仮面魔女シャーリー・メルク01
手を上げたとき、胸の奥で冷たい予感がする。デスゲーム──そんな命題だろう。味方を見渡す。レオンは頭脳戦は苦手そうだ。アントンさんは頼りにならないし、王女はアカシックが使えない。猫ちゃんはどこかへ行ってしまった。残るのはわたしだけだ。
「じゃあ、弱ければ弱いほど強いものってなんだ」
なぞなぞか。瞬間、頭の歯車が回る。だが、答えはすぐに出ない。ロットの笑いは広い空間に波紋を作る──余裕というよりは罠だ。
「それはぼくだよ。それでは始めようか」
ロットはふいに立ち上がり、楽しげに拍手を打った。舞台の照明が変わるように、空間自体が少し歪む。周囲の空気が重くなる。観客の幻影がざわめき、見えない視線がこちらを測る。
「どんなゲームなの?」
「簡単。戦闘ゲーム。ぼくを倒したら、この部屋を通してあげるよ」
「そう、じゃあ、遠慮なくいくわ。アイスジャベリン!」
杖を振ると、白い息が放たれて、魔力が槍の形で濃縮される。氷の槍がわたしの前に迸り、空気を切り裂いた──と、同時にロットの方からも、氷の槍が飛んできた。あれは鏡写しじゃない。わたしの魔法が完璧に写し取られて、逆向きに返されてくる。
咄嗟に杖で受け止める。金属と氷が擦れる音が耳元で鳴り、腕に衝撃が走った。だが致命傷は避けた。ロットはにんまりと笑う。
「そうそう、言うのを忘れてた。この部屋には三つのルールがあるんだ」
ロットの声は遠く、サーカスの呼び声のように歪む。
「ひとつ、攻撃魔法以外の魔法は使えない。ふたつ、攻撃をしたら全部跳ね返ってくる。みっつ、30秒に1回は攻撃をしないとならない。これだけだよ」
ルールはシンプルで、致命的だ。攻撃すれば必ず返る──攻撃魔法以外の魔法が封じられている以上、回避や補助は使えない。さらに、時間の制約で「間」が許されない。短い猶予の中で論理をひもとき、解を見つけるしかない。
ロットは短剣を手に取り、こちらへ駆けてきた。素人の動き。そしてその攻撃はロットに返る。その弱弱しい攻撃はほぼダメージを与えない。
「やっぱり、弱いな。ぼくは魔族で最弱って呼ばれてるんだ。ゴブリンより弱いって。魔族の中で役立たずでね。でもこの空間魔法を手に入れてからは最強なんだよ。いじめたやつら、みんな自滅してくれた。傑作だったよ」
嫌な笑いだ。悪趣味で、どうしようもなく屈折している。だが、ただ嘆くだけでは突破できない。考えろ。何か突破口があるはずだ。でも時間は迫ってくる。とりあえず行動しないと。
「もし手加減したらどうなるの?」
「攻撃しなかったときと同じだよ。罰として……大きな隕石が落ちてくるんだ!」
「……そう。じゃあ、しかたないわね」
わたしは杖を思いっきり振りかぶり、ロットの頭をカーン!と殴った。
ゴンッという音が響く。同時に、同じ衝撃がわたしの頭にも返ってきて、ふらりとよろめく。
「い、痛っ……!」
「アハハ! 殴るなんて!魔導士だから攻撃力は弱いか。でもぼくはもっと弱いんだ。おねえさんのほうがダメージは上」
ロットはケラケラ笑いながら短剣をチクッと振るう。反射して自分の腕に傷を負っているが、ダメージは小さい。
「次は君だよ。さあ、また殴るのかな?」
「……なるほどね。ほんとに弱い。しかも運動神経もゼロ、体幹もガタガタ。それが武器になるなんてね」
わたしは息を整え、杖を構えた。
「じゃあ……こういうのはどう?」
「アイスワールド!」
氷結魔法最強の範囲攻撃だ。半径5メートルくらいの範囲を氷結させる。凍てつく嵐がわたしを覆い、吹雪がわたしをも巻き込む。肌が切り裂かれるような痛み。それでも、氷の魔法には耐性があるわたしならギリギリ耐えられる。……だが二度目は無理だ。
「ハハハ! 自分の魔法でフラフラじゃないか!」
ロットは狂ったように笑う。
「いいね、その絶望の目! ぼくをいじめた連中も、みんなそんな目で死んでいったんだ!」
わたしは冷静に、淡々と数字を数え始める。
「十五……十四……十三……」
「な、なに? ぼくが攻撃を忘れるとでも思ってるの? そんなこと……あるわけないじゃん!」
ロットはナイフを構えてこちらへ突進してきた。
その瞬間、わたしはにやりと笑った。
「……はやく攻撃したほうがいいよ。10・9」
カウントダウンに慌てたのか、ナイフを持ってこっちに走ってくる。
ロットの足元がツルリと滑る。さっきの吹雪で床は一面のスケートリンク。ロットは見事にすっ転び、そのまま氷の上を滑走していった。
「うわああっ!? ま、待って止まらない! ちょっ、助けて!」
「……五。四。三」
わたしは無表情でカウントを続ける。
必死に立ち上がろうとするロット。だが滑って尻もち、また立ち上がろうとして転ぶ。ドタバタすればするほど滑り続ける。
「二。……一」
「やだやだやだやだ! このままじゃ……!」
「ゼロ」
天井が光った。巨大な隕石が轟音と共に落下し、ロットを押しつぶす。
最後に道化師の悲鳴と、派手な爆煙が部屋を包み込んだ。
わたしは杖を肩に担ぎ、ため息をつく。
「……ほんと、面倒くさい相手だったわね」




