天命騎士団、発足(3)
妙なことになっちまったぞ。
ジンは片眉を上げ、リリアンジェに視線をやる。幼馴染の裏切りがよほどショックだったのだろう。茫然自失といった様子だ。
さてさて、どうなるやら。ジンが傍観を決め込むなか、仕込みの記者たちが傷口をえぐる質問を続けている。
「今、どんな気持ちですか?」「本当にスレイが入団すると思ったのですか?」「スレイに伝えたいことはありますか?」
うつむくばかりのリリアンジェと、それに群がる記者たちの間に割り込んだのはカトーだった。
「ほう」とジンはつぶやく。カトーがそういうことをするタイプには見えなかったのだ。
「今から打ち上げなんだ。タダ酒の邪魔をするんじゃねーよ」カトーはリリアンジェの腕をつかみ、乱雑に部屋から連れだした。
その足で王立西区公会堂からも出る。そこで解散かと思いきや、「よし、タダ酒呑みに行こうぜ」とカトーはいう。
リリアンジェを慰めてやりたいのだろうか? それともほんとうに酒が呑みたいだけなのだろうか?
五分ほど歩いて、打ち上げ会場となっていた店についた。スレイの行きつけで、お代もスレイが持つと聞いている。
「ごめんなさい、私は帰ります」店に入ることなく、青い顔でリリアンジェがいった。
「おう、そうか。じゃあな」と手を振り、カトーは店に入ってしまった。
どうやら、酒が呑みたいだけらしい。
「では、また連絡します」かすれた声でリリアンジェはいい、去っていった。
数瞬は迷ったものの、ジンは店の中に入った。
「なんだ? コッチにきたのか」カトーはすでに麦酒を注文していた。
ジンも同じものにした。特に会話もないまま、数杯の麦酒をたいらげる。
「団長殿のフォローはよかったのか?」カトーが不意にいった。
「アンタに興味があったんだ」
「俺はキミに興味ない。南に少し歩けば、もっと若くて可愛いのがいるらしいぞ」
南にある大きな公園の一画は、男娼が集まることで有名だ。
「そういうのじゃなくてだな、カトーの名前に興味がある」
「ほう」カトーの眼に力が籠る。
「カトーはファーストネームじゃなく、ファミリーネームじゃないのか?」
「なぜそう思った」
「大陸の最東端にある島国では、カトーと似たような名前があったような気がしてだな」
「その島国に行ったことがあるのか?」
「いいや」
「だとしたら物知りだな。ただの喧嘩自慢じゃないってか?」
「その島国出身のヤツをシメたことがあるだけだ」
「ふーん」とカトーの反応は乏しい。
外が少し騒がしいと感じてすぐに扉が開く。入ってきたのはスレイと、お披露目式にもいた若い騎士たちだ。
「ホントにいたよ。まったく厚顔無恥なやつらだなぁ」連れの騎士がいった。
スレイは愉快そうに肩をすくめて、「リリは?」と問う。
「帰ったぞ」と、応じたのはカトーだ。
「じゃあさ、伝えといて。いくら頑張ってもリリのところには騎士見習いはこない、ってね」
「なぜだ?」
「ヒルド団長が天命騎士団に懸念を表明しているからさ」
「それは騎士見習いたちに圧力をかけている、ということか?」カトーはいって、グラスを傾ける。
「そうそう。だから寄ってくるのは、アンタらみたいな寄生虫だけなんだ」
「わかった。伝えておく」
「おやおや、寄生虫っていう自覚はあるんだ?」
「まあな」とカトーは頷き、麦酒をおかわりした。「ここもキミの奢りだと聞いている」
「はははっ。打ち上げ自体なくなると思ってたけどな。まあ、いいさいいさ。今日は好きなだけ呑んでちょうだいよ。ヒルド団長にはC級にふさわしい契約金もいただいてることだしね。リリとは違って」
「そうか」とカトーは頷く。髭面の店主が麦酒をテーブルに叩きつけるように置いても、気にする素振りなく口へ運んでいた。
「寄生虫さんはたくましいなぁ」騎士の誰かがいい、「リリにはお似合いかもなぁ」とスレイは手を叩き喜ぶ。
「俺だったら、こんな失礼な店、とっとと帰るがな」店主がヒゲを触りながら、ガハハと笑う。
それでもカトーは平然としていたが、ジンは思わず皮肉を飛ばしてしまった。
「ヒルドさんとやらはよっぽどウチの団長殿が怖いのか? 潰そう潰そうと必死のようだが」
「ヒルド団長とリリじゃあ比較にならないよ。ただ、目障りなだけだと思うよ」
「かつての上司の娘をイジメることで、自身の尊厳を保つとは、ずいぶんと小さい人間だな」
「そんなカリカリしないでよぉ、ジンさーん。ほらほら、もっと楽しく呑みましょう」スレイは店主から果実酒の入った瓶を受けとり、ジンの横へつく。
ジンは残り少なかった麦酒を呑み干し、スレイの前に差し出した。
しかしスレイは、ジンのグラスにではなく、頭に果実酒を注ぐ。
髪をぬらし、顔をぬらし、服をしたってねっとり身体にまとわりつく果実酒がじつに不快だ。
「オモテにでろ、小僧」ジンが低い声でいう。
「はーい」とスレイは嬉しそうに手を上げた。「ねぇみんな、見た見た? 僕は今、喧嘩自慢のジンさんに、その喧嘩を売られたんだよ。店内で暴れられたら大変だから、店の外で話すことにするよ。がんばって説得するけど、殴られたら反射的に反撃するかもしれないなぁ」
「スレイが、そうはならないように最大限努力していたことは、疑いようがない」店主がいい、「なあ」と騎士たちに同意を求める。
「もちろんです」若い騎士たちはニヤニヤしながら答える。
その直後に、「麦酒おかわり」と寄生虫にふさわしい言葉をカトーが発していた。
スレイとともにしばらく歩き、川沿いの路地に入った。治安が悪いことで有名なので、日が落ちると人通りはほとんどない。
「あれ? お仲間は? 大勢で相手してくれるんじゃないの?」
「俺ひとりだ。不服か?」
「ちょっと物足りないけど、まあいい。おいでよ」スレイが拳をかまえる。
さすがはC級、剣はなくともさまになっている。
ジンは感心しながら、すっと距離をつめ、スレイの腹を蹴飛ばした。
スレイはその場に崩れて嗚咽をもらす。回復するまでの数分、ジンはなにもいわずに待ってやった。
「油断した。だが次はそうはいかない!」スレイが殴りかかってくる。
安い言葉だなあ、とジンはぼやきながらスレイの拳を払い、またもや腹に蹴りを入れる。スレイが地面をのたうち回るなか、ジンはうしろにさがって、のんびり月を眺めた。
やがて立ち上がったスレイは剣を抜き、「殺してやる!」と充血した眼でいう。
別に返事がほしいわけでもないだろうから、ジンは黙っておいた。
スレイが離れた距離から剣を振る。斬撃が飛び、ジンの背後にあった廃屋の窓が砕け散った。
「これがC級の力だ! ビビったかっ!?」
「あたってないが?」
「バカめっ! さっきはわざとはずしたんだ!」叫びながら、スレイがたて続けに剣を振る。
三日月に似たヒカリの筋がいくつも飛びかう。ジンはするりと避けるが、まともにくらった廃屋は今にも崩れそうだ。
なるほど。C級に恥じないパワーは持っているようだ。
そんな感想を抱きつつ、ジンは斬撃を躱しながらふらふらと歩を進める。 スレイの眼前にまできた。
「くそぉ!」とスレイは叫びながら、剣を直接ジンの肩口めがけて振る。
その剣をジンは二本の指で挟んで止めた。




