07
俺たちは王宮に入った。王と謁見するためだ。
これはセレス王女の考えだった。俺たちは王国のやりかたがいいとは思わない。貴族中心主義、平民を物のように扱うこと。本当なら、こんな国はぶっ壊したい。
だが、今は魔王が迫っている。戦争に負ければ、王国はつぶれる。そうなれば人間は魔族の奴隷となるだろう。
だから王に認めさせる……俺たちを勇者と。魔王を退ければ英雄だ。その英雄人気を使って、セレス王女を中心に改革を進める。そうすれば、この国は少しはましになる。
そのために、いま俺たちは王宮に立っている。
謁見に先立って、礼服に着替えさせられた。金糸で飾られた豪華な騎士服。着慣れないし、場違い感がすごい。隣を見ると、じじい……アントンも同じ格好をしていた。
似合わない。どう見ても似合わない。
「わしの正装はコックコートにコック帽なんじゃがな」
冗談めかして言うが、俺はまだ信じられなかった。本当に、このじじいが宮廷料理人だったなんて。
控室へ向かう途中、厨房へ戻る料理人とすれ違った。そのひとりがアントンを見て、目を見開き、叫ぶ。
「あ、アントン料理長! どうしてこんなところに!」
「おう、ライナスか。久しぶりじゃな」
……自然すぎる。久しぶりに再会した弟子と師匠。そんな空気が一瞬で広がった。
「お元気そうでなによりです。……でも、料理長がいなくなってから、宮廷の味は落ちました。塩ひとつぶの加減まで気を配る姿勢。あれを真似できる者は誰もいません。魂が違うんです」
「そんなことはない。わしは若いやつらに全部伝えたつもりじゃ」
アントンは肩をすくめて笑う。だがライナスは首を振った。
「有望な者はみんな、料理長のあとを追って辞めてしまいました。……また厨房に戻ってきてくださるんですよね」
一瞬、じじいの目が揺れた。懐かしさと、寂しさがにじむ。だがすぐに笑って首を横に振った。
「それは無理じゃ。わしは勇者の仲間なんでな。世界を救わにゃならん」
ライナスは深々と頭を下げ、肩を落として去っていった。
……本当だったんだ。宮廷料理人っていうの。嘘だと思ってた。絶対に。……ちょっと見直さないといけないな。
それにしても、だ。フライパンで魔法を打ち返すじじいが、塩ひとつぶにこだわる料理人だなんて。信じろってほうが難しいわ。
「待たせたな。なあに、昔のことだ。今のわしは、一戦士にすぎんよ」
かっこつけるじじい。
……やっぱりなんか腹が立つのだった。
俺たちは玉座の間でひざまずいていた。王の前で騎士の礼をとる。俺は騎士団にいたから作法は身についているし、シャーリーも諮問機関にいたから同じだ。じじい……アントンまできっちり礼をしているのには驚いたが、考えてみれば宮廷料理人なら当然か。王の前に立つ経験は、俺たち以上にあるだろう。
「今回の件、ご苦労であった。よくぞセレスを救い、魔王軍を退けてくれた。王として、父として、感謝する」
深みのある声が広間に響く。俺は頭を下げたまま答えた。
「もったいないお言葉、恐れ入ります」
「顔を上げよ」
俺たちは一斉に顔を上げる。王の横で、セレス王女が小さくうなずいて微笑んでいた。
「レオン。お前は二度にわたり魔王軍を退けたと聞く。まさしく騎士の鑑だ。
シャーリー、お前もよくやった。諮問機関にいたころから名は聞いていたが、四天王を退けたと聞けば、噂以上の力だな。そして……アントン。お前は……やはり、あのアントン料理長か」
王の目が見開かれ、すぐに懐かしげに細められる。
「おまえが去ってから、宮廷の料理は色を失った。祝宴でのあの華やかな皿を、もう一度見たいと思っていたのだ。どうだ、厨房に戻る気はないか」
アントンはほんの一瞬だけ沈黙し、それから静かに笑った。
「ありがたいお言葉。しかし、わしは今、勇者の仲間でございます。この国を救うことこそ、わしに残された仕事でございましょう」
「そうか……残念だ」
王は残念そうな顔をする。俺はその横顔を見て、改めてじじいの過去の重みを思い知らされる。
「さて。セレスとも話したが……お前たちを勇者と認めよう。我が軍とともに魔王軍を討ち、この国を守ってくれ」
ついに、言質を取った。俺は胸の奥で小さく息を吐き、セレスとの打合せ通りに答える。
「承知いたしました。微力ながら、アルゴス王国のため尽力いたします」
本当の勇者は猫ちゃんなんだけどな……心の中でそうつぶやきつつ。
その時、玉座の間の扉が勢いよく開かれた。伝令が駆け込み、膝をつく。
「陛下! 魔王軍が正式に宣戦布告を!
大軍がすでに国境へ進軍を開始しております!」
広間の空気が一変する。
王の声は重く、それでいて鋭く響いた。
「……勇者よ。時は待たぬ。すぐに出陣し、魔王軍を迎え撃ってくれ!」
王の命が下る。俺たちは互いに視線を交わし、ゆっくりと立ち上がった。
「お父様……少しお待ちください」
玉座の間に響く声が、王の言葉を遮った。セレス王女だった。
「……セレス、何を申す」
「わたしたち勇者は、戦場には向かいません」
王の眉がぴくりと動く。広間の空気が張り詰めた。
「どういう意味だ」
「勇者は少数精鋭。軍勢と正面からぶつかるのは愚策です」
「では、どうするつもりだ」
「魔王軍への対処は軍にお任せください。お父様の配下には、優れた将と魔導士が揃っています。その力を存分に示せば、魔王軍を押し返すことはできるはずです」
「……では、お前たちは何をする」
「わたしたちは魔王城へ向かいます。魔王を討ち、この戦争を根本から終わらせるのです。そうすれば国土の被害も最小限に抑えられる。正面からの戦に勝ったとしても、消耗は計り知れません。だからこそ、わたしたちは別の道を選びます」
王は沈黙した。だがやがて、大きくうなずく。
「……なるほど。お前の言うことにも理がある。よかろう。我が軍は魔王軍を迎え撃つ。大将軍バトラ、メイスン。さらに大魔導士アドニスもいる。容易には崩れまい」
「お願いします」
セレス王女は深く頭を下げ、それから振り返った。
「では、レオン。わたしたちは魔王領へ向かいましょう」
……これがセレス王女の作戦だった。
猫ちゃんから受け取った本のおかげで、セレスはアカシックレコードを広範囲に展開できるようになっていた。ただ、範囲が広いほど精度は落ちる。視点が空へ引き上げられるようなもので、全体は見えるが細部は霞んでしまうのだ。
その観測の中で、ひとつ確かなことがわかった。魔王軍は攻勢に全力を注いでいる。魔王城に割かれている戦力は多くない。……とはいえ、まったく無防備でもない。置かれた駒の種類は不明だ。もしかすれば、強力な守り手が潜んでいるかもしれない。
だが、それでもこの道しかない。正面からの総力戦では被害が甚大すぎる。俺たちが魔王を押さえ、この戦争を終わらせるしかない。
困難な任務になるだろう。だが、不思議と絶望感はなかった。なんとかなる気がするんだ。あの猫ちゃんが一緒にいる限りは。




