03
「俺は牛の獣人のところに向かえばいいんだな」
「はい、ここからまっすぐ東ですが、わたしが誘導します」
「じゃあ、わたしも一緒に向かうわ。魔法を使うダークエルフみたいなのもいるらしいね」
「わしは砦の入り口を守る。わしは何十年も厨房を守ってきたんじゃ。絶対に砦は破らせん」
じじい、守るの意味が違うぞ。どこから来るんだその根拠のない自信は。
「ぼくはここにいるにゃん」
かわいいは王女の膝の上に陣取っていた。猫ってやつは本当に仕事の邪魔をする。本の上に乗ったり、机の上をわざと横切ったり。今も膝から飛び降りて地図の上にのっかっている。大丈夫なのか。
「では、健闘を祈ります。なんとかミノタウロスとダークエルフを倒してください。そうすれば、絶対に勝てます」
王女の声は震えていない。自分より年下の少女に励まされるのは不思議な気分だが……妙に背中を押される。
「わかった。できるだけ早く向かおう」
俺はシャーリーとじじいと共に部屋を出て、戦場へと走る。やがて砦の入り口に着くと、じじいが立ち止まった。
「では、わしはここを死守しよう」
そう言ってフライパンを構える。これが盾なら勇ましいのだろうが……どうにも頼もしく見えない。
「たのむぜ、じじい」
そう告げて、俺は前線に向かう。
「そこをまっすぐ行ってください」
王女の声が頭に響く。
……すげえ。戦場とは、目隠しして戦うようなものだ。自分の周囲しか見えない。だが、もし全体を見通す者がいて、正しい道を示してくれるなら?戦争のあり方そのものが変わる。彼女は大軍師になる。俺はそう確信する。
そして……見えた。ミノタウロス。巨大な影が兵士たちを蹴散らしている。その一撃一撃が人を、武器を破壊していた。血の匂いと地響きが混ざり、息が苦しくなる。兵士たちは恐怖で足を震わせながらも、必死に時間を稼いでいた。こいつらの努力を無駄にはできない。
「おまえら!おれはレオン、勇者の仲間だ。もう大丈夫だ。俺がその牛野郎を倒してやる!」
声が勝手に大きくなる。兵士たちの顔に、一瞬だけだが安堵が浮かんだ。俺は剣を抜き、地面を蹴った。金属音と咆哮がぶつかり合う戦場の中心へ向かって。
「俺は四天王バーミラ様の壁、ミノンだ!」
大地を震わせるような咆哮。その巨躯が踏み込むだけで、地面が陥没する。ミノンの両手に握られているのは常人なら持ち上げることすら困難な大斧。本来なら二人がかりで扱うような戦斧を、奴は二本。まるで木の枝でも振るうかのように軽々と回していた。
「……冗談だろ」
思わず口をついて出る。こいつが従者? ふざけるな。巨人とは格が違う。動きの鋭さ、目の良さ、そして何より戦い慣れた勘。この化け物は、ただの脇役じゃない。
「みんな下がれ!」
俺は叫んで兵士たちを後退させる。
「ここから先は一騎打ちだ!」
兵士たちの命を無駄に散らすわけにはいかない。俺は勇者かわいいの仲間、騎士レオン。俺がやる。
「ふん、我に剣は通じぬぞ」
「やってみなきゃわからねえだろ!」
俺は勇者の剣を構え、駆けた。剣が光を帯び、白銀の閃光が放たれる。
一閃。しかし、火花。斬撃は肉を裂く前に、ミノンの斧に弾かれた。巨体なのに速い!あの剣を受け止めてなお、びくともしない。
すぐさま剣を返す。二撃目、三撃目。だが全てが斧に受け止められる。ただ力任せじゃない。斧の扱いに洗練された技術がある。この巨体に似合わぬ緻密な戦闘勘……!
「貴様の刃では、我は裂けぬ!」
「……チッ!」
剣が効かねぇ。だが……
猫の声が、頭の中で響く。
『勇者魔法がんばれにゃん』
猫ちゃんがアカシックレコードを使って勇者魔法をかけてくれたのか。その瞬間、全身が熱を帯びる。力が漲る。筋肉が軽くなる。まるで翼が生えたかのように……速い!
ミノンが動いた。振り下ろされた斧を剣で受け止める。鈍重な一撃に見えて、重さは山を砕くほどだ。剣と斧がぶつかり合い、轟音と衝撃波が戦場を揺らす。
だが、終わりじゃない。横薙ぎ! もう一本の斧!
「っ……!」
紙一重で身を翻す。背後で地面が爆ぜ、石と砂が弾け飛ぶ。一撃を食らえば、肉体ごと粉砕される。
「やべえな……でも、面白え」
汗が額を伝う。この強敵……ミノンを倒す。それが、勇者の仲間としての役目だ。
俺は深く息を吸い、剣を構え直す。勝負は、ここからだ。
ミノンの二撃目。巨斧が横薙ぎに襲いかかる。俺は必死に剣で受け止めた……その瞬間、全身を突き抜ける衝撃。
「ぐっ……!」
剣ごと吹き飛ばされる。足が地を離れ、視界が回転する。必死で着地したが、腕がしびれて感覚が薄い。この剣が勇者のものじゃなかったら、折れていただろう。そうなれば、俺の身体も真っ二つだった。
これで四天王ですらないだって。猫ちゃんの加護を受けているはずなのに、勝機が見えない。これが、これから戦う魔王軍。本当に勝てるのか?いや、弱音は吐けない。俺はまだ進化できる。
脳裏に、あの戦いがよみがえる。ベルアとの死闘。『猫になあれ』とかいう、猫ちゃんのふざけた魔法。それで俺は自由に動けて、奴を退けることができた。その時気づいたんだ。俺は毎日、剣を振ってきた。血のにじむ稽古。その積み重ねは、体が崩れても剣筋を外さない。つまり基本はもう俺の血肉になっている。ならば、上に乗せてやればいい。もっと自由に。もっと自在に。猫のように、しなやかに。そうだ、これが俺の剣だ。名付けて、猫剣。
俺は深く腰を落とした。獲物を狙う猫のように、低く。呼吸を整え、耳を澄ませる。ミノンが踏み込み。斧が唸る。
「……来い!」
巨斧が振り下ろされる瞬間、俺は滑り込む。低く、低く。地を這うように。頭上を刃がかすめ、風圧で髪が逆立つ。
間合いの内側。俺は回転しながら斬り上げる。
「はああっ!」
金属を裂くような手ごたえ。浅いが、確かに入った。
さらに離れ際にもう一閃。ミノンの脇腹に白い光が走る。巨体がわずかにのけぞった。
効いてる。
剣戟の間、息を止めていた。胸が焼けるように苦しい。だが、やれた。
「どうだ……これが、俺の剣だ!」
俺は大きく距離を取り、再び剣を構える。ミノンは赤黒い血を滴らせ、信じられないという顔で俺を見ていた。観戦していた兵士たちのどよめきが、戦場に広がっていく。




