魔王ミレーネ・ヴァルガス01
わたしはミレーネ・ヴァルガス。十二歳にして魔王を名乗る者。
父が急死したあと、その遺言により王座を継いだ。だが今、わたしは魔王城の地下牢に囚われている。宰相ベルダン……父の弟が主導したクーデターによって。
両手足には魔力を封じる枷。こんなものが必要になるくらい、わたしの力を恐れている証拠だ。本来なら、牢の石壁など指先ひとつで粉砕できるのだ。
「ミレーネさま、ご気分はいかがですか」
鉄格子の向こうで、ベルダンが笑みを浮かべる。
「いいわけ、ないだろ」
「でしょうね。しかし、もう少しの辛抱です。戦争が終わるまで」
「こんなやり方じゃ、戦争は終わらない」
ベルダンの目が細くなり、冷たい光が宿る。
「先代魔王も同じことを言っていました。人間と共に歩む道を探ると。……愚かしい」
彼はゆっくりと言葉を重ねる。
「人間は害虫です。我ら五大種族……悪魔族、エルフ、吸血鬼、獣王族、鬼人族が支配すべき。優れた者が世界の頂点に立つ、それが理です。……そういえば、あなたの血にも人間が混じっていましたね」
胸の奥がずきりと痛む。けれど、わたしは顔を上げて睨み返す。
「ベルダン、そんな理屈で正統を奪えると思うな。わたしは父に指名された魔王だ」
「正統? あなたが?」
鼻で笑い、彼は踵を返す。
「戦争が片付いたら、賛否を問えばいい。誰があなたを選ぶのか、楽しみですね」
鉄の扉が閉じる音が、やけに大きく響いた。
……油断した。ベルダンはずっと父を支える忠実な宰相に見えていたのに。父亡きあとも、わたしを補佐して政を助けてくれた。疑う余地などなかった。まさか、毒で眠らされ、目覚めれば鎖につながれているとは……。
わたしは唇を噛む。忌み子と呼ばれたこの身を、それでも魔王に指名してくれた父の想いを裏切るわけにはいかない。この屈辱、必ず晴らす。
わたしは魔王族の父と、人間の母のあいだに生まれた。
母はもともと人間の貴族の娘だったらしい。魔族に捕らえられ、献上品として父のもとに送られた……そのはずが、父は母を一目見て恋に落ちた。
透き通るような肌、宝石のように澄んだ青い瞳、そして金糸のように輝く髪。母は美しかった。そして強かった。誰もが反対する中で、父は母を手元に置き続けた。
黒い角、青い肌、筋骨たくましい父の姿は、魔族の中でも畏れられていた。けれど母だけは、その厳つい外見の奥にある優しさを見抜いたのだ。二人はやがて恋に落ち、わたしが生まれた。
母は美しさだけでなく、聡明さでも群を抜いていた。人間の世界で学んできた学問……科学、魔法、数学、歴史、戦術。それらを惜しみなくわたしに教えてくれた。
そして夜になると物語を語ってくれた。とくに「美女と野獣」のお話は、まるで父と母のことのようで、わたしのお気に入りだった。
だが、母は早くに病で命を落とした。もともと体が弱かったうえに、魔王軍に捕らわれ、さらにわたしを産んだことで寿命を削ったのだ。最期に母は父とわたしの顔を見て、笑ってこう言った。
「二人に会えて、幸せだった」と。
それからわたしは必死に学んだ。魔法も剣も、軍のことも。父の後ろ盾と母の知識を受け継いだことで、幼い身ながら魔王軍を導く立場を任されるようになった。
それまでの魔王軍は烏合の衆だった。ただ力任せに暴れるだけ。犠牲は多く、人間相手に勝ちきれないこともあった。そこでわたしは軍を組織として動かすようにした。強大な力を持つ種族同士を連携させ、互いに補い合う形に整えた。それだけで魔王軍の戦力は何倍にもふくれあがった。
……だが、皮肉なことに。軍が強くなると「人間など恐れるに足らぬ」と息巻く勢力が台頭した。共生を模索するわたしは、彼らにとって邪魔でしかなかったのだ。
そんな中、父が病に倒れた。そして最期の力で、わたしを後継者に指名した。
「母マルセアの知識で、魔族を導け。おまえならできる」
……それが父の遺言。
こうして、わたしは魔王となった。
父が亡くなった途端、周囲の空気は一変した。
「人間とのあいの子に魔族を統べる資格はない」……そう囁く声があちこちから上がった。
けれど、わたしには膨大な魔力があった。父のように強靭な肉体は持たなかったが、魔力の才だけは父を凌いでいた。とくに創造の魔力。母から学んだ豊富な知識と組み合わさり、わたしは次々と新しい魔法を編み出すことができた。
その力ゆえに、やがて正面から逆らう者は減っていった。……裏では四天王が反対派を粛清していた、という噂も耳にしたが。
しかしその頃から、人間の侵入はひどくなる一方だった。狩りと称してゴブリンやコボルトを斬り捨て、魔族を獣と同じように扱う。珍しい種族は高く売れると知ると、今度は獣人やエルフを奴隷にするために襲いはじめた。百人単位の軍で村を蹂躙し、焼き払い、女や子供まで鎖につないでゆく。
もちろん魔族も反撃したが、犠牲になるのは末端ばかり。その一方で、肥え太った人間の貴族どもは懲りずに魔族狩りを続けていた。
母から人間の国の仕組みを学んでいたわたしは分かっていた。……討つべきは末端ではなく、支配する貴族だ。彼らを倒さない限り、犠牲は終わらない。
だからこそ、魔族の幹部たちが「人間を滅ぼすべし」と声をあげたとき、わたしは彼らを止められなかった。むしろ胸の奥では、人間に狩られる魔族の姿に耐えがたい痛みを感じていた。わたしは人間ではなく、魔族だから。
まず、わたしはカナンという町を攻め、その領主を捕らえた。
人間には知恵があるというが……あっけなくわたしの作戦に引っかかり、逃げ出したところを四天王が捕縛したのだ。領主はしどろもどろに王国の現状を吐いた。中央の情報には乏しかったが、それでも十分な糸口になった。
今回の大義は「魔族奴隷の解放」。けれど、それだけでは終わらない。母が語ってくれた物語を思い出す。どんなに力で勝っていた未開の民も、文明人の詐術にかかればあっけなく支配されていった。魔族がそうならぬようにするには、一度で決着をつけなければならない。戦争を繰り返せば犠牲だけが積み重なるのだから。
そうしてわたしは総攻撃を決断した。だが、その最初の砦で四天王バーミラが破れた。勇者を名乗る一団が現れ、軍を退けたのだ。
迷いはあった。けれど結局、わたしは全軍出撃を選んだ。四天王すべてを派遣し、人間を完全に押し潰す。人間に魔王城まで攻め入る力はないはず。仮に来たとしても、わたしと側近だけで守り抜けると信じていた。
……その油断こそが、最大の過ちだった。
四天王が留守になった隙を狙い、宰相ベルダンが牙をむいた。父の弟であり、長らくわたしを支えてきたはずの男が……裏切り、クーデターを起こしたのだ。




