天命騎士団、救出(1)
「カトーってどんな女性が好みなの?」
リリアンジェが不意にそんなことを口にし、ジンはやや驚きながらカトーの答えに注目した。
「乳が大きい女だ。大きければ大きいほどいい」カトーがオオカミの皮を剥ぎながら返す。
わざといってるんだろうなぁ、との感想を口にすることなく、ジンはリリアンジェを見る。
「ふーん」と怒った様子もなく、考える仕草をした。「エルザのこと、どう思う?」
「ヒーラーは貴重な存在だ。入団してくれるんだろ? よかったな」
「そうじゃなくて、女性としてはどう思う?」
「さすがに団長よりかは乳がふくらんでるが、俺にいわせれば目くそ鼻くそだ」
またぶたれるぞ、との予想はハズれ、「そう」とリリアンジェは満足そうに頷いていた。
王都の北公路で戦争推進派の貴族が惨殺され、きな臭くなってきたと世間はざわついているが、天命騎士団はいたって平常運転だった。
修行しましょうとリリアンジェが主張するのをカトーが説き伏せ、魔獣退治へ向かう日々が続いている。今日も狩りで充分な成果を上げ、このオオカミを処理すれば、帰路につくことになるだろう。
「エルザがどうかしたのか?」ジンがいった。
「いえ、どうもありません。それよりも、明日こそは修行の日にしましょうね。少し先のことになりますが、ロッドとエルザが合流します。ふたりともC級冒険者です。ジンやカトーと同じく騎士見習いからはじめますが、すぐにライセンス持ちになっちゃいますよ」
「ほんで?」カトーが面倒くさそうな顔をする。
「だからっ! カトーも負けないよう修行に励みなさい、そういってるの!」
「修行より、借金は?」
「だいぶ減りました」
「ゼロになってないんだろ」
「そうですけど、返済のメドはたってます」
「アインエル兄妹がきたら、さらに金が必要なんだぞ。C級冒険者を俺たちと同じ金で雇うつもりなのか? 特にレアなヒーラーの相場は、月に百万を軽く超える。騎士団を運営するには、金なんてあればあるほどいいんだ」
「……」
「ちゃんと計画を立ててるのか? 騎士と騎士団では全然違うんだ。強けりゃそれでいい、なんてことはないんだぞ」
「じゃあ、一千万の魔人を倒します。それなら、ちゃんと修行するのね?」
「やめとけ、やめとけ。返り討ちになるのが関の山だ。だいたいその魔人がどこにいるかもわからんくせに」
「だったら探します!」
「経験豊富な冒険者でも見つけられない神出鬼没な魔人をか?」
「そうです! だから、みごと私がくだんの魔人を討った暁には、修行に励むと約束しなさい!」
「へいへい」と気だるそうにいったカトーは次の瞬間にはおらず、代わりに線の細い優男が座っていた。
「へっ!?」とリリアンジェが唖然と声を漏らすなか、ジンは驚愕していた。
この俺に気取られることなく、こんなことが可能なのか!?
「誰ですかっ!? カトーをどこにやったのですかっ!?」リリアンジェの当然の質問に男は笑顔で返した。
「名は明かせません。彼は今のところ無事、とだけいっておきましょう」
本気になる決心をした。リリアンジェに自分の力がバレてもしかたがない。C級騎士の小僧と遊んでやったときとはわけが違う、死ぬか生きるかの事態になるかもしれないのだ。
「お前は、最近話題の魔人か?」ジンは最大限に警戒しながらいう。
「魔人ではありません。ただ、その魔人の居場所なら知ってますよ」
「目的はなんだ」
「先ほどの彼をさらうことです。なので目的は果たしました」男はいった直後にパッと消えた。
俺が本気で見ても、動く姿が捉えられなかっただと!? ジンは目を見開いた。
しんとなっていたが、やがてリリアンジェが思いだしたようにいう。
「カトーを助けなきゃ!」
「もうすぐ日が暮れるぞ」
「危険だから、ジンはこのまま戻ってください。私ひとりで探します」
「団長もいったん戻って態勢を整えるほうがいい」
「悠長なことはいってられません。カトーの身が危ない。拷問される可能性だってある」
「だからといってどうやって探す? 手がかりなんぞないだろ。森中を『カトー』と呼びかけながら、歩き回るとでもいうのか?」
「……はい。少しでも可能性があるなら、私はそうします。でも、ジンにそんな危険なことをお願いするつもりはありません。王都に戻って、誰か助けを呼んできてください」
「俺たちなんかを誰が助けてくれるというんだ?」
「……そう、ですね」リリアンジェは唇を噛み、俯いた。
ジンは薄く息を吐く。
かなり危険な相手だ、自分の手の内を全て隠したままでは勝てないだろうし、追跡すらままならない。任務に関係ないところで、そこまでのリスクをおかす必要はあるだろうか?
そもそもジンの任務は、ヒルアナ王国第一王子を抹殺することにある。極秘事項ではあるが、第一王子が世界に血の雨を降らせる『厄災の主』をであることは、帝国の神事省が賜った神託なのだ。
その第一王子だが、秘密のベールに包まれていた。ジンの調査力をもってしても、まったくの正体不明で、どこでなにをしているのかさっぱりわからない。
天命騎士団に入ったのも、藁をもつかむような想いからだった。
リリアンジェは、第一王子との接点がある数少ない人物だ。父親の冤罪と、非道な領主の検挙、まったく関連性がない二件でかかわっている。
その天命騎士団を存続させるという意味では、カトーがこのまま行方不明となるのはまずいかもしれない。
「あの男を追う手段はある」
「えっ!?」
「こいつに追わせる」
ジンの足元に黒い犬がおり、リリアンジェはギョッとした表情を見せた。




