天命騎士団、冒険(1)
しばらくして、カトーが目を覚ました。左頬を真っ赤に腫らし、「なんで俺はビンタなんだ」と不満げにこぼす。
アナタを思いっきりひっぱたいてスッとしたわ!
そう吐き捨ててやりたかったが、一瞥するだけにとどめ、次の課程に進んだ。
「さて、今から座学の時間です。騎士道について学んでいただきます」
続けてリリアンジェは、騎士とはなんたるか、その名誉とはなんたるかを、熱く語る。
だが、ジンは興味なさげにキョロキョロしている。カトーにいたっては、居眠りをする始末だ。
「今から、私が話した騎士道について試験をします」
案の定、ジンは一般的な騎士道には答えられても、先ほど説明した専門的なものは、一割も理解していないようだ。だが、カトーは完璧な回答をよこしてきた。
居眠りしていたくせにこのヤロウと、かえって腹立たしく思った。
「さて、今日は終わりにしましょう。また明日、同じ時間にここで待っています」
「毎日やる気なのか?」ジンが眉を上げる。
「毎日の積み重ねが大事です」
「修行もいいが、天命騎士団の運用についても話しておこうぜ」カトーがいった。
「運用ですか?」
「重要なのは収入源だ。国から任務がもらえるような騎士団じゃないんだ。大きな騎士団の傘下に入るか、どこぞの貴族の御抱えになるってのがてっとり早いが、ヒルドとかいうオッサンに目をつけられてるから無理なんだろ? だったら別口を模索するしかない」
「そうですね。考えときます」
「考えとくじゃねーんだよ。どーせ、B級騎士の信用で借金しよーってんだろ?」
「……」リリアンジェは目を逸らす。
「ひょっとして、すでに借金があるのか?」
「少しだけ……」
「返済能力の低そうな団長に、銀行がなぜ金を貸したかわかるか? 借金を理由にB級騎士をこき使おうってハラなんだよ! 騎士としての活躍じゃなく、面倒な相手にも勇敢に立ち向かう借金取りとして活躍したいってかっ?」
「……」
「じっさい、いくら借りたんだ?」
「……二百万フェンです。カトーへの給金は月に十五万フェンだから、まだ余裕はあります。早くふたりが一人前になって、騎士の任務をこなせばすぐに……」
「その任務がこないっていってんだ! 理想だけ掲げるんじゃなくて、現実をみろっ!」
「騎士とは、理想を求めて戦うものです!」なんだか悔しくて、そんな言葉がとっさに飛び出た。
「だったら俺も、明日起きたらB級騎士になってました、という理想を求めよう。だから、騎士の修行などはする必要もない」
「……」
「現実的な話に戻そう。いくら使った?」
「三十万……ほどかと」
「残りの金は今すぐ返済しろ」
「無一文になったら、家賃は払えないし、今日食べるものもありません!」
「B級騎士がその気になれば、その日暮らしの金ぐらいはすぐ稼げる。とりあえず今から冒険者ライセンスを取りにいくぞ」
「冒険者ライセンス?」
「騎士の戦闘力を金に変えるのは、冒険者として魔獣退治クエストをするのがてっとり早い」
「私は騎士です! 冒険者ではありません!」
「借りた金は返す。不本意とはいえ俺たちを雇ったからには、給金はきっちり払う。それが騎士道ってものじゃないのか。騎士のプライドに溺れるのではなく、騎士として正しくあれ」
「わかりました! 今すぐ冒険者ギルドに行きましょう!」なかば意地になって、リリアンジェはいった。
ここから一番近いのは、中規模のギルドだった。古くはあるが四階建ての立派な建物で、格式ばったものを感じる。だが、中に入るとあまりにもな混雑と喧騒に驚いた。
魔人を討ったと生首をかかげるモノもいれば、クエストの公示に偽りがあったと騒ぎたてるモノもいる。
天命騎士団の設立を申請した王都騎士団連合事務所は、じつに静かで、荘厳としていた。騎士と冒険者はこうも違うということだ。
なんといっても、騎士になるには厳しい修行に耐えるのはもちろんのこと、国家試験に合格する必要がある。だが、冒険者となるには、書類に記載して、少しばかりの講習を受けるだけでいいのだ。
リリアンジェたちは申請書を出したあと、少し待ってから三階の会議室に通された。肥満のギルド職員が、申請書を片手にふんぞり返っている。
「ふーん、騎士ランクB級ねぇ」
「はい」
「なんでまた、冒険者に?」
「騎士道をつらぬくために必要だったからです」
「金が欲しかったといえよ」職員が鼻で笑い、まるまる肥えた身体をゆすった。
この態度にはカチンときたリリアンジェだが、心を静めて自身の非を探してみる。
やはり私は、騎士であることに考えが偏りすぎて、周りから不評を買いやすいのだろうか?
「失礼があったら申しわけありません。たしかに私にはお金が必要です。冒険者クエストは騎士の力でもっての攻略を考えていますが、別に冒険者のかたがたを侮蔑する意図など微塵もありません!」
「ごちゃごちゃとナニがいいたいのかよくわからんが、冒険者を舐めてるっていうのは伝わるぜ」
「いえ、そんな」
「世間知らずなくせに、傲慢なふるまい。ヒルドさんのいうとおりだ!」
「え……」リリアンジェは身体が急速に冷えていくのを自覚した。ここにもヒルドの手が伸びていたのだ。
「かけだしの小娘のくせに、B級だからってえらそうにしやがって! お披露目式であんなに恥をかいたっていうのに、まだ騎士を続けるつもりなのかよ! 俺だったら恥ずかしくてオモテも歩けねーぜ!」
「……」反論する気力もなく、リリアンジェはただ下を向いた。
「騎士様にふざけだ口をきいてくれるじゃねーか。どうなったってしらねーぞ。覚悟はできてるのか」おどすようにいったのは、カトーだ。
「なっ!? 騎士ともあろうものが、一般人に手をあげるというのか!」
「俺の顔を見てみなよ。パンパンに腫れてるだろ。そこの騎士様にやられたんだ」
「あれはカトーが暴言吐いたからでしょっ!」思わずリリアンジェは声を荒げる。
「えっ!?」とギルド職員は大きい身体を震わせ、リリアンジェを見る。その瞳には恐怖の色があった。
「わかったか? 騎士様に暴言を吐いたらこういう目にあうんだ。そういうわけで、言葉には気をつけたまえよ」
「は、はい」とギルド職員は頷き、うってかわって丁寧に説明しだした。
三十分ほどで講習は終わり部屋を出る。
「俺のおかげで、快適な講習になっただろう」カトーが尊大な態度でいった。
結果的にはそうなったのだが、もちろん感謝の言葉など述べることはなく、階段を降りた。
クエストの受付、報酬の受取所となっている一階は、あいかわらずの喧騒だった。大きな男たちに挟まれながらも、壁一面に貼りだされたクエスト公募に視線を走らせる。
王都の西側にあるこのギルドでは、やはり王都を出て西にある森の魔獣退治クエストが多くあった。薬草積みや魔石の採掘で、冒険者でなくても、生活のために多くのヒトが足を踏み入れる森だ。
クエストの主な内容として、オオカミ退治は一匹につき五千フェン、大ムカデは九千フェン、クマなら二万フェンだ。
「クマが二万フェンか……。爪を振れば斬撃をおこす個体もいるのに……ずいぶん安いんですね。数日安全な場所で肉体労働すれば稼げる値段です。ああ、クエストランクもF級か……」
「王都には優秀な冒険者が集まるからな。田舎にいけばクマは十万だ」ジンがいった。
「詳しいんですね」
「王都にくるまでは、生きるためにいろいろやったもんさ」
「たとえば?」
「まっ、いろいろだ」ジンは肩をすくめた。
意気揚々と自慢話を繰り広げるものだと思っていたが、意外な反応だった。
「あっ、すごい! 一千万フェンのがある!」
「ここ半年で噂になっている魔人だな。森の深淵にいて、幾人もの冒険者を退けてきたらしい」
魔人とは人型の魔獣とも呼ばれる危険な存在だ。青い肌、大きな身体、鋭く尖った爪を持っており、身体能力は人間をはるかに凌駕する。
知能もかなり高く、まれに人里に現れることがある。撃退するには騎士や魔導士、もしくは高名な冒険者の力が必要だ。
徒党を組むことはない魔人なので、人類の脅威とまではなり得ないが、一万年前に人類が絶滅寸前まで追い込まれる事態になったことがある。魔人を束ねる魔王と呼ぶべき存在が現れたからだ。
ただ、今となっては遠い遠い昔話。それよりも千年に一度現れるという厄災の主のほうが、人類にとってはよほど脅威なのだ。
「クエストランクはB級です。私も騎士ランクB級だから、ちょうどいいのでは?」
「うーん」とジンは首をひねる。
「おいおい、世間知らずなやつだな。冒険者をバカにしてんのか?」
リリアンジェは声のしたほうに振り向く。銀髪の青年と、同じく銀髪の少女がいた。




