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天命騎士団、冒険(4)

数瞬の静寂があってから、「そんな……どうすれば……」と、リリアンジェがつぶやき、ロッドに視線をやる。


ロッドもただただ、戸惑いの表情でいた。


「病院に連れていくしかねーだろ! 一刻も早く、王都に運ぶんだ!」カトーが怒鳴る。


「私が背負い、走ります」


「申しわけないが、お願いする。リリアンジェ殿」すがるようにロッドがいう。


「もちろんです」


「ここに行っていただきたい。馴染の診療所だ。光魔法を使うヒーラーがいる」


ロッドからメモを受けとったリリアンジェは、エルザを背中にくくりつけ、走る。もちろん急ぎはしたが、エルザの負担とならないように揺れにも配慮した。



カトーとジン、そしてロッドが診療所についたのは、リリアンジェより遅れて一時間後のことだった。ロッドの怪我の具合を鑑みると、かなり無理をして急いだのだろう。


他のメンバーは別のところで治療しているのだろうが、痛々しい怪我のままのロッドは開口一番にエルザのことを訊いてきた。


リリアンジェが返答に困っていると、治療部屋から白い服の年配の女が出てきた。この診療所の責任者、レリミトだ。


「レリミト! エルザはっ!?」


「正直、良くない」と、レリミトははっきりいう。


「どうしてだっ! アンタの光魔法ならあのぐらいの傷、なんとでもなるだろう!」


「傷は治ったが、毒がまわっている」


「……俺の傷は爪の攻撃だったが、エルザはヤツに噛まれている……」


「イッカクオオカミだとは騎士さんに聞いている。少数だが毒を持つ個体もいるらしいが……。ともあれ、専門家が必要だ」


「どうすれば……」


「ヒルドさんに相談してみるのはどうだ? 今夜は公爵主催の舞踏会がやっている。彼ならそこにいるだろう」


王都西区において公爵といえば、クライス家だ。そのお屋敷はここから遠くはない。


「ヒルドさんには……」ロッドが伺うようにリリアンジェを見る。


「エルザを救うために必要なことです! なにを迷うのですか!?」リリアンジェは叱るような強い口調でいった。


ロッドは頷き、診療所を出た。それから一時間弱で戻ってきたロッドは、うなだれながら椅子に座りこむ。


「あの……どうなりました? ひょっとして、私のせいで毒の専門家を紹介してもらえなかったとか……」おそるおそる、リリアンジェはいう。


ロッドはうつむいたまま、ふところから一枚の厚紙を取り出した。


受けとり、目を通す。


多くの毒に精通した薬師を紹介する代わりに、リリアンジェが王都から立ち退くという、誓約書だった。しかも永久に。


「ヒルドさんは……」ロッドが虚ろな声色でいう。「イケ好かない他の騎士どもとは違い、冒険者もリスペクトしてくれるし、ギルドを通じて支援もしてくれていた……。それなのに、リリアンジェ殿にこんな仕打ちを……」


リリアンジェはうつむくも、すぐに顔を上げた。


このまま王都で名声を上げて、天命騎士団が王国で一番の存在になったとしても、そんなものに価値はない。エルザの命より自身の栄光を求める判断を下した時点で、私は騎士ではなくなってしまうのだから……。


誓約書に署名して、ロッドに差し出す。


「だめだ……それは、だめだ」ロッドは受け取らない。


「なにをしているのです、早くしなさいっ!」リリアンジェは怒鳴りつけた。


「いや、だめだ……それだけはできない」それでもロッドは頑なに受け取らない。


リリアンジェとロッドがやり取りを繰り返すなか、「そもそもの話なんだが」とカトーが割り込んだ。


「その誓約書を持っていって、薬師を紹介してもらって、どこぞにいるのか知らんがその薬師を連れてきて……。そんな猶予があるのか?」


しばらくの間があってから「薬師は今すぐ必要だ」と、レリミトが答える。


「そういうことのようだ、リリアンジェ殿」ロッドは静かにいい、治療室のドアを開けて入っていった。レリミトもそれに続く。


待合室では重い沈黙が続いていたが、不意にカトーが軽い口調でいいだした。


「そういや俺は、あのお嬢ちゃんに直接お願いされていたなぁ」


「ギルドでのことですか?」


「ああ」カトーは頷くと、治療室に入っていった。


「ちょっと、なにをっ!?」リリアンジェはカトーを連れ戻そうと慌てて席を立つが、ジンに腕をつかまれた。


「まあ、待ってみようぜ」


「でも……」


「いいから。それに、邪魔ならすぐに追い出されるだろう」


「それはそうですが……」


そんなやり取りをしている間に、治療室の扉が開いた。だが、出てきたのはレリミトだった。


「追い出された」


「レリミトさんが? えっ、どういうこと!?」


「さあね」とそっけなく返したレリミトは部屋の奥にいき、煙草を吹かしだした。


レリミトが三本目の煙草に火をつけたところで、ロッドが部屋から出てきた。待合室の机に放置されていた署名済みの誓約書を手に取る。


「それを持って、早く行ってください!」


「いや、もう必要ない」ロッドが誓約書を破り捨てた。


「……まさかエルザは……もう……」


「……いや、エルザは治った」ロッドはつるりと涙を流す。


「バカなことをいうな!」レリミトは怒鳴り、治療室に駆け入る。


リリアンジェは黙ってレリミトを待った。もし、まだエルザの命が残っていたら、ロッドはもう捨ておき、自らの足で出向いてヒルドに誓約書を突きつける覚悟をもった。


しかし、数分で戻ってきたレリミトは驚きの言葉を放った。


「たしかに毒が消えている。中でなにがあった!?」


「特になにも」涙を拭ったロッドは、すまし顔でいう。


「じゃあ、なぜ毒が!」


「俺にはわからん。運が良かったとしかいえん」


「カトーは中でなにをしたんだ?」ジンがロッドに問いかける。


「なにもしてない。エルザを少し励ましたぐらいだ」


「ほんとう、か?」


ジンの声は普段の調子と変わらないが、眼の奥底には鋭く光るものがあり、リリアンジェはギクリとした。


ロッドもジンの視線になにかを感じとったのか、目を細めはしたものの、「ほんとうになにもなかった」と返す。


「そうか」とジンはあっさり引き下がった。


「でも、ほんとうによかった。エルザが助かって!」心からリリアンジェはいった。


いきなりロッドが片膝をつき、リリアンジェを見上げる。


「リリアンジェ殿!」


「はっ、はい!」


「このたびの恩は、言葉でいい尽くせるものではない。つきましては、俺の生涯はアナタに捧げる所存だ」


「それは大袈裟です」


「いいえ。俺はアナタに命を救われた。そして、命よりも大事な妹の命も」


「私は自身の騎士道に従っただけですから」


「その騎士道に感服いたしました。もし可能であれば、天命騎士団の末席にくわえていただきたい」


「それなら大歓迎です!」


「ありがとうございます」


「さっそくだけど、ロッド」


「なんでしょう」


「アナタも早く治療してください。酷い怪我ですよ」




     □□□□




レリミトの治療を受けたロッドは、エルザとともに二日後に退院した。


ロッドは腕を吊ったままで、数週間は通院する必要があった。本来ならヒーラーであるエルザに診てもらえばいいのだが、エルザの力は著しく弱っていた。


死にかけたのだから当然だ。本調子になるまでまだ時間がかかる。そう、レリミトはいう。とにかく今は無理をするなと、念を押された。


自宅で数日療養してから、冒険者のコミュニティーに顔を出した。月に一度ある情報交換会と称する大宴会だ。


文字通りの情報交換から、交友関係を広げる重要な場だ。昔は冒険者たちが金を持ちより開催していたが、今ではヒルドから多くの援助を受けている。


「よう、裏切りモノがなんのようだ!」誰かが煽りだし、まわりも同調する。


「聞いてくれ、みんな! あの日に起きたことを!」ロッドは熱く語った。


リリアンジェがイッカクオオカミを倒し、パーティー全体を救ってくれたこと。エルザを背負い走ってくれたこと。ヒルドに救いを求めると、リリアンジェの王都追放を条件にされたこと。それでも、リリアンジェは誓約書にサインしてくれたこと。


だが、「そんな与太話、信じるかよ!」と、誰も取りあってはくれなかった。


それも無理ないことだとロッドは思う。ヒルドは冒険者だけでなく貴族とも深い交流があるという。しかも侯爵や公爵などの大貴族だ。目をつけられたら、ひどい目に遭うことは想像にたやすい。それこそ、今のリリアンジェのように。


他の冒険者はそれでいい。リリアンジェに恩があるわけでもない。だが、同じく命を救われたドルゼとムンバインは別だ。


ここ数年パーティーメンバーとして苦楽をともにしてきたドルゼとムンバインを、ロッドは睨む。ふたりはさっと顔をそむけた。


「恥知らずめ!」そう吐き捨てて、会場をあとにした。


家に戻ると、エルザが玄関口で待ちかまえていた。


「どうした?」


「お母様から手紙が届きました。お父様が危篤だとのことです」


「わかった」ずいぶん前から父の体調は悪かった。すでに覚悟していたことだ。


「お兄様に伝えねばならないことが、まだふたつあります。まずは、私も天命騎士団に入団します」


「わかった。明日にでもリリアンジェ殿に会いに行こう」


「もうひとつ、こちらのほうが重要です」エルザは銀の瞳を光らせ、挑むような表情をしている。


エルザがこんな顔をするときは、たいていとんでもないことをいいだす。ロッドはやや身構えた。


エルザはもうすぐ十五歳になる。まだまだ表情にも幼さが残っているが、こうと決めたら兄がなんといおうがテコでも動かない。


ロッドが冒険者になったのだって、まだ十歳だったエルザが「冒険者になる!」と家を飛び出したからなのだ。


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