審問官シャーリー・メルク02
わたしはレオンのいる場所へ向かって、人混みの中を歩いていた。
人々はわたしたちの姿を見ると、ぎょっとしたように目を見開き、すぐに道を譲る。異様な一団だ。拷問機関の調査官……とりわけ仮面をつけたわたしには、好奇と恐怖の視線が突き刺さる。
こういうのにはもう慣れた。どうせ皆、影で「氷の魔女」と囁くのだろう。好きにすればいい。
……そのときだった。
「にゃあ」
不意に響いた、やわらかな声。視線を落とすと、足もとに小さな影があった。気配などまるで感じなかったのに。
まあるい瞳の猫が、まっすぐにわたしを見上げている。
「……猫?」
心臓が、不意に小さく跳ねた。嫌いじゃない。いや、むしろ猫は大好きだ。
人は裏切る。だが、動物は決して裏切らない。実家の近所にもよくいた。あの頃は……まだ、夢を見ていた頃だった。
猫はためらいもなくわたしのローブにすり寄ってきた。こんな人懐っこい子、珍しい。飼い猫だろうか。
思わず抱き上げてしまう。そして、口をついて出た言葉は、氷の魔女には似つかわしくないほど柔らかいものだった。
「猫ちゃん……かわいいね。どうちたの?」
自分でも驚くほど、母親のような声色になっていた。
「やさしい匂いがするにゃん」
「……え?」
「あったかい心にゃん」
胸がざわめく。そんなもの、とっくに捨てたはずなのに。
「わたしは……そんな心なんて、もう持ってない」
冷たく言い切る。わたしは嫌われ者の拷問機関の人間。感情を捨てた殺人機械。そうやって自分を保ってきた。
「うそじゃないにゃん。ぼくには見えるにゃん。人間のオーラが」
小さな前足が、そっと仮面に触れる。
……やめて。
反射的に払いのけようとしたが、できなかった。仮面の奥まで見透かすような瞳に、逃げ場を失った。心を閉ざしていたはずなのに。
「……馬鹿な猫ちゃん」
気づけば、笑ってしまっていた。あまりにも自然に。何年ぶりだろう。
「その笑顔のほうが似合っているにゃん」
その一言で、胸がぐらりと揺れる。わたしが忘れたと思っていた何かが……微かに疼いた。
「おい、仮面魔女。なに猫と遊んでやがる、行くぞ」
背後からゴルドンの怒鳴り声が飛ぶ。
「……」
わたしが答えるより先に、猫はひょいと腕から抜け出し、金色の尾を翻して駆けていった。
「また会うにゃん」
その声が耳に残る。わたしはしばらく、その小さな背中を見送っていた。
胸の奥で、長いあいだ凍りついていた氷が……ほんのわずかに、ひび割れる音を立てた気がした。




