天命騎士団、因縁(5)
「さすがだね、リリ」スレイがニコリと微笑みを向ける。
栗色の髪に、少年のおもかげを残す人懐っこい表情。
幼い頃から、スレイに恋心が微塵もなかったといえば、嘘になる。王都から逃げるよう離れ、母と父が亡くなるも、孤軍奮闘で騎士ランクB級にまで昇りつめた。
苦しくてうずくまったあのとき、絶望で叫びだしたあのとき、となりにスレイがいてくれたらと妄想したことは、一度や二度ではないのだ。
感傷の波が押し寄せてくるのを払ったのは、カトーだった。
ああそうだ。こんな試合なんてとっとと終わらせて、カトーに大説教してから少しでも修行させなきゃ! そう決意して、スレイの笑みにも笑みで返してやった。
だが、「カトーとかいう寄生虫は僕たちが拉致している」とスレイが早口でいい、リリアンジェの表情が抜け落ちた。
それと同時に太鼓が鳴る。
スレイが明らかに手の抜いた攻撃で詰めよってくる。それをさばきながら、鍔迫り合いに応じた。
「どういう意味?」お互いの木刀を顔の前でせめぎ合わせながら、リリアンジェは問う。
「すぐにでも、あの寄生虫を殺せるってことさ」スレイがにんまりという。
「騎士として恥ずかしくないの?」
「そういう正義ぶって説教くさいリリが、僕は大キライなんだよ!」スレイがぱっと離れて剣を払う。
リリアンジェの木刀は後方に飛ばされた。
それからのスレイは水を得た魚のように木刀を振り、迫ってくる。リリアンジェは躱しながら後退した。
「たまには当たってよ、リリ。そうじゃないと、代わりに寄生虫が痛い目にあうよ」
「……」
スレイの攻撃がリリアンジェの肩口をかすった。次には脇腹もかする。
「そうそう、それそれ」スレイの顔は悦に歪んでいた。
どうすれば、どうすればいいの……。リリアンジェが唇を噛みしめた直後、自陣から声があがる。
「どうした団長! 軽そうな胸のわりには、動きが重たいぞ」
振り向くとカトーがいた。
数瞬、唖然としてしまった。その間にスレイは小賢しくも、リリアンジェの木刀を蹴り飛ばして場外に落としやっていた。
「ふん! 今さら寄生虫がご帰還したところで、リリの木刀はないし、僕の勝ちは揺るがないけどね」
スレイがリリアンジェの顔面めがけて突きを放つ。その一撃を、リリアンジェは素手でつかみ取った。
「あなたごときに、剣など必要ありません!」リリアンジェは力いっぱいスレイの頬を張った。
スレイは宙を舞ってからドサリと落ち、動く気配はない。気を失っているようだ。
「アイツ、ビンタで気絶しやがったぞ!」「だっせーやつだなぁ」「二度とこの街に来るんじゃねーぞ」
立会人の勝利宣言は、嘲笑混じりの大歓声でかき消された。
「でたっ! カトー直伝、必殺ビンタ!」
「別に伝授したつもりはないがなぁ」
歓声の合間をぬって、ユーマとカトーの与太話が聞こえてきた。
控室に戻るとすぐに、リリアンジェはカトーに詰めよった。「どこでなにをやってたのです!」
「赤毛のネーチャンと呑んでたらジンに邪魔された。あとはひとりでやけ酒、目が覚めたら公園のベンチだった」
「誰かに拉致されてたわけじゃないんですね!」
「ああ」
「よかった……」リリアンジェはホッと息を吐くも、すぐに目を吊り上げた。「だいたい試合前日に相手チームと呑みに行くとはどういうことですか!?」
「だって俺、試合出ないし」
「それでも他にできることがあるでしょ! 修行とか、修行とか、修行とかっ!」
「そんなことより、もう宿に戻っていいか? 二日酔いなんだ」
「なにをいってるのです! 今日はまだ、試合が残っているのですよ!」
「あっ、俺も帰っていいか? やはり昨日呑みすぎてな」ジンがいいだした。
「なんなのっ! アンタたち!」
「あ、そうだ。アラタナ」ユーマがぽんっと手を叩く。「カトーとジンの気分がすぐれないみたいだから、アナタも戻って介抱してあげてください」
「どうしてアラタナがカトーとジンの介抱しなけゃいけないのよっ!」リリアンジェは地団駄を踏んだ。
「そんなにカリカリしないの、リリ」
ふわりとした声がして、リリアンジェは振り返る。
「アイナ!」
「お久しぶり」
「お久しぶり!」
「推薦人だけど、私も補欠としてエントリーしてたの。カトーさんたちの代わりに、私が試合舞台のそでに行っていい?」
「もちろんよ!」リリアンジェは眼を輝かせてから、少し俯きかげんでいった。「あの……おめでとうごさいます、そういってもいいの?」
「第一王子のことね。うん、オガイア侯爵からは逃げられたから、とりあえずはその言葉を受けとっておくわ」アイナは微笑む。
「そう。よかった」
「さあさあ、ここで立ち話もなんです。試合まではまだ時間があるので、お茶にでも行きましょう」ユーマが歌うようにいう。
「あっ、私は試合が見たいから」リリアンジェは首を振る。
「なら、私もリリと一緒に観戦するわ」
「そうですか……」ユーマはがっくりうなだれてから、カトーたちを見た。「こちらは私がいてますので、あとのことはよろしくお願いします」
なにをよろしくお願いしたのだろう? 疑問に思ったリリアンジェだが、「早く行こう」とアイナが歩きだしたので、「ええ」と頷きあとを追った。




