ランガス騎馬隊隊長バーン
あの王女……なにもわかっていない。俺たちはアルゴス王国の騎士だ。魔族ごときに遅れをとると思っているのか。いま砦の前に配置しているのは、錬度の低い平民の歩兵たち。押されて当然だ。
だが俺たちランガス騎士団は違う。辺境で魔族を牽制し、魔獣の退治を繰り返してきた精鋭だ。二百騎の騎馬隊……その突撃力は砦最大の戦力。俺たちが出れば、戦況はひっくり返る。
「王女様は本を読むだけの素人。作戦?戦略? 魔族相手にそんなもの必要あるか」
俺は部下たちの前で笑う。
「戦場は力だ!馬の蹄と槍の穂先こそが真実だ!」
鎧を身につけ、馬に跨がると、胸が高鳴る。これから英雄譚の一幕が始まるのだ。俺が指揮する突撃で魔族軍は総崩れになる。歴史に刻まれる勝利を手にするのは俺だ。
「門を開けろ!」
号令とともに砦の門が開かれる。鬨の声を上げ、俺たちは飛び出した。中央にはコボルトとゴブリンの軍。最弱の雑兵だ。
「ははっ、やはりな!」
馬を駆け、槍を突き出す。小鬼どもは次々と倒れ、残りは悲鳴を上げて逃げ出す。部下たちも追撃し、戦場は混乱に包まれた。
「見ろ! 奴らは恐れて逃げ出す! 我らの勝利だ!」
俺は突き刺したゴブリンの死骸を掲げ、勝ち誇った笑みを浮かべる。部下たちの士気も最高潮に達していた。
「追え! 一匹残らず狩り尽くせ!」
獲物を狩る狩人の気分だった。これは戦争ではない。狩りだ。
そのときだった。頭上から声が響く。
「戻ってください!罠です!」
女の声。……王女?なぜここまで声が届く。
「いますぐ戻ってください! 騎馬隊は包囲されます!」
俺は鼻で笑う。
「愚かな……勝ち戦の最中に尻込みしろだと?」
だが、ふと胸にざらりと嫌な感覚が走った。視線を巡らすと、逃げ惑っていたはずの小鬼たちが……一斉に動きを変えた。ゴブリンたちは馬の脚へ飛びつき、短剣を突き立てる。悲鳴を上げる馬。
コボルトは牙を剥き、落馬した騎士たちに群がる。次の瞬間、俺たちの陣形は瓦解していた。
「なっ……!」
退こうと振り返ると、そこには巨大な影。オークの群れ。そして……巨人兵。
「お、俺たちは……誘い込まれたのか……!」
「隊列を解け! 逃げろ!!」
必死に叫んだ。だが混乱は広がるばかり。馬は暴れ、騎士は次々と地面に叩きつけられ、呻き声と悲鳴があたりを満たす。
俺の目の前に巨人兵が迫った。振り下ろされた棍棒が、大地を揺るがす。
「ぐはっ……!」
衝撃で馬ごと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。視界がぐらぐら揺れる。骨が砕けた感覚が全身を走る。
呻き声を上げながら周囲を見れば、誇り高き部下たちが……無様に蹂躙され、喰われていく。
「ば……か……な……俺が……」
勝ち誇った笑みは、もはやどこにもない。最後に聞こえたのは……再び王女の声だった。
「戻ってください!罠です!」
無能と嘲った声が、今はあまりに遠く、そして温かく響いた。ゴブリンの刃が胸を貫き、視界は闇に沈むのだった。




