-エピローグ-
◆◇◆ エピローグ ◆◇◆
ガラガラと音をたてて馬車が通りすぎるとそのたびに埃が舞い込む。
う~ん、ここをお店にしたのって間違えだったかな?
だけど馬車の通らない裏道じゃお客様の入りが違うし。
埃の被ったテーブルを拭き直してあたしは頭を傾げた。
この国で、通りに面した小さな店舗を借りてカフェをはじめたのは十日ほど前。
暫くは晶さんの実家のお世話になっていたんだけど、ずっとそのまんまって訳にいかないもんね。
ただ、カフェってモノになじみがないのか、こだわったせいで近所のお店と随分見た目が違った外装になってしまったせいなのか、お客さんの入りはイマイチ。
ま、いっか。
幸い、持ち出せた資産で暫くは遊んでいても暮らせる。
商会の証券とか換金すると気がつかれるから手が出せなかったものもあるけど、貴金属にした資産だけだって、あたし個人のものが相当額あった。
全部お父さまのおかげだったんだけどね。
のんびりまったり暮らせれば、それで良し。
カラン……
「すみません、まだ準備中なんですけど…… 」
カウンターの奥で今日の仕込を初めていた手を止め、あたしは顔をあげた。
「見つけましたよ、お嬢様! 」
聞き慣れた声があたしの耳に突き刺さる。
「ケ、ケイト? 」
あたしは睫を瞬かせる。
見間違えじゃないよね?
きているものは違うけど、あのピンクの髪には見覚えがあるんだけど。
「どーして、ここに? 」
思わず、冷や汗がどっと吹き出る。
「お国に帰った藍方様が、スタリナール家の養女になって国に残ることになったはずの妹さんを伴って帰国されたとなれば、誰にでもわかります。
それにしても、夫の御食事係りをしたくなくて家出したはずなのに、どうしてまたカフェなんかしてるんです? 」
ケイトがカウンターに歩み寄りながら呆れたように言う。
「知ってたの? それ」
誰にも言った憶えないんだけどな?
「当たり前です。お嬢様の表情や行動を毎日見ていればなんとなくわかります。
お嬢様、殿下達とのランチ会の準備、全く楽しそうじゃありませんでしたもの。
おまけに結婚話が出た辺りからは、明らかに様子が変でしたよ」
さすがケイト、隠し事はできないね。
「ん~?
よく考えたらさ、わたしこのくらいしかできることないのよ。
子供の頃からキッチンが居場所で、その勉強しかしてこなかったんだもの。
それにいいじゃない、お客様にご馳走様美味しかったよ。って言ってもらえるのはやっぱり嬉しいし。
何より、一年三百六十五日、一日三食休みなしじゃないもの。」
それにあれは嫌いだこれはヤダってお客様なら我儘言わない。
自分の好きな物を注文して食べて気に入ったらまた来てくれるし、気に入らなければ来ないだけ。
せっかく作ったのに文句言われた挙句食べてもらえないって言うストレスもない。
やっぱり天職なのかなって、思う。
それにしても……
あたしはもう一度ケイトを見る。
「わたし、死んだことになってるはずなんだけど? 」
どうして生きていることわかっちゃったんだろう?
というか、ここまで追いかけてきたってことは、連れ帰される可能性大?
「どこの誰が、遺言状なんか書いた直後に死体のない事故死をするんですか?
しかも、預貯金全部貴金属やアクセサリーにして。
それだけだって異国へ行こうとしているのくらい想像できます」
ケイトはあからさまに大きな息を吐くと呆れたように言う。
「いや、だって、遺言状なんて書いてないし、わたし」
だいたい家出の計画、あたし自身も知らなかったんだから、遺言状なんてかける訳がない。
「これですよ、このノート」
ケイトは持ってきたカバンを足元に置くと、一冊のノートを引っ張り出した。
例の王女様に渡したのと同じ、料理本の翻訳したヤツ。
だけど、それ、ずっと以前に翻訳してたのケイトも知っている筈なんだけど?
「末尾に、わたしの好きなソースの正確な分量表とかありえないものが加筆されていれば、わかりますって」
しまった……
せめてもの置き土産にって思ったら、やっぱりバレてたんだね。
さすがケイト。
「とにかく、帰らないからね」
せっかく逃げてきて、生活基盤まで用意したのに連れ返されてたまるもんですか、っての。
「結構ですよ。
わたしもそのつもりで来ましたから」
あっさりとケイトが言う。
「へ? 」
「お邸は、お嬢様がお亡くなりになった時点で監督不行き届きでクビになりました。
不祥事を起こしたメイドを再度メイドとして雇ってくれるお邸なんてどこにもありません。
そう言うわけで、お嬢様に責任とって再雇用していただきたく、押しかけました」
「えぇ? 」
な事言われても。
「あのね、ケイト?
今のわたし、押しかけられても、ケイトを安定雇用できる自信全くないんだけど? 」
「そう仰ると思って、準備はして来ましたよ」
ケイトはカバンとは別に持っていたもうひとつのバスケットをあける。
「なぉん」
「ひっ! 」
飛び出してきた二つの物体にあたしは反射的に悲鳴をあげる。
「スティッキー?
なんで、こんなもの連れてくるのよぉ?
それに、スティッキーとよく似た猫がもう一匹なんて、何考えているのケイト? 」
無意識に唇が震える。
だから、猫は前世から苦手なんだってば。
「スティッキーは猫の固体の名前ではありませんよ、お嬢様。
この猫の品種名です。
ご存知ありませでしたか?
それと、スティッキー種の猫は世界中でも個体数が少ない大変珍しい猫なんですよ。
繁殖させて売れば、ひと財産築けます!
退職金代わりに血統書と一緒にいただいて参りました」
ドヤ顔で言われた。
「でもよかったのこんなところまできちゃって」
話の様子からすると、ケイト帰らないつもりみたいなんだけど、本当にいいのかな?
「いいんです。
もともとわたしはお嬢様がいらっしゃらなければとっくにお邸をクビになっていたはずですから。
事あるごとに、お嬢様が庇って下さったから、あれだけ長い間、お邸で使っていただけていたんです」
確かに、執事とかハウスキーパーとか一部の古参の使用人を除けば他の使用人ってぼちぼち入れ替わっていたよね。
結婚とか、転職とか、定年とか、いろんな理由があるからそれが当たり前だと思っていたんだけど。
「おかげで、難病の弟にも充分な治療をさせてあげて完治できましたし、父が怪我で仕事を失った時にも、我が家は路頭に迷わなくて済んだんです。
何しろ世間で風変わりと噂の高いお嬢様のお世話係のお給金は破格でしたから」
そういえばお父さまの機嫌を損ねて、危うくクビになりかけた事何度かあったよね。
あの時のケイト明らかに様子がおかしかったから、思わず庇ったんだけど。そう言う理由があったんだ。
にしても、「風変わり」って。
あたし、世間様にそんな風に思われていたんだ。
初めて知った……
「そんなわけですので、お世話になります」
ケイトは猫を抱いたまま、ぺこりと頭を下げた。
「あのね、ケイト。
お世話って言っても、ここじゃケイトにお願いするような仕事、ないんだけど? 」
「何言ってらっしゃるんですか?
自分の巻き毛をご自分で整えられないような方が」
ケイトはあたしの三つ編みにした髪を指差す。
うっ、く。
そうなのよね。この髪自分で梳かすと、どうしてもケイトがやってくれるようにきれいな縦ロールにならなくて、仕方がないから三つ編みにして誤魔化していたのひとわかりだった。
「本当に、今まで程お給金出せないわよ」
あたしは諦めて息を吐く。
それもいいかも知れない。
ケイトがいてくれれば心強いのは確かだもん。
「じゃ、ケイト。
開店準備手伝って! 」
あたしはカウンターの中へ手招きした。
このお話はこれで終わりになります。
お付き合い、ありがとうございました。
弥湖の頭の中には、この先のロレッタちゃんがどう暮らしていくか、何となく構想はあります。
いつか、また書けたらいいなって思ってます。




