちに加勢するんだ?」
「この前、猫ちゃんに助けられた。俺は誇り高き南の国の部族……トーマの一族。借りた恩は必ず返す」
「俺たちは勇者だ。場合によっては王国を敵に回すかもしれないぞ」
「立場の問題だ。俺は王を守る者だ。だが、借りは借りだ。それに……今はおまえたちに勝ってもらったほうが都合がいい」
エルガオが鼻を鳴らした。その視線がベルアに向けられる。
「暗黒のベルア……久しぶりだな」
「おお、懐かしいな。無事逃げおおせたようだな」
「簡単なことだ。俺が人間ごときに遅れを取るはずがない。あの時は逃げるためにおとなしくしていただけだ」
「そうか。だが決着はつかなかったな。……やろうぜ、闘技場の続きを」
「ふっ、おまえとの試合は唯一楽しめた闘いだった。悪くない」
エルガオの顔に、金色のたてがみがゆらりと波打つ。
「では決着をつけよう」
そう呟くと、二人は同時に構えた。
床石が軋み、空気が震える。闇と大地がぶつかり合うような気配が、廊下を満たしていく。互いに一歩、二歩。距離を詰める足取りには、かつて拳を交えた者同士にしかわからぬ"読み"があった。
そして、衝突。
ガツン、と鈍い衝撃音。闇の大剣と岩の拳がぶつかり、俺の胸の奥まで響いてくる。
ベルアは両腕で大剣を振り絞る。刃をまとわる闇は軌跡を黒く裂き、空気を斬り裂くたび影の残光を残す。エルガオは筋骨ごと受け止め、その反動で地の魔力を拳に宿し叩きつける。拳が床を揺らし、石畳に亀裂が走り、砂塵が舞い上がる。
互いの攻撃は"質"が違う。ベルアの闇は鋭い刃。対するエルガオの地は、叩きつけるほどに質量を増す。ベルアの刃が食い込んでも、獣人の肉体は岩のごとき硬さで受け止める。逆にエルガオの拳が当たれば、ベルアは闇で衝撃を分散させ、致命傷を避ける。
俺は息を呑みながら観察する。攻撃のリズム。呼吸。わずかな癖。……エルガオは踏み込みに全体重を乗せる。ベルアはその瞬間を狙い、刃の軌道を捻って急所を突く。今のところ、互いに一歩も譲らない。
その時、ベルアの体勢がわずかに崩れた。やはり、力比べでは不利か。隙を突き、エルガオが腕を変化させる。岩……いや、黒鉄のような質感に変わった腕を振り回した。
ベルアは咄嗟に大剣で受け止める。金属と金属が軋み、火花が散った。エルガオは拳を押し込み、二人の顔が至近距離で睨み合う。
その直後、エルガオは腕を振り払って距離を取った。
「……おまえ、その目。見えていないのか」
「ああ、光を失って久しい。だが……エルガオ、それがお前に何の関係がある」
ベルアはそう言ってニヤリと笑った。




