02
俺たちは魔王城の前に立っていた。石の壁は黒々と聳え、天を突くような尖塔は不気味に歪んでいる。風の音さえ、何かの呻き声のように聞こえた。
「……ここが最終防衛線か」
俺は剣の柄を握りしめる。できることなら消耗なしで魔王に挑みたい。だが、そう簡単にはいかないだろう。
王女セレスが目を閉じ、アカシックレコードを展開していた。額に汗を浮かべながら、低い声で告げる。
「……変です。魔王は地下牢にいます。王座に座っているのは宰相ベルダン。そして……新しい四天王が四人、城を守っています」
「四天王は留守のはずだったんじゃ?」
俺が問い返すと、セレスは小さく首を振った。
「本物は遠征に出ています。でも、別の"四人"が配置されています。強さはそれに匹敵します」
背筋に冷たいものが走る。つまり、避けては通れない。シャーリーが前に出た。瞳は迷いなく燃えている。
「……なら戦うしかありません。レオン、二人ずつ分けましょう。わたしとあなたでそれぞれ倒す。王女と猫ちゃんは後方支援を」
「了解」
俺も覚悟を決める。
「わたしは周囲の索敵と、可能な限りのサポートをします」
王女の声は少し震えていたが、その目は決意に満ちていた。
「じゃあ、猫ちゃん。おれに例のやつを頼む」
「まかせるにゃん! ……『猫ちゃんになあれ!』」
猫ちゃんが飛び上がり、肉球で俺の額をぺちっと叩いた瞬間、身体の芯に火が灯る。筋肉が躍動し、感覚が研ぎ澄まされる。勇者魔法『がんばれ』の強化版……"究極がんばれ"か。
「すごい……体が軽い!」
シャーリーも同じ加護を受け、驚きの声を上げていた。
「おお、わしのフライパンにも力がみなぎるぞ!」
じじい……アントンがフライパンを振り回しながら目を輝かせる。
……いや、それで何をどうするんだ。
「いや、わしも二、三人は倒すぞ。勇者パーティの一員だからのう!」
「いや無理だって!」
俺とシャーリーが同時に突っ込んでしまった。
だが、このやり取りで、少し肩の力が抜けた。怖さが消えるわけじゃない。けれど、俺たちは仲間だ。仲間がいれば、前に進める。
「とにかく……みんな、すごくがんばれ、にゃん!」
猫ちゃんが仕上げに掛け声を上げる。俺たちは顔を見合わせ、頷きあった。
その時、猫ちゃんがしっぽを立てた。
「じゃ、ぼくは城の中を探検してくるにゃん♪」
そう言って、ぴょん、と石壁を駆けのぼっていった。
「おい、勝手に行くな!」
「……ま、いつものことですわね」
セレスがため息をつく。
重苦しい空気の中にも、笑いと熱が混ざる。
でも、俺たちは……ここで決着をつけるのだ。
うまく城に忍び込むことができた。城の地図も完全にわかっているみたいだ。できるだけ警備が手薄なところを狙うが、やはり戦闘なしというわけにはいかない。しかし、目立つわけにはいかない。できるだけ、隙をみて魔族を倒していく。正々堂々というわけにはいかない。
そして、ある部屋の前に到着する。
「この中に強者がいます。この前の四天王級の力を感じます。でも避けることはできません。注意してください」
セレス王女がアカシックレコードを確認して伝える。みんな、無言でうなづく。
まずは俺が出よう。俺は先頭にたってドアを開ける。
中は広い空間になっている。その中央に炎をまとった2メートルくらいの筋肉質の男。その炎が暗い部屋を照らしている。
その男の全身から噴き出す炎が、ぐわっと広間を満たした。熱風が渦を巻き、壁の石材すら赤く爛れていく。
「近づいただけで…熱い…!」
セレス王女が顔を覆いながら呻く。
彼の瞳は、灼熱のマグマそのもの。炎が呼吸のたびに爆ぜ、部屋全体が溶鉱炉のように変貌していく。
「我が名はイフリート。宰相ベルダン様に仕える炎の魔人だ。」
その言葉と同時に、炎の腕を振り下ろした。
ドゴォォォン!マグマの塊が床を穿ち、爆ぜる。
溶岩の雫が飛び散り、鉄すら溶かす熱で石床が波打った。
「くっ、こんな炎…浴びれば一瞬で灰だ!」
俺はとっさに横へ跳び、熱風に煽られながら剣を構える。
だがイフリートは笑いながら両腕を広げた。
背後の炎が巨大な火柱となり、まるで火山が噴火したかのように吹き上がる。その勢いに、天井の梁までもが焼け落ち、火の粉が雨のように降り注ぐ。
「人間ごときが、我が灼熱にどこまで耐えられるか試してやろう!」
あまりの威圧に俺は思わず後ずさる。だが、その肩にぽんと手が置かれた。
「レオン、ここはわしに任せい」
アントンじいさんだった。炎をものともせず、腰のフライパンをカチャリと構えている。まるで台所に立つ料理人のように落ち着いた顔で。
「わしがな。若いころ、師匠に教えられた言葉がある。炎を制する者が料理を制する」
しみじみと言いながら俺を振り返る。
「だから、炎を恐れていたら料理人なんてできないんじゃ。そして、わしは修行の上、炎の料理人と呼ばれるようになった。わしにとって炎を支配するのは簡単なことじゃよ」
なんか聞いたことがあるフレーズだし、そういうことじゃない。本人はカッコいいことを言ってるつもりなんだろうけど、全然意味がわからない。
今やっているのは戦い。料理じゃないんだ。
「さあ、わしが相手じゃ」
イフリートは怒りで全身の炎を荒れ狂わせる。広間の空気が焼け、石床にひびが走る。
「この炎に触れたものはすべて灰と化す!じじい、おまえも丸焦げになれ!」
炎の槍をいくつも生み出し、雨のように放つ。しかし、アントンは涼しい顔でフライパンをクルクルと回す。
カンカンカンカンッ!
炎の槍がフライパンに弾かれ、反射して壁や天井に突き刺さる。
「うむ、いい火力じゃ。チャーハンに丁度よさそうじゃ」
いや、焦げるって、火力強すぎだって。
「な、なにをぶつぶつ言っている!」
「火加減を見極めとるだけじゃ」
イフリートはますます怒り狂い、自ら炎の巨人へと変貌する。さすがじじい、相手を怒らせることは上手い。イフリートは灼熱の腕でアントンを叩き潰そうと迫る。
ドゴォォォン!直撃。フライパンごと壁に押し潰された……かに見えた。
「じじいっ!」
俺が叫んだ瞬間、壁の中からひょっこり現れるアントン。服は焦げず、髭だけクルンと巻き上がっている。なんとか無事そうだ。しかし、じじいは攻撃を防ぐだけしかできない。攻撃手段がないのだ。
「だいじょうぶじゃ」
「じじい、次でおわりだ」
「それは無理じゃ。おまえはすでに切られておる」
いつの間にかじじいの手に包丁が握られている。
そのとき……イフリートの肩口から、鮮やかに切り分けられた腕が地におちる。
「な、なんだと……!?」
「おまえはもう"切れておる"んじゃ。料理人はな、包丁人とも呼ばれるんじゃ。そして、わしは包丁の魔術師と呼ばれておる。魚が切られたことさえわからないほどの生き造り。空中での野菜の飾り切り。水面に浮かべた野菜を切る。わしにとっては簡単なことじゃ」
炎の料理人じゃなかったのかよ。いくつ二つ名があるんだ。
「まだ、やるのか。それなら相手になるぞ」
じじいは包丁をフキンで拭き、元の腰に差した。
イフリートはじじいの前で膝をつくのだった。
イフリートの間を抜け、俺たちはさらに奥へ進んだ。
やっぱり、あのじじいの"謎の力"にやられると動揺するのかもしれない。イフリートは膝をついたまま、もう動こうとしなかった。
もしかして、じじいって本当に強いのか……そんなことをちらりと考えるが、見た目が見た目だけに信じられない。あの満面のどや顔を見ると、腹の底からむかつく。まだ咳き込んでいるし、スタミナに不安があるのは明らかだ。次の戦いで使い物になるかは疑問だが、とりあえず一体倒してくれたことには礼を言っておこう。
廊下を進むと、また扉が現れた。
「この奥に、強い力を感じます」
セレスの声が静かに告げる。どうやら、また新四天王の一人らしい。今度は俺が前に出る番だ。防御力ならこの中でも一番だろう。
ドアを開けると、中央に小柄な男が座っていた。ピエロのような衣装をまとい、白塗りの顔にいつも通りの笑みを浮かべている。見た目はそれほど恐ろしくない。さっきのイフリートを見た後だけに、ちょっと拍子抜けだ。でも油断は禁物だ。魔導士系の気配がする。となれば、やはり一枚上手かもしれない。
「ぼくは道化師ロット。君たちは勇者かな?」
声は甘く、空気に溶けるようだ。
「ええ、そうよ。ここを通してくれる?」
シャーリーが前に出る。彼女の声は冷静で、頼りになる。
「いやだね。ベルダン様の命令で、誰も通さないことになっているんだ。だけど……ぼくと遊んでくれるなら、通してあげるよ」
「そんな暇はない」
「じゃあ、通さないよ」
「じゃあ、力づくで通る」
俺は前に出ようとしたが、見えない力に押し戻された。
「セレス王女、どうなってるの?」
「はい、今。なぜか、アカシックレコードが作動しません」
「そう、この部屋はぼくの作った空間だからね。ぼくが許可しない限り出られないんだ」
急いでいるときに限って面倒な相手だ。
「どうしたら通してくれるの?」
シャーリーは冷静に問いかける。どんなときでも、彼女は動じない。俺たちが苛立っているのとは対照的だ。
「ぼくと遊んでくれたらね。ゲームをしようよ。それに勝ったら、通してあげる」
道化師は無邪気に笑った。
「誰が遊んでくれるの?」
「じゃあ、わたしが遊んであげる」




