審問官シャーリー・メルク03
2人が倒された。強い仲間ではなかったが、それにしてもあっけなかった。
まあ、ベルアやわたしの相手になるほどじゃない。
……それでも、レオンの戦い方を見極められただけで十分だ。
次はわたしの番。氷で足を凍らせれば、それで終わり。簡単な任務。
そう思って前に出ると……わたしの前に、金色の毛玉が立ちはだかった。
「また会ったにゃん」
猫ちゃんは、まっすぐにわたしの仮面を見上げる。
「……あなたは誰? レオンの飼い猫?」
「ちがうにゃん。ぼくは猫ちゃん。かわいい勇者にゃん」
胸を張るように言う。
「勇者……? でも、レオンは連れていく。いくらあなたの仲間でも、それがわたしの任務だから」
「そんなことしても、何も変わらないにゃん。むしろ、世界はもっと悪くなるにゃん」
「……この世界は、変わらない。わたしたちがどんなに頑張っても、何も……」
声が震える。
「世界は変えられるにゃん。おねえさんは、ほんとはやさしいにゃん。冷たい仮面の下に、温かい心を隠してるにゃん。ぼくには見えるにゃん」
「やめて……やさしさ……そんなもの、もう必要ないの。これ以上、何も失いたくない……」
なぜか、視界が滲む。涙なんて、もう忘れたと思っていたのに。
「失わないにゃん。ぼくがいるからにゃん。いっしょにいれば、守れるにゃん」
……守れる? そんな言葉を、どれほど願ったことだろう。
ほんの一瞬、心が揺らぐ。
「さがれ、シャーリー」
鋭い声が背後から響いた。
ベルアがわたしと猫ちゃんの間に割って入る。
「今のお前は戦う状態じゃない。ここからは俺がやる」
その言葉に、わたしは思わず唇を噛みしめるのだった。
暗黒のベルア……。拷問機関において一、二を争う戦士。
もとは地下闘技場の剣闘士。オーガ、オーク、獣人……数多の魔族を斬り伏せ、不敗の伝説を築いた男。その上で暗黒魔法を会得している。闇で肉体を強化し、魔を打ち消し、剣に闇を纏わせれば、ミスリルさえ容易く砕ける。剣士同士の戦いにおいて、彼の刃を真正面から受け止められる者など存在しない。
だからこそ、あの男……レオンとかいう騎士に勝ち目はない。
あのふざけた料理人は論外。
そして猫ちゃんには、できることなら戦いに巻き込まれてほしくない。
人間同士の不毛な争いに関わるべき存在ではないから。
「わたしは暗黒のベルア」
低い声が道を震わせる。
「おまえを諮問機関に連れていく」
抜かれた黒剣が、闇をまとって脈動する。まるで獣が牙を剥くように。
「俺はレオンだ」
騎士は迷いなく答え、ゆっくりと剣を抜いた。
「今、おまえたちに捕まるわけにはいかない」
その声音は静かだが、妙に揺るぎがなかった。
「ならば、少し痛い思いをしてもらおう」
ベルアの全身から闇があふれ出す。
だが、対峙するレオンの剣は、青白い光を放っていた。
それは闇を照らす灯火のようで……対照的で、そしてなぜか、目を奪われる。
ベルアと剣を交える準備をするレオンは、ただの騎士に見えなかった。その立ち姿には、かつてわたしが夢見て、そして打ち砕かれた「英雄」という言葉の残響があった。
普通なら、ここで終わり。
ベルアの闇の前に、剣士はひとりとして立てない。
わかっているのに……なぜだろう。なにかを期待してしまう。
……胸の奥で、氷の心に走った小さなひびから、わずかな光が差し込んでくる。
目を逸らせない。どうしても、この戦いを見届けたい……そう思ってしまうのだった。




