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「ロレッタちゃん、ごめん、待たせすぎちゃったかな? 」
穏かで優しい声に呼びかけられて、あたしはゆっくりと目を開ける。
瑠璃さんの帰ってくるのを待っているうちに何時の間にか眠ってしまったらしい。
「ごめんなさい、こんな場所で無防備に寝ちゃうなんて…… 」
恐らく、しっかり寝顔を見られたかと思うと、恥ずかしいことこの上ない。
「時間だから、そろそろ行こうか? 」
促されてベッドから降りると、消えたはずの草履が足元近くに、きちんと揃えて置いてあった。
おかしいな?
さっきは確かにどこを探してもなかったんだけど?
首をかしげながら、それを履いて部屋を出る。
どれくらい寝ていたのか、ホテルに入った時には沈みかけていた夕日が反対側から昇りかけている。
「わたし、どのくらい寝ていたの?
帰らないと、ケイトが心配して…… 」
乗って来た馬車を探して周囲を見渡すあたしの手を晶さんが掴んで引き寄せた。
「いいんだよ。
君が乗るのはこっち」
上り始めた朝陽に浮かび上がる大きな船を指差す。
「どういうこと? 」
訳がわからなくて足を止める。
船の大きさから考えてこれって客船だよね。
遊覧船じゃなさそうだから、この船に乗ったら湾内を一回りして帰ってくるとは思えない。
何にも聞いていないけど、これって、このまま?
「わたし、まだっ…… 」
「それで、その女の子、見つからなかったのか? 」
「ああ、あの時間は塩の流れが速いからな、沖合いにでも流されたんじゃないかって話だ」
「気の毒だな、桟橋から足を滑らせて転落するなんて…… 」
「珍しい青い髪色のきれいな女の子だったんだろ? 惜しいなまだこれからって年齢なのに」
言いかけた時、水夫と思われる人たちが、代わる代わる喋りながら横をとおりすぎていった言葉にあたしは口を閉ざす。
なんか、自分のことをいわれているような気がしないでもないんだけど……
もしかして、瑠璃さん?
瑠璃さんが、落ちたの、桟橋から?
だったら、こんなことしている状態じゃないよね?
急いで助けないと!
でも、それにしては晶さんが落ち着き払いすぎているし、誰か他の人のこと?
「詳しい話は、船の中でね」
晶さんはいつもと変わらない穏かな口調で言ってあたしの手を引いたまま船に乗り込む。
「君のお父さんが手配できるような上等な客室じゃなくて悪いんだけど」
そう大きくはないけど、ホールの様相を呈した部屋を通り抜け、その先の低い天井の通路を暫く歩いた先のドアを晶さんは押し開けた。
二つのベッドと洗面台に使う小さなチェストが入っただけで歩く空間もままならない狭いお部屋。
だけど、お掃除が行き届いていて気持ちがいい。
小さな丸い窓からは一面の海原と岸壁の一部が覗けた。
「着替え、そこにあるから。
君の物はほとんど持ち出せなかったから、必要最低限のものだけ瑠璃が揃えてくれたんだけど、足りない物があったらごめんね」
部屋の壁に押し付けられるように置かれたトランクを指された。
「夢、じゃない? 」
あたしは思いっきり両手で自分の頬を引っ張ってみる。
「何、それ? 」
「だって、いきなり皆すっ飛ばして、外国行きの船に乗ってるんだもの。
夢なのかなって? 」
夢ならほっぺた抓ったら覚めるんじゃないのかなって思うよね、絶対。
「黙っていて、ごめん。
でも、君のことだから計画話したら、絶対お付きの女中さんにばれるからって、瑠璃が言うからさ」
「だからって、わたしの意思は? 」
あの時、大まかな計画(仮)を聞かされただけで、実際行動に移すかどうか最終確認されていないような気がするんだけど。
「瑠璃、いわく殺されるのよりマシだろうって。
それに、せっかく養女にしてもらった家に没落されたら元もこもないからとも言ってたけど? 」
なんだろう?
晶さんも面白がっているのかな?
いつもと同じ表情なんだけど、笑っているように見える。
「君のことだから、このまま黙ってみていたら、父親やおばあ様にギリ立てして、このままずるずると結婚させられるのが落ちだろうからって」
「ね? さっきの女の子が海に落ちて流されたのって何か関係あるの? 」
瑠璃さんの計画によると、あたし死んだことにされたんだよね?
どうやったらそんな小細工できるんだろう?
「気にしないでも大丈夫だよ。
瑠璃はああ見えても海辺育ちだからね、泳ぎはその変の男より達者なんだ。
今頃、けろりとしておばあ様の邸に戻ってお茶でも飲んでいるから」
「それって、瑠璃さんがわたしの代わりに海に飛び込んだって事? 」
「まぁ、そうなるかな?
桟橋には君の靴の片方と、君のドレスの袖口のレースがちぎれて引っかかっている手はずになっているから。
みんな、君が海に落ちたと思い込むだろうね」
「はぁあああ」
あたしは大きなため息をついた。
暫く探して遺体が見つからなければ、あたしは死亡した扱いにされる。
あたしが着せられた華やかなお着物にだって意味があって、多分人の視線を着物に集中させておいて、あたしの印象を行きずりの人に刷り込まないようにしたんだろう。
確かに、このことを実際にやるってあたしが知っていたら、絶対にケイトに勘付かれていただろうし。
よくもまぁ、ここまで……
初対面で身代わりになってくれって言われた時、随分知恵の回る人だなぁっては思ったんだけど。
「それとね、このことに関して君が瑠璃に恩を感じる必要は何もないから。
瑠璃にしてみたら、面倒臭いお目付け役の兄を押し付けて、恋敵を排除したんだから、自分の利になることばかりだったと思うよ」
「そこまで計算してたの? 」
「瑠璃のことだから多分ね。
小さな頃から一緒に育った僕の目から見たら絶対そうだって、断言できるよ」
晶さんは困ったように笑った。
そうこうしているうちに、船上に汽笛の音が響き渡る。
窓の外の光景がゆっくりと動き出した。
「瑠璃さんはいいとしても、晶さんは?
わたしなんか連れて行って、迷惑にならない? 」
確かにあたしは一方的に晶さんを好きなんだけど。
晶さんがどう思っているのかは知らないし。
確か、以前晶さんは負い目があるから、瑠璃さんの我儘に逆らえないっていっていたような?
「迷惑だったら、瑠璃の計画になんて乗っていないよ。
いくら瑠璃に借りがあったって、王太子殿下の婚約者、誘拐して逃げたなんて、万が一捕まったら首が飛ぶだろう?
さすがにまだ命は惜しいからね」
それって、あたしだから命を掛ける覚悟をしてくれたって事なのかな?
少し、だけ、うぬぼれていいの、かな?
あたしはそれを読み解きたくて、晶さんの顔を見つめる。
「どうかした?
僕の顔に何かついている? 」
うっかり穴があくほど顔を覗き込んでしまったから、すかさず訊かれた。
「ううん。
瑠璃さんの生まれた国、どんなところかなって? 」
だけどあたしは正面きって、その問いを口に出すことができなくて、まだ誤魔化す。
「彩国って言うんだよ。
名前のとおり四季がはっきりしていて、折々に色鮮やかな風景が広がる、穏かな国だね」
思いを馳せるように晶さんの視線が遠くに泳いだ。
「素敵!
つくのが楽しみだわ」
窓の外をかもめが横切るのを目にあたしは瑠璃さんに感謝の意をこめて呟く。
子供の頃からあたしが欲しいと思った物をお父さまが取り寄せてくれた国。
前世の記憶の国とはもしかしたら全く違うかも知れないけど、なんだろう?
未知への期待でわくわくしてくる。
少なくとも、あたしの人生またここまでじゃなかったって事で。
全てのモノに「感謝!」です。




