天命騎士団、断罪(2)
白い壁に囲まれた小さな審問室には窓がなく、箱の中にでも入れられたかのような感覚になった。
「軍務省長を殺したのはオマエだな!」審問官が怒鳴り続けるが、「違います。ヒルドの証言はすべて偽りです」と何度も答える。半日はそんなやり取りを続けた。
やがて審問官はおぞましい形状の器具を持ってきて、リリアンジェの小指の爪を引き抜いた。激痛で顔が歪む。
「どうだ。正直に話す気になったか」
「何度も申しております。軍務省長の殺害を企てたのはヒルド! 私は省長を救うためにヒルドと戦いました」
「まだいうか!」
さらに薬指の爪を剥がされたが、今度は眉ひとつ動かさずに審問官を睨みつけてやった。
審問官は逃げるように部屋を出ていった。
次に部屋に入ってきたのは、背が低くてリスみたいな顔をした男だった。男は裁判長だと告げた。
「私は軍務省長を殺害などしておりません」臆することなく毅然と訴える。
裁判長は、爪を剥がされて血に染まった二本の指に視線をやる。
「痛かったじゃろう」
「無実を証明できるなら、このていどは屁でもありません」
「さすがは騎士。勇ましいことよのう。だが、あの騎士見習いたちもそこまで強情でいられるかな?」
「なっ!?」
「ふたりの男と少年がひとり、牢に入っておる。団長たるキミが罪を認めないとなれば、次は団員たちを責めたてるしかないのう。年端もいかぬ少年もいるが、いたしかたない」
白い部屋が黒く染まっていくような錯覚を覚えながら、リリアンジェは蚊が鳴くような声でいう。
「私が罪をかぶれば……アラタナには手をださないと約束してくれますか?」
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リリアンジェとカトーが旅立って数日後に、憲兵たちがなだれ込んできた。それは、ヒルドの策略が完成したことを意味する。
七犬牙が黒幕だった軍務省長の抹殺事件、ローズに気絶させられたヒルドも、あの場を生きながらえたひとりだ。
ユーマがコトの経緯を表彰式職員に説明し、尋問のため連れていかれたヒルドだが、すぐさま開放された。
それからは展開が早かった。
もともと、ペイント殺害の罪をリリアンジェに被せる手はずだった。当のリリアンジェが天響騎士団の粛清から逃れたのは誤算だが、そのていどの例外に対応することなど、たいした苦労はなかった。 多少ばら撒く金が増えたぐらいだ。
ジンたちが牢に入れられて三日後、リリアンジェが拘留されたとは、獄司からの情報だ。この状況で裁判が始まれば、有罪は免れないだろう。
そんなジンの危惧を象徴するかのように、裁判の日は急遽翌日に決まった。
「牢を破りましょう」とはユーマの言だ。
「それは最終手段だ」と、ジンは返す。
今はなんとか逃げおおせても、国家に喧嘩を売ってしまえば、もう取り返しがつかない。リリアンジェは逃亡者としての生涯をまっとうするはめになる。
本国に戻ればいい帝国スパイや、俗世とのしがらみがないユーマたちとは違うのだ。
裁判の初日、法廷に入ったのは裁判長がひとりに、ヒルドとリリアンジェ、そしてカトーを除く天命騎士団の面々だ。
裁判の形式は異例だった。ヒルドが検察側に立ち、弁護士のいないリリアンジェを断罪した。
ヒルドの言分はこうだ。
表彰式前のいざこざを責められたリリアンジェは激昂し、ペイントに襲いかかった。
救出のため天響騎士団が駆けつけるが、リリアンジェはペイントを人質にしていたので、うかつに動くことができなかった。
さらにリリアンジェは、天響騎士団に剣を捨てるよう要求。ペイントのために致し方なく応じると、リリアンジェは斬撃を放ち、団員は次々と殺されてしまった。
ヒルドも危うく殺されかけたが、なんとか致命傷は防ぐも、気絶してしまったというのだ。
「なんと卑怯な!」小柄でリスみたいな顔をしている裁判長が怒鳴った。
「大嘘です!」ユーマが声をあげ、ヒルドを指差す。「軍務省長を殺そうとしたのはその男。そうはさせじと戦ったのは団長のほうです。それはもう勇ましく、天響騎士団の面々をバッタバッタと斬り倒して!」
「だまらっしゃい! B級ひとりで十人のA級B級を相手にできるわけがない! 卑怯な手を使ったことは明白!」裁判長は金切り声で返す。
ジンの調べでは、ヒルドは裁判長に相応な金を払っている。さらにいうと、このリス男はリリアンジェの父を裁いた裁判長でもある。
そのころからヒルドとリス男は不適切な仲なのだ。それを知ってか知らずか、被告席に座るリリアンジェは、ただただ無言だった。
あのときのドサクサにまぎれて、ヒルドは殺しておくべきだったなぁ、とジンは思う。
偶然だろうが、ジンの心を呼んだかのようなタイミングで、ユーマとアラタナが似たようなことをいった。
休廷になると、手足に鎖をつけたリリアンジェが、ジンたちのいる傍聴席前列に駆けよってきた。
「安心してください! アナタたちが罪にとわれることはありません!」
「おいおい、団長はどうするんだ」
ジンは問うが、リリアンジェは微笑むだけでなにも答えず、被告席に戻っていった。




