天命騎士団、救出(2)
「その犬は……」
「魔法だ」
「たとえA級魔導士でも生き物を創りだす力なんてありません。召喚術なら呼び出すことはできるのでしょうが……」
「御名答。召喚術だ」
「ジンは召喚術が使えるのですか?」
「ある友人に、召喚術ごとコイツを引き受けた」ジンは黒犬の頭をなでる。「見た目どおり、クロっていうんだ」
「召喚術のことなんて私には一言も……」
「いう機会がなかっただけだ。それより今は、カトーを追おう」
ジンはクロに、カトーのニオイを追うように命じた。
クロは少しばかりあっちこっちをウロウロしてから、走りだす。ジンとリリアンジェはあとを追う。だが一分もたたずに立ち止まり、元の場所に戻ってしまった。
それを数回繰り返した先で、オンッと鳴いた。間違いなくカトーがここに立ち寄ったようだ。
それからまた、クロが走りだす。リリアンジェが追おうとしたが、ジンが止めた。
「行き先をクロが探している。カトーのニオイが見つかったら戻ってくるから、追わなくていい」
「わかりました。でも、ニオイってそんなに見つけにくいものなのですか……」
「普通は……ないな」
「カトーは突然消えました。そしてあの男も突然現れ、突然消えた……」
「だからニオイも途切れ途切れなのだろう。どんな移動手段を使ったのやら……」
やがてクロが戻りオンッと鳴く。また、少し進んではニオイを探しに行く。それを繰り返しているうちに、すっかり夜になっていた。
夜の森は視界が悪いうえに、危険な魔獣が出てくる。静かに忍び寄り襲ってくるヒョウはオオカミより大きく、俊敏だ。さらにクマも夜のほうが活動的だし、この森の食物連鎖の頂点にいるトラも夜に行動する。
クロの護衛を主張したリリアンジェに、ジンは頷いた。クロにくっついて行動すると、多くの無駄な移動を余儀なくされるが、いたしかたない。クロが単独で撃退できるのはオオカミまでなのだ。
ゆっくりだが、確実には進んでいく。やがて、薄明るくなってきたところで、小川に行き着いた。
クロが水を舐めるその隣で、リリアンジェは土に汚れた顔を拭った。
汚れだけでなく、すり傷なども目立つ。騎士装束もボロボロだ。野薔薇がしげる草むらをひた走り、ヒルがいる沼も突き進んだ。ヒョウにもいくどか襲われるハメになった。
「少し休むか?」
「いえ、進みましょう」
小川にそって上流に向かうと、やがて湖についた。すでに日は登っている。
「そろそろゴールは近いかもしれんな」ジンが湖の対岸を指差す。船着き場と屋敷が見えた。
「こんな魔獣がうろつく森の中に、あんな立派な屋敷があるなんて……」
クロが走りだした。ジンとリリアンジェも追う。もうクロはうろうろと迷うことなく一心に進んでいた。カトーはやはり、あの屋敷にいる。
屋敷が目前に迫り、召喚術を解いた。すっとクロは消えていく。
「私が中に入ります。ここで待っていてください」
「いや、俺も行こう」
「危険です」
「あの男は団長が引き受けてくれ。俺がカトーを運び出す。そういった役割分担が必要だ」
ジンはそういいながらも覚悟していた。あの男の相手が、B級騎士のリリアンジェにつとまるとは思えない。役割は逆転することになるだろう。
「……わかりました。ジンの勇気に感謝します。その心意気も、騎士として充分な素質を感じます」リリアンジェは生真面目な顔で続ける。「カトーとともに無事に戻って、騎士になるための修行に励みましょう。きっとジンは素晴らしい騎士になれると思います」
ジンはややあっけに取られたが、自身がリリアンジェの部下であることを思いだす。しかも、騎士見習いの身分のくせに、修行に前向きでないお荷物であることも。
リリアンジェでなければ、即座に首になっていたことだろう。
「天命騎士団か……。なかなか居心地がいいものだ」ボソリともらす。
「ジン?」リリアンジェが首をかしげた。
「すまない。少し考えごとをしていた。ともあれ、カトーを取り戻して騎士の修行に励まないとな」
「そうですね」リリアンジェは微笑むも、すぐに厳しい顔に戻る。「それにはまず、カトーがどこにいるかがわからないと……」
「大きな屋敷だ。地下牢なんてモノもあるかもしれない。そこで拷問なんかも……」
「そんな……」リリアンジェの顔が青くなる。
「一刻も早くカトーを探そう!」いいながらジンは駆けだす。リリアンジェもうしろについてくる。
ジンの腹づもりでは、自分は例の男を追い、リリアンジェにはカトーを探させるつもりだった。そのために、このように煽ってはみたが、いいように転ぶ保証はない。
いよいよ、屋敷が近くなってきた。
正面の立派な門は通らずに、囲いの塀を飛び越える。手入れのいきとどいた芝生に降り立った。整った生垣と白い石畳が続く庭だ。
その先にカトーはいた。
探すのに難航するかと覚悟していたが、あっさりと見つかった。
リリアンジェが駆け寄って両手で肩をつかむ。
「大丈夫ですかっ!? 怪我はありませんかっ!? 拷問はされませんでしたかっ!?」驚くほどの早口だ。
しかし、ジンの視界に映っているカトーは、木漏れ日を浴びながらのんびりイスに座り、テーブルには紅茶とフルーツと焼き菓子がある。
拷問どころか、まるで貴族のティータイムだ。
じっさい、カトーは「おお?」と困惑気味にリリアンジェを見返す。




