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浸水させたお米を入れた土鍋を火にかける。
ご飯が炊けるまでの間に鱒を焼いて、マヨネーズを作って叩いたツナと混ぜる。
このキッチンで何度この作業やったかな?
最初はご飯さえ上手に炊けなくて焦がしてばかりだった。
お味噌もお醤油も鰹節や昆布もなかったからあるもので前世の記憶を頼りに作ったおむすび。
知らないうちに使える調味料も増え、前世で憶えた料理が同じように作れるようになった。
あと、何回このキッチンでお料理できるのかな?
モリス風の壁紙、メープル色の広い作業台。
二度目のリフォームの時には好きなもので揃えてもらった、あたしのお気に入り。
そういえば、晶さん、何時発つんだろう?
その時にはあたしも連れて行ってくれる約束なのに、あれ以来その件についての連絡が全くない。
ようやく手紙が来たと思ったらピクニックランチのお誘いだった。
「お嬢様?
いかがしました?
気が乗らないようでしたら、今日のお出かけはお断りしたらいかがですか? 」
考え事をしながらおむすびを握っていたら、ケイトに言われた。
「大丈夫よ。
せっかくお誘いいただいたんだもの。
出かけるわよ、晶さんとのお出掛けなんてこれが最後なんですもの」
あたしは顔をあげて言う。
「本当にいいんですか?
お嬢様」
ケイトが眉根を寄せた。
「何が? 」
「晶様のこと、お好きだったのでは?
わかってますよ」
「そ、そんなこと、ないわよ」
黙っていたのに、ケイトには何でも隠せないな。
「じゃ、いってくるわね」
おむすびを重箱に詰めて包むと、あたしは着替えに向かう。
「お嬢様、お迎えの馬車がきましたよ。
本当によろしいんですか? ご一緒しなくて」
ケイトが馬車の来たことを知らせにきて、訊いてくる。
「いいのよ、知らない人と知らないところに行くわけじゃないんだから。
瑠璃さんと、晶さんと最後のピクニックランチするだけだし。
ケイトこそ、弟さんの結婚式に遅れるわよ、早く行って」
あたしはケイトを部屋から追い出した。
何年かぶりのケイトの休暇、邪魔しちゃいけないし。
着替えを済ませるとお弁当を持って、迎えにきてくれたおばあ様の家の馬車に乗り込む。
「ごきげんよう、晶さん、瑠璃さん」
馬車に乗り込むと、先に乗っていた二人を目に挨拶をする。
今日の瑠璃さんのお着物、桜色の地に色とりどりの蝶が舞っていて人目を引く。
対するあたしのは、こげ茶のストライプのありきたりなもの。
瑠璃さんのお着物とは随分格差があるんだけど……
ピクニックランチの招待状をいただいた時、瑠璃さんが着る物まで指定して来たのには何か訳があるんだろうとは思ったんだけど、こんなに差をつけられちゃうと、さすがに凹む。
「ごめんなさいね。
あなたに目立たれると、都合が悪いの」
あたしの表情を読み取ったかのように瑠璃さんが言う。
馬車は王都へは向かわずに、スタリナールの領地を抜け他の貴族の領地の中を伸びる街道を走っていった。
「ね? どこに行くの? 」
この道、憶えがある。
子供の頃何度かお父さまに連れて行ったもらったことがある、スタリナールの貿易船が停まっている港。
大きくなってからはほとんど来る事がなくなっていたけど。
そんなことを思い出していると、窓から吹き込んでくる風の匂いが変わった。
浜辺特有の潮風の匂い。
海に来たのは久し振り。
浜辺で馬車を降りて、砂浜でお弁当を広げた。
「ん~、本当に、ロレッタのお料理、国の味そっくりだわ。
ね、お兄様」
瑠璃さんがおむすびを口に運んで幸せそうに顔を綻ばせる。
「本当に、まるで向こうで覚えてきたみたいだね」
同じようにおむすびを食べながら晶さんが言う。
「いったい、どこで憶えたの? 」
「本当! 嬉しい。
お父さまに調味料とか取り寄せてもらって、子供の頃から色々試したかいがあったわ」
あたしも笑みを浮べる。
誉めてもらったのは嬉しいけど、やっぱり前世の記憶のことは内緒かな?
説明するのめんどいし、信じてもらえるかもわからない。
「これが、もう食べられなくなると思うと、残念。
正直、食事だけはこの国の物口に合わないのよね。
なんて言うか、脂っこいし。
そもそもわたしお肉苦手だし」
瑠璃さんがうんざりしたように息を吐く。
「じゃ、また近いうちに……
今度はおばあさまも一緒に、晩餐にご招待するわ」
瑠璃さんの気持ちは痛いほどよくわかる。
あたしだって、前世の記憶が戻って暫く、お母さまの絶品料理、美味しいとは思ったけど、回数が重なると正直重かった。
お米のご飯が恋しくて、何度ベッドの中で唸ったか。
「そうね、それはまたいつか」
重箱を重ねて片付け、瑠璃さんは立ち上がる。
「悪いけど、少し外させてもらっていいかな?
乗船手続きをしてくるから」
一緒に立ち上がった晶さんが言うと大きな船の停まった桟橋の方に足早に歩いていってしまった。
乗船手続きって、ことはもう直ぐなのかな?
「ごめんなさいね。
ピクニックなら他の場所にって最初は思ったんだけど、ついでがあったものだから」
晶さんの後ろ姿を見送りながら瑠璃さんが呟く。
「ううん、海なんて子供の頃以来だから、楽しかったわ」
「ね?
わたし、疲れてしまったわ。
何処かで少し休んでいかない? 」
背を向けたと思ったら、瑠璃さんは言いながら少しだけ振り返った。
倉庫の並ぶ海岸沿いを少し奥にいった先で、こじんまりとしたホテルを見つけると、瑠璃さんは部屋を取る。
困ったな……
今夜とまりになるなんて言ってきていないから、ケイト心配するよね?
先に帰してもらおうか?
なんて考えながらも、ずるずると部屋まで来てしまった。
「さ、着替えるわよ。
それ脱いで! 」
ドアを後ろ手に閉めると早々、瑠璃さんがあたしに言い放った。
「へ? 何? ちょっと! 」
「ほら、ぐずぐず、しないの。
暗くなっちゃうでしょう? 」
自分の着てきた華やかなお着物を手早く脱ぐと、あたしのドレスを脱がしに掛かる。
「ねぇ、わたし腰にゆとりのあるドレスを着てきてってお願いしたわよね? 」
あたしの着ていたドレスを自分で着ながら瑠璃さんはぶつなる。
「そうしたわよ。
それでもわたしの持っているドレスの中ではかなり緩い方なんだけど…… 」
追いはぎもどきにあって、着られるものは瑠璃さんの着てきたお着物だけなんだけど、相変わらず着物の着方はよくわからないから、言われた言葉に答えながらも呆然とする。
「もう、あんた達の身体ってどうなっているのよ」
とかなんとか言いながら、かろうじてドレスのボタンを全部留めた。
ついで、自分の着てきた着物をあたしに着付けてくれる。
「ね? これ、なんの遊び? 」
瑠璃さんのやろうとしていることが全くわからないんですけど。
「うんとぉ、なんだろ? 」
あたしの問いに瑠璃さんはわざと惚けたように答えた。
「入れ替わりごっこ、かな?
ちょっと、わたしこの辺り散歩してくるわ」
「疲れたんじゃないの? 」
「……なんだか、急に歩きたくなったのよ。
あ、あとでお兄様が迎えにくるから、それまでここで待っていて。
自分で着られる自信がなければ着物は脱がないことをお勧めするわ」
「え? っと、あの、瑠璃さん! 」
呼び止めるあたしの声を完全に無視して、瑠璃さんは部屋を出て行ってしまった。
ほんとにもう、何がどうなっているのやら。
慌てて、追いかけようと駆け出した途端に足元に違和感。
おっと、靴、靴…… じゃなくてこの場合は草履かな?
とにかく、足袋のまんまじゃ出られないよね。
あたしは床に視線を向けた。
「ない? どうして? 」
ベッドの下を覗き込み、椅子の裏側を周り、とにかく着替えていた間に触ったところ全部、見たのに。草履も靴もどっちもない。
よもや、瑠璃さん両方履いていってしまった?
いやいや、足袋の上に靴下履くのは可能だけど、靴の上に草履とか草履の上に靴を履くのは無理でしょ?
え~ん、借り物の足袋汚すわけにも行かないし、これじゃ瑠璃さん追いかけるどころか、ホテルの中も歩けないよぉ。
仕方がない、晶さんが迎えにきてくれるっていってたし、どっちかが来るのを待つしかないかな?
諦めてベッドに腰掛けた。




