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天命騎士団、発足(1)

徒歩での道のりは長く、山賊にもよく襲われた。


「若くてべっぴん、しかも金髪にエメラルドの瞳だ。こりゃあ高く売れるぞ! まあ、売る前に俺たちも楽しむがな!」


似たりよったりのセリフを幾度か聞き、そのたびに山賊を蹴散らしながら、リリアンジェは王都へと急いだ。B級ランクの騎士にとっては、山賊など何人いようがものの数ではないのだ。


公路をあと数日進めば王都だというところで、街に行き着いた。野宿ではなく久しぶりに宿で寝ることが叶いそうだ。


「この街……なにかに怯えているような静けさだな。寄り道なんかせずに先を急ごうぜ」


不機嫌そうな声で水を差したのはカトーだ。


道中で救ったキャラバンから、カトー・ケンタローなる珍しい名前の男がついてきていた。ふてぶてしい態度が鼻につく、三十代半ばの男だ。


「なにか困りごとかしら? ここの領主様に訊いてみましょう。私にも、なにかできることがあるかもしれない」


「山賊やっつけりゃあ解決、とは限らんのだ。一介の騎士が軽々しく首を突っこまないほうがいいぞ」


そんなカトーの皮肉は無視して、領主はどなたでどこにいるかを聞くために、沈んだ表情の街人に声をかけた。しかし、領主のことに話が及ぶと、飛ぶように逃げてしまう。


それを何回か繰り返していると、近くで悲鳴があがった。リリアンジェは声のほうに駆ける。


毒々しく着飾った男と、五人の騎士が幼児とその母親であろう女を囲んでいた。着飾った男が鞭を振り下ろす。パシリと乾いた音が鳴り、幼児を抱いて守る女の背中に血が滲む。


「お許しください! お許しください!」


「いいや、許さんなぁ!」男が嗜虐的な笑みを漏らしながら、さらに鞭を振り下ろす。


リリアンジェは女の前に滑り込み、一閃。鞭が切断されて、空を舞った。


「なんだっ! オマエは!?」男が金切り声をあげる。


「リリアンジェ・アールメィ。騎士です」


「ほうほう、騎士殿。女だてらに勇ましいことで」男は余裕の表情だ。


取り巻きの騎士たちが、「俺たちの出番ですね」と一歩前に出る。


「そうですそうです。とっとと、この小娘を痛めつけてやりなさい! その後は、恥ずかしい格好をさせて街中を引き回してやる!」


「そりゃいいですな」ひとりの騎士がニヤけながら掴みかかってきた。


「さわらないでくださいまし」リリアンジェは騎士を殴り飛ばす。


地面を転がった騎士は、「こいつっ!」と唸りながら立ち上がり、目を血走らせて斬りかかってきた。


応じてリリアンジェも剣を抜き、騎士の剣を弾き飛ばす。


「生意気なっ!」残りの四人もいっせいに斬りかかってきたが、リリアンジェはただの一振りで、まとめて四本の剣を弾き返した。


「騎士装束でいるのだから、騎士ライセンスはお持ちなのでしょう。だったらそのライセンスは返却なさいませ。実力もさることながら、幼子を守るご婦人が打たれているのを傍観できる騎士道など、騎士の名を汚すものでしかありません」


リリアンジェの言葉に騎士たちが悔しげに顔を歪めるなか、着飾った男が「役立たずめ」と誹りながら一歩前にでる。


「次はあなたが相手ですか?」


「下賤な騎士の相手をするほど、領主たる私は暇ではない」


「領主!」リリアンジェは目を見開く。


「そうだ。この街の領主、カルマン男爵閣下だ」騎士のひとりがいった。


「客人と会う予定があるので、今日のところは引き上げますが、明日、ここで同じ時間に待っています。決着をつけましょう。ああ、逃げてもかまいませんよ。その場合はアレが酷い目にあうだけですので」カルマンは女を顎で指してから、去っていった。


わざわざこの場へも追ってきていたカトーが、「やれやれ、いわんこっちゃない」と首を振る。


「あの……明日は……」女が真っ青な顔でこちらを見た。


「安心してください。あなたに危害がないように、もちろん、ここにきます」


「ありがとうございます」と女は三度繰り返した。一回目は安堵の表情で、二回目は申しわけなさそうに、三回目は同情の眼差し。そして、幼児を隠すように抱え、去っていった。


「本当に明日、来るつもりなのか?」


「もちろんです」


「変態領主様になにされるかわからんぞ」


「覚悟のうえです」リリアンジェはそう残して、宿を探すために街の中心へ向かった。




次の日の朝を迎えた。恨めしいくらい、空は晴れわたっている。


領主はどこまでのことをするつもりなのだろう……。


そんな不安を抱えながら、朝食も昼食も取らないまま、くだんの場所に向かった。ずいぶん早くついてしまったというのに、すでにカトーが待っていた。


「王都まであと少しです。どーぞ、お先に行ってもいいのですよ。王都に近い公路では山賊の被害もないでしょうに」


リリアンジェの皮肉を気にかけるそぶりもなく、「昨晩、酒場で領主のことを聞いてきた」とカトーはいう。


「……どのような話が聞けましたか?」


「カルマン男爵は、一ヶ月前に亡くなった父親から領主の地位を引き継いだ。それからはやりたい放題で、酷い話ばかりだ」


「……そう」


「自分のが不能だという劣等感を固めたような人物で、女をみると難くせをつけて、かたわらにいた騎士に襲わせるんだってよ」


「おぞましい……。いくら貴族だからといって、そのようなケダモノをなぜ王国は処罰しないの?」


「王国府としても貴族を処罰するのは楽じゃない。今回みたいに、よほどの落ち度があれば話は別だが……。領主が代わってまだひと月、王都に届いているのは噂ていどなのだろう」


「そう……ですか」リリアンジェは肩を落とす。


「あらあら、お早いですね」領主の声がした。十人の騎士を引き連れて悠然と歩いてくる。


「先日は領主様と知らず失礼しました」リリアンジェは頭を下げた。


「ふんっ」カルマンは鼻を鳴らす。「謝ったから許されるというものではないのだぞ。さあ、四つん這いになれ。首に縄を回して街中を引きずってくれる」


「いくら領主様とはいえ、そこまでされる所以はありません!」


「だったら昨日の女と子供にさせるだけだが」


カルマンの言葉に、リリアンジェは唇を噛んでいたが、やがて口を開く。


「私がやれば、あの母子は助けてくれるのですね」


「それは、約束しましょう」


「わかりました」リリアンジェは膝を折り、手を地面につけた。


「なにをしてるのです?」とカルマンから不満げな声。


「えっ?」


「犬が服を着たまま散歩しますか? 早く裸になりなさい」


「そんな……」リリアンジェは声を震わせる。


「さあ、早く脱ぎなさい! なんなら、昨日の女をひん剥いて、鞭を打って走らせてもいいのですよ!」


リリアンジェが絶句していると、「クズめ」とカトーがぼそり。


「なんですか、アナタッ! 私を領主と知って侮辱するというなら、殺されたって文句はいえませんよ」カルマンが目を剥いて怒鳴る。


それでもカトーは怯む様子など微塵もみせず、腕を伸ばした。その先に鳩がまいおりてきて、とまる。


――伝書鳩だ。


「王都にいるキャラバン仲間からの速報だ。悪いがあんたはもう領主ではない。懸賞金すらつけられた悪党になっちまったぞ」カトーは鳩にくくりつけられていた筒から、新聞の切抜きを掲げた。


その記事にさっと目を通したリリアンジェは立ち上がる。「記事によると、この街の方々が、アナタの悪政をなんども訴えていたようですね」


「バカなっ! 裁判もなしに、貴族が賞金首になるなんてありえない!?」カルマンが叫ぶ。


「まあ、何事にも例外はあるさ」カトーは面倒そうにいう。「王族なら裁判を省いての判決が可能だ。いわゆる王族特権だな。印刷の質が悪くて見にくいが……この印章は、第一王子のものだ」


第一王子ですか……。少なからず因縁のある相手にリリアンジェの心はざわめく。それでも今は、なすべきことが別にある。


「覚悟なさいませ」リリアンジェは剣を抜く。


「このような決定など、私みずから王都に乗り込んで取り下げさせます! さあ、なにをやってるのです。こんな小娘、さっさと殺してしまいなさい!」


カルマンの怒声に弾かれ、背後に控えていた十人の騎士たちがいっせいに剣を抜いた。


「悪に味方する腐った騎士などに対して、私は手加減などしません」


「昨日蹴散らしたザコたちと、俺らを一緒にするなよ。いきがって騎士装束なんてものを着てたが、ヤツらは全員騎士見習いだ。俺たちこそが、正統なライセンス持ちの騎士だ」鋭い目をした男が一歩前に出る。


「御託はいいから、かかってきなさい」リリアンジェのエメラルドの瞳がギラリと光る。


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