天命騎士団、九死(1)
武術大会から一ヶ月が過ぎ、リリアンジェはおおいに忙しそうだった。朝から修行、昼は冒険者として森に入り魔獣を狩る、夕方は修行、夜は修行か座学か内職。
それで一日が終わる。
「俺たちの給金とユーマへの借金返済。さらに皆の修行や団長自身の修行。いい加減、倒れちまうぞ」ジンは苦言をていする。
「騎士団表彰式に出るのです。その団長たるもの、これぐらいは当然です」リリアンジェの瞳はどこまで真っ直ぐで、「ホントに真面目だなぁ」と、ジンは息を落とした。
騎士団表彰式が三日後に迫った日の晩食後、騎士見習いたちがリリアンジェの前に並ぶ。そしてアラタナが装飾された包みを渡した。
「僕たちからリリおねーちゃんに」
「え……なんですか?」戸惑いながらリリアンジェが包みを開ける。
出てきたのはドレスタイプの騎士装束だ。深い緑を基調に、縁取りには細やかな金の刺繍。
「騎士団表彰式で着てね、リリおねーちゃん」
「もちろんです」リリアンジェはエメラルドの瞳を涙で潤ませながら、その騎士装束を抱きかかえた。
「ユーマが気軽に開いた財布で仕立てたんじゃないよ! 僕たちが天命騎士団として、荷運びや畑仕事で稼いだんだ!」
アラタナは意気揚々というが、リリアンジェからの返事はなかった。感極まった様子で、ただただ頷くだけだった。
騎士団表彰式の前日、天命騎士団は王都中央区に前乗りした。表彰式は朝早いのだ。
夕方、ジンは市場をぶらぶらしていると、見知った顔を見かけ、その後を追った。顔見知りの男は誘導するように、ひとけの少ない路地を選んで進んでいく。
やがて、壁に囲まれ袋小路に行き着いた。その壁を背にふたりの女がいた。
男のほうが振り返る。虚弱そうな身体と表情で、「やあ、野犬。久しぶりだね」
「そうだな、家犬」ジンも男をコードネームで呼ぶ。
「今は『ヤーム』だ」
「わかったヤーム、俺は『ジン』だ」
「ああ、知ってるよ」
「私たちはこの前の任務で一緒だったわね」優しげな表情をした女がいった。女はジンと同年代に見えるが、実際には十ほど歳が上で、この中ではリーダー格となる。
「なんと呼べばいい? 番犬」
「『マミ』と呼んでちょうだい」マミは柔らかい声でいい、もうひとりの赤毛の女に目を向ける。「ローズはすでにジンと会っているのよね」
ローズは無言で頷き、ジンを見る。射抜くような鋭さがあったが、ジンはあえて無視した。
「ジンは今回、なんの任務でココにいるの?」マミが気軽な口調で聞いていきた。
「どうした?」やや驚き、聞き返す。
同じ組織の一員でも、任務については死んでも明かせない。たとえ拷問されることになっても。ソレが七犬牙の鉄則だ。
「聞き方が悪かったわ。私たち三人は同じ任務で来ているのだけど、もちろんお互いに内容は明かせない。もし、私たちとジンが戦うような事態になったら、よく考えてほしいの。任務の内容的に、その衝突がどうしても避けられないモノなのかを」
ジンの任務は、ヒルアナ王国第一王子の抹殺だ。マミたちの任務が第一王子の保護でもない限り、直接的にぶつかることはないが……。
「まどろっこしいわ、マミ」ローズがジンのほうに歩いて正面に立ち、「邪魔をすれば殺す」とだけ残していなくなった。
「ほんとうにアナタたちは仲が悪いわね。改善をはかるためにも今度、夫婦役で任務してもらいましょうか」
そんなジョークとも本気とも取れることを口にし、マミは歩いていった。
「じゃあ、またな」と、ヤームも後を追う。
嵐の予感がして、ジンは大きく長く息を吐いた。
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王立中央公会堂に五十の騎士団が集まった。
由緒正しき騎士団、大貴族お抱えの騎士団、飛ぶ鳥を落とす勢いで名声を上げた新参の騎士団、王国主催の武術大会で好成績をおさめた騎士団。
招集された理由はさまざまだが、どの騎士団もこの場にいるに値する雰囲気があった。
荘厳な騎士団、華がある騎士団、強靭そうなもの、勇敢そうなもの。
そんな中で天命騎士団は悪い意味で異彩を放っていた。
見習いは騎士装束を着れない慣例になっているので、町人丸出しのシャツとズボンであまりにも貧相だ。
ユーマは例外的に品格のある高級な衣装だが、それは魔導士ローブなので、悪目立ちするという意味では右に同じだ。
不覚だったわ。騎士装束は着れないにしても、せめて式典にふさわしい格好をさせるべきだった……。
そうリリアンジェは肩を落とす。
「えらい貧相な騎士団だな」「銅貨でも恵んでやるか?」「参加者名簿ではB級ひとりに、四人の見習いらしいぞ」「この式にふさわしいとはいえない。追い出してやろうか」
あたりから、ヒソヒソとはいえない声量で聞こえてくる。これは自分の配慮のなさが蒔いた種だと、リリアンジェとしては耐えるしかなかった。
「そんなヤツラがどうやって?」「ロエンハイム伯爵の大会で優勝したんだとよ」「ああ、あの低レベルの」「しかも実力じゃなく出来レースだったようだぜ。なんでも子供がB級の一刀を指で止めたらしい」「ありえないな。どうしてそんなことが」「噂の第一王子に求婚された令嬢が強要したらしい」「とんでもない淫婦だな」
「誰です! アイナを侮辱したのは!」看過できない言葉にリリアンジェは怒鳴った。
「俺だ、文句があるのか」こちらを向いて一歩前に出たのは、ひどく痩せてはいるものの、やたらと目つきの鋭い男だった。




