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「何か事情がありそうだね」
溜息混じりに晶さんは言うと、側にあった椅子にあたしを座らせて、その隣に自分も腰を降ろす。
「良かったら、話してみない?
力になれるかも知れないよ」
「あの…… 、そのね…… 」
あたしはしどろもどろになりながら、ようやく子細を説明した。
「つまり、君が王太子と隣国の縁談の邪魔になる存在だから、王太子の縁組が進む前に身を固める必要があるということだね。
このままだと縁談の支障になる君の命の保証はないか…… 」
晶さんは苦い顔をした。
「だけど、デビュタント前の娘が身篭るってのも世間体のいい話じゃないだろう?
この国の場合そう言うことに厳しいみたいだから」
「うん、多分。
お父さまは、王都にいられなくなるだけじゃなくて今の事業も畳むことになると思うの」
あたしは視線を落す。
恐らくあたし自身だって都にいられる身分じゃなくなる。
それはいいんだけどさ。
お父さま、自分の事業を畳んででもあたしの命を守ってくれる覚悟なのはわかる。
正直お父さまが事業を手放すことにはなって欲しくはないんだけど、あたしが暗殺されて悲しむところも見たくはない。
何よりあたし自身だって、前世同様十七で死亡なんてやってられない。
何の因果でこうなるんだろ?
前世じゃなくて前前世ででも、あたし何かやらかしたんだろうか?
とか思ってしまう。
「だったら、逃げちゃえばいいでしょう? 」
不意に割って入った声にあたしは慌てて顔をあげると、開け放たれたドアの前に瑠璃さんが立っていた。
「悪いけど、話は聞かせてもらったわよ。
どうしてもその婚約者が嫌だって言うんなら逃げちゃいなさいよ」
「にげ、る? 」
「そうよ。
前と後ろ、どっちに転んでもお先まっくらって言うんなら、右か左に転べばいいだけの話でしょ?
そんな暗い顔してただ流されてたって仕方がないじゃない」
瑠璃さんはぐいっとあたしの顔に顔を寄せる。
「お兄様のこと、好きなんでしょう?
だったら、ついていっちゃいなさいよ」
「そんな、急に言われても準備が……
書類とか色々手続きしないと国境越えられないのよ?
それにわたしが家出しても結局は追っ手が来るし、スタリナール家は責任をとらなきゃならなくなるし」
あっさり言われても、結局は何らかのリスクがついて回ってくる。
国を出るにはパスポートは必須だし、パスポートから足がつく。
王族との結婚を蹴って姿をくらましたなんてことになれば、スタリナール侯爵家にお咎めが行くのは必至。
だから、結婚っていう形をとるのが一番手っ取り早いんだけど。
やっぱり晶さんの気持ち無視して結婚してもらうわけにはいかないもんね。
宗教的にも離婚はできないし。
「もぉ、面倒ねぇ、貴族って」
瑠璃さんは呟いて眉根を寄せた。
「おあつらえ向きに、旅券はあるのよね……
あとは家出でなくて姿を消せばいいわけだから…… 」
視線を宙に向けて瑠璃さんは何か小声でぶつぶつと呟いている。
「……だから、あーして、こーして、それから……
よっし!
何とかなりそうよ」
何かを見出したように明るい声で叫んだと思ったら、瑠璃さんはもう一度あたしの顔を覗き込んだ。
「ロレッタには借りを沢山作っちゃったし、協力してあげるわ。
まずあなたに死んでもらう必要があるの。
それで、ひとつ確認なんだけど、あなた泳げる? 」
「恐らく、無理」
あたしは首を傾げる。
この国、水泳の文化なんかなかったから泳ぎは教わっていないどころか海水浴にだって一度もいってない。
それに前世のあたしも泳ぎは苦手だったような……
「じゃ、仕方ないわね。
そこはわたしが代わるとして…… 」
「瑠璃さん? 」
一方的にあれこれ言われてあたしは戸惑った。
「瑠璃、ちょっと落ち着いて順序だてて話をしてくれるかな?
ロレッタちゃん、困惑しているよ」
晶さんが口を挟んだ。
「ごめんなさい。
今、説明するわね。
要はロレッタ、このままここにいたら、殺されるかいやな相手と結婚させられるってことでしょう?
かといって、ただ家出しても連れ戻される可能性が大きいって事よね。
だったら死んだことにすればいいのよ。
死んだように見せかけて、そのまま国境を越えるか異国行きの船に乗っちゃえばいいの。
死亡しているってみなされれば、誰も追って来ないし。
逃げたって事でおじ様が責任を負わされるリスクもないわけでしょう。
幸い旅券は小細工しなくてもお誂え向きのがあるでしょう? 」
「まさか、瑠璃の旅券を使うつもりなのかな? 」
「そうよ。
本当は返さなくちゃいけないんだけど、その前に一回くらい使ったっていいでしょう?
どうせ髪と瞳の色あと身体的な特徴が箇条書きになっているだけだもの、充分使えるわ」
けろりと言う。
そっか、まだ写真とかないからパスポート証明って人相の特徴を使っているんだ。
「ありがたいけど、いいの?
わたしが使ってしまったら瑠璃さん、困らない? 」
「ん? 大丈夫なんじゃないの?
わたしは必要になったらこっちの国で発行してもらえばいいだけの話だもの。
だからね、そんなことは気にしなくて大丈夫。
ロレッタはそのまま、帰国するお兄様と一緒に船に乗っちゃいなさい。
行きも二人だったんだもの、帰りも二人だって誰も怪しまないわ」
瑠璃さんは平然としている。
「あとは、ロレッタ。
あなたお兄様の帰国の日付が決まる前に家出の支度しておいてね。
とは言っても露骨なのはダメよ。
くれぐれも気付かれないように、持ち物も必要最低限、ね。
それと、気付かれるといけないから連絡もあまりできないけど、とにかく無駄なことしないで待っていて…… 」
「ロレッタ、終わったよ。
帰ろう! 」
瑠璃さんの話が終わらないうちにお父さまが部屋に顔を出してしまった。
「……なんだか、真剣だね? 」
一瞬固まった空気に、お父さまが首を傾げる。
「いいえ、お礼をいっていただけですのよ。
今日は本当にありがとう、ロレッタ。
また、お会いしましょう」
瑠璃さんがあたしに顔を向ける。
瑠璃さんがどういう計画を立てたのかは、お父さまに急に割り込んでこられてしまったことで中断してしまったからわからないけど。
今この話に乗る乗らないは別にしても、せっかくここまでいってくれるのに、余計なことを言って計画をぶっ壊すのは得策じゃない。
「いいえ、どうしたしまして。
そうですね、また。
ごきげんよう」
あたしは二人に軽く会釈して立ち上がった。
「逃げちゃえ」か。
王都の一角、スタリナール商会の事務所の前でお父さまを降ろし、一人になった馬車の中であたしは考える。
確かにそれなら、デビュタントも前のうちから子供を宿したふしだらな娘を持ったことで、スタリナール家が世間の冷たい視線を浴びることはない。
レイモンドに妃に指名されて隣国との争いの火種になることも、それを予見されて殺されることもない。
わからないのは、瑠璃さんの言う「死んだことにして」ってところなんだけど、追っ手を撒くのに必要なのかな?
思いをめぐらせていると、窓の外を宝石商のショーウインドウが横切った。
「停めて! 」
あたしは御者台に向かって反射的に声を張り上げる。
「お嬢さん、どうしました? 」
いわれるままに馬車を止めてくれて御者が訊いてくる。
「ごめんなさい、ちょっと買い物を忘れていましたの。
直ぐに済むから、暫くこのあたりで待っていてくれる? 」
馬車を降りてあたしは宝石商に飛び込んだ。
サファイヤの指輪、ルビーのブローチ、ラピスラズリのネックレス、それから……
「あ、そっちのアクアマリンのピアスのお願いね」
ショーケースに並んだ宝飾品の中から手頃な値段の物をいくつか指定する。
「お嬢様、正直、今このご時世ですから価格が高騰しておりまして、あまり宝石のお買い上げはお勧めしませんが」
店の主人が親切に言ってくれる。
「いいの。
お世話になった方が帰国することになったのよ。
だから何か記念になるものを差し上げたくて、探しに参りましたの」
ということにしておこう。
瑠璃さんに言われたこと、思いついちゃったのよね。
家出するなら路銀は必要だもの。
だけど通貨は国ごとに違うし、貴金属にしておいたほうが確実。
それもあんまり高価な品物だと換金しにくいから、そこそこのお値段のものをチョイス。
今日はたまたまお父さまが一緒だったから、お目付け役のケイトがいない。
こんなチャンス、次に何時来られるかわからないもんね。
「代金は後ほどスタリナール邸の方から届けます」
買い物を済ませて店を出た。




