02
その日、俺たちは町の外に出ていた。
理由は魔族の目撃情報があったからだ。魔族が現れた場所を調べ、発見すれば排除する。それが俺たちの任務。ここ最近、そうした目撃報告は明らかに増えていた。
魔族の動きは活発化している。本来なら国王に報告し、軍を動かして対策を練るべき事態だ。
現に俺は調査のたびに報告書を上げていた。大規模な調査が必要であると。
……だが、現場に出ない貴族どもには、魔族の脅威など実感できない。また平民騎士が数人死んだか大したことはない――その程度だ。もし、対応するとなると上に指示を仰がないとならない。上に手間をかけさせないのが、良しとされる。貴族の血が流れるまでは、奴らの心は一向に動かないだろう。そのときにはもう、市民に甚大な犠牲が出ているはずだ。
結局、俺たち平民騎士が最前線に立ち、町を守るしかない。腐った王も、貴族も、役には立たない。
「オルド。目撃情報はこの辺りだったな」
「はい、隊長。あの木の近くに出たと聞いています」
「……町まで一キロもない。以前よりずいぶん近づいたな。嫌な気配だ」
噂では、ここにコボルト――狼の獣人――が現れたらしい。コボルトは魔族の中でも下っ端。だが、鼻が利き、足が速い。偵察に向いている。
問題は、コボルトの後ろに本隊がいるかもしれないということだ。過去にも小規模な魔族の一隊と交戦したことがある。三十人ほどの部隊。調査目的だったのか、すぐに退けることができた。
だが、もし彼らがここに拠点を築くつもりなら――カナンの町は直接の脅威にさらされる。それだけは阻止しなければならない。
「周囲を確認しろ。木に登って索敵だ」
部下に命じる。三十人規模なら押し返せる。百人なら退却して態勢を整える。それ以上なら……町に戻って防御戦を張るしかない。
緊張の中、報告が入った。
「隊長! ……森が、動いています!」
「……森が?」
俺の眉がぴくりと動く。風か? 獣か? いや、部下の声色はただ事ではない。
「俺が確認する」
剣を背に、俺は木を駆け上がる。幹に足をかけ、枝を踏みしめ、視界を開く。
そして木の上で目に飛び込んできた光景に、息を呑んだ。
森が、うねっていた。
風ではない。枝葉のざわめきではない。
まるで巨大な生き物のように、森そのものが蠢いていたのだ。
――魔族の大軍。
彼らは草木をまとい、全身に迷彩を施していた。一見すれば森そのもの。だから俺たちはここまで接近を許してしまったのだ。
さらに目を引いたのは、緑の長衣をまとった異形。ドルイド――植物を操る魔族だ。やつらが木々を従えて移動していたのだ。
森が動いていたわけではない。「魔族の軍」が森になって進軍していたのだ。冷や汗が頬を伝う。騎士団で教えられたことを思い出す。
「魔族は蛮族。統率を知らぬ愚か者。作戦を立てられぬ獣にすぎぬ」
そう信じて疑わなかった。だから王侯貴族どもは言うのだ。
「下級騎士が指示どおりに動けば、魔族など恐れるに足らぬ」と。
だが、いま目の前で蠢く軍勢はどうだ。彼らは秩序を持って進んでいる。誰かが作戦を立て、それに従い、森の中をこちらに気づかせぬよう進軍してきた。高度な知性。俺たちと同等、いや、それ以上の頭脳を備えている。
「……数は……」
俺は無意識に兵数を数えた。だが、すぐに諦める。数えることすら無意味だ。
百人でもない。千人でもない。一万。いや、それ以上かもしれない。
視界の先まで埋め尽くす魔族の行軍に、思わず拳が震えた。
今の俺たちの部隊では、どうにもならない。ここで踏みとどまれば、ただ押し潰されて終わりだ。
すぐさま頭を切り替える。町を守るには、一刻も早く知らせるしかない。カナンの町の南の城壁で迎え撃ち、その間に北門から市民を逃がす。時間を稼ぎ、王都からの救援を待つしかない。
俺たちの役割は――ただの「捨て駒」だ。だが、その捨て駒の時間稼ぎで、市民が一人でも逃げ延びるなら、それでいい。
「撤退だ!」
俺は枝の上から声を張り上げる。
「全速で町へ戻れ! この状況をヴァルドリック様に伝える!」
ヴァルドリック――カナンの領主。傲慢で、現場を知らず、儀式のときしか姿を見せぬ男。だが、自分の領地が滅ぼされるとあっては、動かざるを得まい。
それでも、俺の胸に渦巻く予感は暗い。貴族どもに頼れる未来があるのか。しかし、今は信じるしかない。貴族にも人間としての心があることを。、俺は木を飛び降り、部下たちと共に町への道を駆け出した。




