アルゴス王国将軍メイスン・ファラガー01
わたしはメイスン・ファラガー。アルゴス王国第一将軍だ。
今回の作戦はわが腕の見せどころ、国境防衛の任を預かっている。
魔王軍は三万、こちらは五万。しかもこちらの五万はすべて職業軍人だ。数も質も相手を圧倒する。勝負は最初からわかっている……そう思っていた。
ランガス砦の話は耳に入っていた。あの引きこもり王女が、魔王軍一万を四千で退けたらしい。世間では「なにやら王女が戦略で勝った」と騒いでいるが、そんなものはまぐれにすぎない。そんな机上の作戦が実際の戦場で役立つかどうかは別問題だ。やつらはたまたま運がよかっただけだろう。実戦で鍛えられた戦術とは比べものにならん。
若い頃、わたしは魔族の村を襲ったことがある。ゴブリンだのコボルトだの、獣に過ぎぬ連中だ。彼らにまとまった戦術など期待できない。こちらの兵が一人で三人を相手にすれば、あとは数で押し切れる。戦争というより、狩りの延長だった。村は蹂躙され、獲物は分配された。思えば、楽しい狩りだった。
わたしの頭には幾千の戦略が詰まっている。机上の理屈ではない。実際の戦場で血を流し、兵を失いながら磨いてきた本物の戦術だ。それをこの場で見せてやる。
今回の布陣は鶴翼の陣。横へ広がる典型的な包囲陣形だ。敵が中央に突っ込んでくれば、左右の翼で包み込む。こちらの職業軍人なら、命令一つで動いてくれるはずだ。相手はおそらく直進しかできない。包め、叩け、開けてまた迎え入れる……それの繰り返しで、この戦は狩りに変わる。
部下が「魔王軍を確認」と報告を持ってくる。視線を上げれば、地平線に黒い塊が見える。予定どおりだ。朝の光の下で、私は櫓の上に昇り、軍配を高く掲げる。戦場が一望に入るこの位置は、指揮官の舞台だ。ここで指示を出し、戦況を掌握する。将軍というものは、部下の前で堂々と見えることが半分の仕事だ。
「展開!」と軍配を振れば、兵は整然と横に広がる。鶴の翼のように伸びる鉄の列。数と秩序が美しい。戦はこうあるべきだ、王国の威光を示すための戦だ……そう、私は道化のように振る舞う。笑顔をたたえ、余裕のジェスチャーを忘れず、勝利の劇を演じる。敵に恐怖を与えるよりも、味方に勇気を与えるほうが速い。大げさに指示を出し、声を張り、旗を翻す。見せ場を作るのは将軍の嗜みだ。
だが、その舞台演出の中で、わたしは深く考えすぎなかった。相手の変化に目をやることを怠った。圧倒的な自信が、こちらの目を曇らせる。画面の端に小さな異変が走るのを、私は劇に見とれて見落としていたのだ……それが、後に道化の仮面を剥がされる始まりになると知る由もなく。
何が起きたのだ。
戦闘開始前の静けさが一瞬で裂け、わが軍列の上空に雷が落ちた。閃光とともに兵の列は一瞬ひるみ、混乱の隙をついてゴブリンの一隊が斬り込んでくる。だが、突進してきたのは以前の"見るからに弱そうなゴブリン"ではない。動きは研ぎ澄まされ、兵の足を狙う素早い斬撃の連続??まるで小さな戦士の群れだ。
後方を見れば、巨人やオーク、オーガが重戦力として控えている。小さな敵も馬鹿にできない。足元を崩され、次々と兵が地に倒れる。いきなり一点を突かれる形になって、これは計画どおり……ではない。
「囲め!」
私は軍配を振るった。両翼の兵へ、一斉に包囲の号令を飛ばす。だがその瞬間、両翼の外側にも闇が割れ、奴らの別動隊が現れた。楔を三つ同時に打ち込まれた形。翼は動きを封じられ、前後の連携が断たれる。
「魔法部隊、魔法を撃て!」
私は次の手を命じる。魔法で一掃してやればよい。ところが、若い魔法兵の一人が震えた声で言う。
「味方を巻き込んでしまいます……」
「構わん。どうせ平民の兵だ。補充は効く。」
そのとたん、また落雷が轟く。敵の魔導士か、あるいは何者かの超常の一撃だ。魔法部隊は瞬時に壊滅に近い損耗を受けたのだ。あのエルフの一撃は、日々の研究で洗練された我が軍の魔法を一瞬で凌駕したのだ。王国の誇る魔法部隊が簡単に無力化されてしまった。
「早く撃て、平民の兵など気にするな! やつらも魔族と共に落ちるのを光栄に思っているはずだ」
かつてなら勇ましく聞こえたはずの言葉も、今は空虚に響く。耳元で兵の悲鳴と金属の断裂音が混ざり合う。報告が割り込む。息が切れた兵が息を整え、震える声で告げる。
「将軍、中央を……とんでもない強さの魔族が突っ込んでいます。一撃で何十人も吹き飛ばされます。『将軍を出せ』と吼えながら、兵を殲滅しています!」
総崩れだ。両翼にも同等の強さが現れ、もはや陣形は紙きれのように裂け、兵は散り散りに逃げ惑う。私は狼狽える参謀と部下に囲まれ、問いかけられる。
「将軍、命令を! このままでは魔族に負けます。どうすればいいのですか!」
私は腕を組み、描いておいた戦術を思い出そうとする。だが目の前は火と鉄の嵐。頭の中で用意していた図面がひとつ、またひとつと剥がれていく。櫓の上の私の威厳は風に飛ばされ、代わりに汗が額を伝う。
考えろ、メイスン。だが時間はない。
私は目を細め、深呼吸してゆっくりと目を開く。部下たちの顔が期待と恐怖で見開かれている。
「分かった。作戦を伝える。」
皆が耳を傾ける。静寂が一瞬場を支配する。
「みんな、がんばれ!」
そこにあふれたのは、言葉の滑稽さだけだった。部下たちはぽかんと口を開け、風のように凍りつく。凍りついた空気の隙間から、遠くでまた雷が鳴る。「ぷっ」笑いをこらえきれなくなった部下が吹き出す音が聞こえた。
だって、これしかないじゃないか……と心のなかで自分につぶやく。だが口に出して言うのはやめた方が良かった。将軍というものは、時に最後の一言まで演出して見せねばならぬ。今は、己の青臭さと慌てぶりが、周囲の笑いの種になるだけだと気づくには、遅すぎた。
後にわたしの名前が「がんばれ発言によって戦局を360度変えた将軍」「がんばれ将軍」として歴史書に名前が残るとは思ってもいなかった。




