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「さっきから難しいお顔なさって、どうかなさったんですか? 」
邸へ向かう、揺れる馬車の中で、ケイトが首を傾げた。
「今朝はあんなにごきげんが良かったですのに。
お弁当、不評でした?
おむすびを期待なされていたとか?
それとも、ケネス殿下に何か都合の悪いことでも暴露されましたか? 」
なんでもないっていったところでケイトにはお見通しなんだけど。
ケイトに詳しいこと話してもいいのかな?
「ね、ケイト。
お父さま、最近何か言ってなかった? 」
「だんな様、ですか?
いえ、お忙しいようでほとんどお邸に戻って参りませんからね。
何か御用でも? 」
「うん、ちょっと。ね」
どうやって話を切り出そうかと思うと、溜息ばかりしか出てこない。
朝陽の差し込んだキッチンで、土鍋のふたを開けるとふんわりと炊きたてご飯のいい匂いが漂う。
うん、今日のご飯もいい感じに炊けた。
お味噌汁も出来上がっているし、あとは……
パントリーに玉子を取りにいったケイトが戻ってこないかとドアの方へ視線を動かす。
「お嬢様! 」
パタパタと珍しく足音を立ててケイトが走ってくると声をあげた。
「だんな様がお帰りになっていらっしゃいますよ。
今行けばまだ書斎にいらっしゃいます! 」
「本当?
じゃ、いってくるね」
急いで手を洗うとエプロンを外して、キッチンを飛び出した。
暢気なことを言っているとお父さままた出かけてしまう。
お出かけになってしまうと、また数日王宮か商会の事務所に泊まり込みになって戻ってこない。
その前にどうしても会って話をしないと。
そう思うと自然に足が速くなる。
「おっと、ロレッタ、そんなに急いでどこに行くんだい?
ちょっと話をしたいんだが、先にいいかな? 」
廊下に出ると、ばったりとお父さまと出くわした。
「お父さまにお話があったの。
お父さまこそ、何か御用? 」
「そうだな、立ち話もなんだから、ロレッタのキッチンに行こうか? 」
言われるままにキッチンへ戻った。
「それで、私に何か用かな? 」
キッチンの傍らのダイニングチェアに腰を降ろすと、膝に乗せた指を組みお父さまはあたしの顔を見る。
「お父さまのお話を先に聞いてもいい? 」
お父さまを立てて言う。
「……その、赤ん坊の父親になれる人は見つかったのかな? 」
少し言い難そうにお父さまは話をはじめる。
「ま、まだ…… 」
そんなあからさまに言われたって、こっちにはこっちの事情って物が。
第一いくら切羽詰っているからって十六の娘に面と向かって言う話じゃないでしょ? お父さま。
「今、絶賛探し中ですわ。
一年以内、十七になるまでには絶対何とかしますから」
無意識に血の上った顔を見られたくなくて少し背けながら言う。
「それが、そうも言っていられなくなってね。
予定が早まったんだよ。
王女の料理の腕がそこそこ上がったこともあって、試験を早めろと隣国で言ってきたんだ。
それだけじゃない。
隣国との縁組を聞きつけた庶民が、この結婚に反対してクーデターを計画しているって言う噂がまことしやかに市中に広がっている。
そんなこんなで、試験の日程が早ければ来月か再来月にもなりそうなんだよ」
「そんな…… 」
やばっつ、もう後がない。
いくら何でもこの状況で一月以内に相手を探せなんて言われても無理。
それも子どもまで作れなんて、絶対不可能。
それにしてもクーデターって本当だったんだ。
確かに隣国の王政はこの国とは違って王侯貴族優先で、庶民はかなり貧しい生活を強いられていると訊いている。
しかも都合が悪いことに隣国のほうが大国で、後継ぎ如何によっては国が乗っ取られる可能性もある。
もしそうなったらって、心配する人が居てもおかしくない。
だったらその前に政権を国王様からぶん取ってしまおうってことなんだろうけど、物騒なことこの上ないな。
「もう、諦めなさい。
お前の相手はケネス殿下にお願いしよう。
いいね? 」
「お父さまっ! 」
「何か問題でもあるのかい? ロレッタ」
「だって、その。
ケネス殿下にその気があるとは…… 」
うろたえながらあたしは逃げ口を探す。
「殿下は子どもの時からそのつもりだよ。
先日も直に言葉をかけていただいて念を押されたばかりだ。
子どものことはどうにでもなるだろう。
一応既成事実さえ作ってしまえば、正式に結婚したあと間違いだったとでもダメになってしまったとでも、なんとでも言える」
……冗談じゃ、ない。
「ごめんなさい、お父さま。
お父さまの気持ちはわかるけど、もう少し、もう少しだけ待ってもらっていい? 」
「そういえば、ケイトが、最近ランチを一緒にする紳士がいるとか何とか言っていたな…… 」
思い出したようにお父さまは呟く。
ケイトのおしゃべり。
と、突っ込みたいところだけど、助かったかも。
「いいよ。
それならあと少しだけ待とう」
お父さまはそれだけ言って、忙しく立ち上がる。
相当気が急いていて、あたしの方も話があるって言ったのはわすれているみたい。
丁度そこへケイトがお茶の用意をして運び込んできてくれた。
「待って、お父さま。
お茶でも飲んでゆっくりお話をしない?
お父さまが気に入っていた柚子胡椒を練りこんだクッキーを焼いてみたの」
あたしはお父さまを引き止める術を模索する。
「ん~、そうしたい気持ちは強いんだけどね。
今、本当に忙しいんだ。
悪いね、また今度、ゆっくりお茶しよう」
テーブルの上に出されたお茶に見向きもしない。
「あのね、わたしに叔父様がいたって…… 」
「そのことをお前の耳に入れたのはグレンか」
お父さまは大きなため息をつくとダイニングチェアに座りなおした。
「グレンがロイのことを古株の役員にききまくっていたとはきいていたが、まさかお前に頼まれていたとはね。
それで、ロイの何が訊きたいんだい?
急ぎでなければ、この話はお前の婚儀が終わったあとにでもゆっくりしたいのだが」
「今じゃ、なければダメなの。
あのね、お父さま。
叔父様に、娘さんがいたのはご存知? 」
「いや? 」
あたしの言葉にお父さまは動揺したみたいで明らかに視線が泳いでいる。
「そのお嬢さんが、今おばあ様の所にいるの。
それでね、おばあ様が養女にしたいって考えているらしくて。
でも、お父さまに言い出せないでいるみたいなの」
「そういえば、確か結婚の許可が何とか、あいつの死のあとに…… 」
口元に手を持っていき、記憶を辿るようにお父さまが呟く。
「結局、ロイは戻ってこなかったし、何かの間違いかとそのままうやむやにしてしまって。
まさか、そんなことが?
ロレッタ、今、その娘がおばあ様のところにいるとか言っていたね? 」
「黙っていてごめんなさい。
だけど、おばあ様の事情とか聞いたらなんだか言い出せなくなってしまって」
「そこまで、聞いてしまったのか。
いいよ、気にしていない。
その娘には明日にでも話を聞きに行こう。
ロレッタも来るだろう? 」
忙しいはずなのに、急に予定をねじ込んだっぽい。
「じゃ、ロレッタ。
明日は何時になるかわからないから、出かけないで待っておいで」
そうなると、今日の予定をこれ以上ずらす余裕はないとでも思ったのだろう。
お父さまはもう一度忙しそうに立ち上がると、
いってしまった。
「良かったですね、お嬢様」
お父さまを見送りながらケイトが安心したように息を吐く。
「ごめんね、ケイトにも黙ってもらっていて」
ケイトはあたしのお世話係だけじゃなくて監視役もかねているから、本当ならあたしのやること逐一お父さまに報告しなくちゃいけなかったのに。
「仕方がありませんよ。
それに、黙っていないとわたしのほうが旦那様にお叱りを受けるようなこともやらかしていますものね、お嬢様」
脅すように言われた。
確かに、瑠璃さんに成り代わってデビュタント前なのに、ミドルクラスの仮面舞踏会に参加したなんて、口が裂けても言えないよね。
ケイトの立場としたら、全力で阻止して首に縄でもつけて強引に連れ帰らないといけない状況だったんだもの。




