天命騎士団、冒険(6)
次の日の朝、ロッドとエルザは出発した。
レンタルした馬車での旅路だ。順調にいけば五日ほどで、北方のさびれた集落に着く。その集落に、生家はあるのだ。
王都を出て草原の道を走るなか、ロッドは隣に視線をやった。
「なあ、エルザ。ほんとうにカトーでいいのか?」
「反対するの?」
「ただの確認だ。反対してもきかないだろ」
「まあ、そうなんだけど……」エルザが考えるような仕草をする。「どうしてお兄様もリリも、カトー様の魅力に気づかないのかしら? この世界にはない、なにか特別なものを持っているのに」
「そうなのか?」ロッドはとぼけながらも、あのときのことを思い出す。
「薬師は今すぐ必要だ」そうレリミトが時間切れであることを明言したので、聖女かというようなリリアンジェの申し入れを拒否して、治療室に戻った。
エルザの手を取る。熱い汗にまみれ、苦しそうに乱れた呼吸が伝わってくる。
「あと一時間……も、持たないだろう。その時間をふたりで過ごしてくれ」レリミトがいった直後に、カトーとかいう男が入ってきた。
やや戸惑いながらロッドはいう。「エルザとふたりきりにしてほしい」
「ああ、出よう」とレリミトはカトーの腕をつかんだ。
「アンタだけ、出ろ。俺はそのお嬢ちゃんに話がある」
「最後の別れだ。ふたりにさせてやれ」レリミトが有無をいわせぬ口調でいう。
「俺はそのお嬢ちゃんに話があるといっただろ。何度もいわせるな」カトーも脅すような口調で返す。
「長居したらつまみ出すぞ!」そう残してレリミトは部屋を出る。
部屋にいるのは、自分と妹、そして素性のしれない男だけとなった。カトーには今すぐ退散願いたいが、リリアンジェの仲間であるからには邪険にできない。
「申しわけない。今からは、俺と妹とだけで、短い時間を記憶に刻みたい。ご遠慮していただけるか?」
「誰にもいわないと誓えるなら、救ってやろう。てか、誓え。俺はその嬢ちゃんを救うと約束したんだ」
「エルザを救えるならなんだって誓うさ!」なにも考えずに、反射的にロッドは答えていた。
「約束は守れよ」カトーは不意に近づき、エルザの腹部に右手をやった。
エルザの身体が光りの膜に包まれる。
「なにをした!?」ロッドはカトーの肩をつかんで押しのけた。
「少し落ちつけ」
「エルザになにかあったら許さんぞ!」ロッドはカトーの胸ぐらをつかんで怒気を凝縮した息を吐くも、エルザの顔色がみるみる良くなっていくことに気づく。「こ、これは……」
「もう大丈夫だ」光の膜が消えた。
「……ほんとうなのか?」
そう疑惑の視線を投げながらも、息を呑んだ。エルザの苦しそうだった唸り声が、心地よい寝息になっていくのだ。
声にならない呻きをもらしたロッドは倒れるように椅子に座った。身体を縛っていた緊張が緩んだからだろう。肩の傷も折れた腕も、酷く痛みだしてきた。
「他言無用で頼む」
「その約束はもちろん守るが……」安堵のため息を何度か繰り返してから、ロッドは続けた。「俺がカトーのためにできることは、他になにがある?」
「団長殿が王都追放覚悟で、この嬢ちゃんを救うと決めたから、俺も決断した」
「わかった。リリアンジェ殿のおかげで救われた。それでいいか?」
「ああ」と、カトーは頷いた。
「はいやぁっ!」ロッドは馬にムチをいれた。
針葉樹が多くなってきた。ここらは山賊が多い。山賊など片手でも蹴散らす自信はあるが、無駄な力を使わずに通り過ぎたい。
馬車が揺れるなか、不意にエルザがロッドの折れた腕に手を添えた。
「光魔法はとうぶん控えろ。俺はいいから、エルザは回復のため安静にしてろ」
「私が力を使えないのは、疲労とか怪我のせいじゃないの。別種の力に身体が染まったからだと思うの……。それも薄まってきたから……もう少しで魔源に届きそうなのだけど……」
魔源とはこの世界にたゆっている根源の力だ。魔力を使って魔源の力を引きだせるモノが魔導士と呼ばれる。なかでも光の魔源を引き出すことのできるヒーラーは希少な存在で、重宝されている。
魔導士の枠にとどまらず、魔源をもとに精霊を呼びだすのは精霊使い。呪いを生みだす呪術師。遠く東にいくと、忍術なんてものもあるらしい。
魔力がないモノも、魔源の恩恵にあやかっている。紙を開くだけで火を起こしたり、夜の部屋を照らす灯りとなるのは、術式と呼ばれており、算術士とか天文学士とか、学者の領域だ。
ともあれ、どのような術も魔源があってこその力なのだ。
だが、カトーの力は魔源に頼っていないように感じた。やはり只者じゃないのだろう。もちろん、詮索するつもりなど一切ないが。
「お兄様、あれ」道中でエルザが指差した。
木陰に赤い髪の女がしゃがんでいる。馬車を止め、声をかけた。
「大丈夫か?」
「ええ」と女が立ち上がる。
二十歳過ぎであろう、すらりとした美人だ。赤い髪が風にふわりとなびく。
「乗っていくか? 近くの村までなら送ってやろう」
女は頷き、すっと近づいて腕を振る。エルザの首がポトリと落ちた。




