天命騎士団、冒険(3)
昼休憩を終え、森を進む。奥へ行くたびに一般人は減っていく。やがて冒険者も減りはじめるも、まだ魔獣の気配はしない。さらに進むと、谷にぶつかった。谷沿いを少し歩くと、桟橋が見えた。
「向こう側に渡らんと、オオカミはおらんのだろうな」カトーが桟橋に向かって足を早める。
桟橋の横には老人が座っていた。左手がなく、右足は義足のようだ。
「ここから先は危険じゃぞ。おのぼりさんの冒険者ならやめておけ」老人が話しかけてきた。
「この橋の先はどうなっているのですか?」
「クマがよくでる。オオカミを狩る力しかないなら、ここまでにしておいたほうがいい」
「クマか……」リリアンジェは顎に指をあてながら視線を落とし、考えをめぐらせた。
自分ひとりだったら、どうってことない相手だ。だが、斬撃を飛ばされたときに、カトーとジンを守りきれるだろうか?
できるだろうという自信もあるが、不運が重なれば無事ではすまない。最悪、死のリスクもある。だが、そんなことばかりいってても、前には進まない。リスクを覚悟して挑戦すべきではないか?
いやいや、待て待て。リリアンジェは首を振る。
今日はまだ初日ではないか。ふたりの安全が最優先だ。まずはオオカミを相手にして、このパーティーでの戦いかたを確立すべきだろう。
「よしっ! 戻ってオオカミを探しましょう!」リリアンジェは顔を上げ、明るい口調でいった。
だが、カトーとジンはいなかった。
「え?」っとリリアンジェは戸惑うも、桟橋を渡りきったふたりが目に入り、慌てて追いかける。
「なにぐずぐずしてんだ。日が暮れちまうぞ」
カトーの非難めいた口調に、リリアンジェはカチンとして声を尖らせる。
「勝手なことしないでくれます!?」
「そんなことより、近くにオオカミがいるぞ」ジンがいった。
「え!?」あたりを見回すが、オオカミらしきものはいない。
そもそも森の中だ。木々に遮られて、視界で追える距離などたかがしれている。
「どこにオオカミがいるんですか?」
「こっちだ」ジンが森の奥に歩きだした。
そのあとを追いながら、勝手に桟橋を渡ったことをきっちり説教できていないことに気づく。
「近いぞ、団長!」
ジンの言葉にハッとしながら剣を抜く。
剣をかまえることで、リリアンジェの集中力も上がる。すぐに、オオカミの迫りくる足音を捉えた。
ぐんぐんと近づいてくる。リリアンジェは、ふぅ、っと息を吐きながら待つ。そして、オオカミが飛びかかってきた。
一刀両断。
垂直に剣をいれ、オオカミの身体は脳天から見事に左と右に分断された。
「どう? これが騎士の力よ。ジンもカトーも見習って、剣の道に挑んで見ない?」自慢げな表情でリリアンジェはいう。
「なにやってんだよ、ダンチョー! まっぷたつにしたら、皮の値段が下がるだろ!」カトーが声を荒げる。
「ん?」
リリアンジェの疑問をよそに、カトーはナイフをだして、オオカミを解体していく。皮を剥ぎ、牙と爪を抜き、内蔵を取りだす。あざやかな手際だった。戦利品はふたりのリュックに入れられた。
リリアンジェはぼーっと静観するしかなかった。
やがて歩きだすと、またもやジンがオオカミの存在を察知した。その後は先ほどと同じ行程をたどることとなる。違うところといえば、オオカミを両断したのは胴だったことだ。
それでもカトーは不満を述べた。
「さっきのよりは高く売れるが、目くそ鼻くそだ。背中に抜けないように、腹を突くことはできないか?」
「やってみます」リリアンジェは答えた。
そして三匹目、腹を突いてさっと引く。オオカミは原型をとどめたままで、パタリと倒れる。
「そうそう、それそれ」カトーはいいながら、まるで服を脱がせるように皮を剥ぐ。
膨らませればオオカミに戻る? そんなふうに思わせる綺麗な毛皮だ。
すごいなぁ、とボソリともらしたリリアンジェは慌てて首を振る。
騎士に関係ないっ!
索敵をジン、仕留めるのはリリアンジェ、売るための処理はカトー。オオカミ販売業者としては見事な役割分担なのだろうが、騎士の鍛錬にはまったくならない。
リリアンジェは今回の魔獣退治クエストに不安をかかえつつも、日々の鍛錬に真面目でないふたりに、なんとか実戦訓練へと持ち込めないかと画策もしていたのだ。
ジンが四匹目を見つけ、リリアンジェはいった。「私が弱らせますので、あとはふたりでなんとかしてください」
「野生動物の子育てかよ」カトーが見せつけるようにため息を落とす。
「でもでも、これじゃあふたりの鍛錬が!」
「組手を拒否されたぐらいで、狩りを修行の代用とするな。なにが起こるのかわからないのが狩りだ。安全が最優先で、役割も適材適所となるべきだ。狩りは狩り、修行は修行。そこはちゃんと切り分けろ!」
カトーのいうことが正しいのであろうが、どうしようもなくその顔面を殴ってやりたかった。
結局は、歯噛みしながらも先ほどと同じように対応した。
「オオカミ四匹。ギルドからは二万だが、肉や毛皮を売ったら十万は軽く超える」
カトーは意気揚々というが、「そろそろ日が暮れるので帰りましょう」とリリアンジェはため息混じりに返した。
来た道を戻る。もう少しで桟橋が見えるだろうところで、悲鳴と怒号が響いた。
聞き覚えのある声だ。ほぼ反射的にリリアンジェは声のほうに駆けていた。
途中でリュックを捨て、木々を縫って走る。カトーは遅れたようだが、ジンはすぐうしろについてきていた。
家屋ほどもある異様な大きさのオオカミが見えた。頭には鋭い角が伸びている。
「イッカクオオカミだ……。なんでこんなところに!?」ジンがいった。
それがどういう強さの魔獣かを聞く時間はなかった。アインエル兄妹を含めての四人が酷く傷つき動けないところに、イッカクオオカミが飛びかかっていたのだ。
「やぁっ!」リリアンジェは剣を振り、斬撃を飛ばす。多くの木々を削りながら進んだので、イッカクオオカミに命中するも、驚かせたていどにしかならなかった。
それでも、時間稼ぎにはなった。リリアンジェはアインエルパーティーとイッカクオオカミの間に滑りこむ。
イッカクオオカミが爪を振る。斬撃が飛ぶ。リリアンジェも剣を振り、斬撃をはねつける。
イッカクオオカミが首を反りながらも、ギラリとコチラを睨む。
首を振り下ろすとき、なにか吐くはずだ。炎なのか吹雪なのか毒なのか、それはわからない。自分ひとりだと避けるのは容易いだろうが、背後には傷ついたアインエルたちがいる。
今やるしかない! 一瞬でその判断をしたリリアンジェは雷のごとく駆けながら一閃。イッカクオオカミの首がはね飛んだ。
勝利の余韻もなしに、アインエルたちの元に駆けよる。「大丈夫ですか?」
「俺は、大丈夫だ。だが妹が……」
アインエル兄も腕が奇妙に曲がり、肩口からはかなりの出血でとうてい無事とはいえない。だが、たしかに銀髪の少女のほうが酷かった。
腹部から大量の血を流しながらぐったり横たわり、すでに意識はないようだ。
「少しですが、治療薬を持っています!」
リリアンジェがいうのと同時に、カトーがリュックをふたつ持って現れた。ひとつはリリアンジェがここへ急ぐために、放り出したリュックだ。
「カトー、中から薬を!」
「ああ」カトーは赤黒い液体の入った瓶を取りだす。
「使い方はわかる?」
「もちろんだ」自身の服の袖を破り取り、赤黒い液体を染み込ませる。
カトーのこなれた手つきに、リリアンジェは安堵の息をもらした。
「俺はロッド・アインエル。妹はエルザ。そして、パーティー仲間のドルゼとムンバインだ。全員を代表して、礼をいわせてほしい。命を救われた。ほんとうに、ありがとう」ロッドは頭を下げた。うしろのふたりも同じようにした。彼らもロッドと同じように傷ついている。
「私はリリアンジェ・アールメィです」名乗りに応じる。「礼などいりません。騎士として当然のことをしたまでです」
「だが先日、俺はリリアンジェ殿を侮辱してしまった」
「それによって、私が騎士としての判断に誤ることはありません」
「リリアンジェ殿の騎士道に感服いたしました」
「そんな大袈裟なことではありません。困っているヒトがいれば助ける。ただそれだけです」
「それでも、なんかカトーの言葉どおりになったなぁ」リュックを背負ったままのジンがぼやくようにいった。
「そうね」と返したリリアンジェはあれっと首をひねる。
オオカミの皮や肉が入ったあの大きなリュックをジンは背負ったままなのだ。
リュックを放棄して全力で走る私と同じ速度で、ジンはリュックを担いでついてきたというの? リリアンジェがその疑問を口にする前に、カトーの声が響いた。
「こんな薬じゃ、焼け石に水だ!」




