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朝から雲ひとつない晴天だった。
吹く風の温度も丁度いい。
公園の入り口で馬車を降り、重箱のお弁当を片手にゆっくり歩く。
背の高い樹木が両側に植えられた小道、その奥にある東屋。のんびりと寝転べそうな芝生。
いつも公園の柵の外側を馬車で通り過ぎることが多いから、こうやって歩くのは久し振り。
囀る小鳥の声に、その姿を探して視線を動かしていると少し先のベンチの前に立つ晶さんの姿が見えた。
あたしは反射的に駆け出す。
「ごめんなさい、お待たせしてしまいました? 」
晶さんの前に立つとその顔を見上げてあたしは訊く。
「全然、今来たところ」
向けられた優しい笑顔はずっと見ていたいと思ってしまう。
「行きましょう」
木立の向こうの芝生地に誘うと、先に立って歩きだした。
公園の奥にある芝生地には数組の人たちが既に所々に陣取ってお弁当を広げていた。
その一角に座り込むと持ってきたお弁当を広げた。
「お口に合うかわかりませんけど、どうぞ」
三段の重箱の二段に、お饂飩。
一番上のお重にいろんなてんぷら、薬味が少々。
麺つゆはスープポットに入れてケイトが運んでくれた。
「……おむすびと、思ったのですけど、急なアクシデントで作れなくなってしまって。
冷やしうどんになってしまいましたの」
「いいよ。
うどん、おむすびより好きだよ。
まさか、ここでうどんがいただけるとは思わなかったな」
笑みを浮べて、お箸を手に取る。
さすがお箸の国の育ち、お箸の使い方がすごくきれいだなぁ。
なんて思わず見とれてしまう。
今日の晶さんはなんだか、少し機嫌がいいというかなんと言うか。
いつも何処か沈んだような顔をしているのに、今日は憂いがない晴れ晴れとした表情をしている。
「あの、そんなにまじまじと見つめられると、食べにくいんだけど」
晶さんが小首を傾げた。
「あっ、その、ごめんなさいっ! 」
あたしは慌てて視線を逸らしながら謝った。
考え事していたら、ついうっかり無作法なことしちゃった。
「心配しなくても、充分美味しいよ。
噂どおりだね」
にっこりと笑みを浮べて晶さんが言った。
「噂?
どうせスタリナール家の令嬢は奇抜なものばかり作っているとか言うのでしょう? 」
他には考えられない。
「そうだね。
だけどそれだけじゃないよ。
その料理が全部美味しいって評判もついている。
スタリナール商会で扱っているマヨネーズソースとかパンケーキ用のミックス粉とか考案したのは君だって聞いているよ」
どこから漏れたんだろう?
料理の味の批評の出所はおおよそわかるけど、マヨもホットケーキミックスもあたしの名前出していないはずなんだけどな。
「ロレッタ! 」
首を傾げていると、頭上からよく知った声が降ってきた。
「ケ、ケネス。
どうして此処に? 」
顔をあげて、慌てる。
また、あの意味ありげな笑みを浮べて何か言ってきそうだなと思うと心臓が痛い。
「どうって、仕事の途中。
街の巡回も僕たちの仕事だからね。
それより、ロレッタは何をしているの?
そちらは? 」
晶さんの方にちらりと視線を向けて訊いてくる。
「従兄妹のお兄様とランチよ。
いけない? 」
「従兄妹? 君に従兄妹なんて居なかっただろう? 」
あたしの答えにケネスの片眉が気に入らないとでも言うように上がった。
「わたしもつい最近知ったのよ。
亡くなった叔父様の娘さんと、そのお兄様。
今おばあ様の所に滞在しているの」
「そういえば、君。
よく公会堂の催し物に来ているよね。
もしかしていつも一緒のお嬢さんが妹さん?
あの髪色ロレッタと同じだなと思っていたんだけど、従姉妹ならロレッタと同じなのも納得だね」
ケネスが晶さんに向き直る。
そういえば、ケネス。
王子様なのにどうして革命派のパーティーになんか出席しているんだろう?
気になるけど、ここでそれを言ったらこの間の成りすましばれちゃうよね。
せっかくケネスが気付いていないんだから、自分から墓穴掘るようなことはしないほうがいい。
「藍方晶です」
晶さんが名乗るとケネスに手を差し出した。
「ケネスだ」
それ以上名乗らないのは、身元明かしちゃマズイのかな?
握手を交わしているんだけど、心持ケネスの手に力が入っているように見えるのは気のせいなのかな?
「じゃあ、ロレッタ。
僕はまだ仕事中だから、これで失礼するね。
ランチ、楽しんで」
いうとケネスはあたしの頬に軽くキスして去って行った。
やっば……
ケネス、暗にあたしが婚約者だって意思表示していった。
晶さん気がついていないよね?
あたしは晶さんの顔つきを確認する。
「もぅ、ケネスってば、どうしてこのタイミングで来るかな? 」
せっかくいい気分だったのに、邪魔が入ってもう最悪。
「声を掛けてきたのは初めてだけどね、だいたいいつも君が視界に入るときにはその反対側の視界に影があるよ」
思わず呟いたら、言われた。
「うそっ! 」
「本当、最初は偶然良く見かけるなって思っただけなんだけどね、こう毎回だと故意だろうなと。
知り合いだったんだね」
首を傾げて言われる。
嘘でしょ、嘘でしょ、嘘でしょう!!!
つまりはストーカーされていたってこと?
「知り合いというか、幼馴染? といっていいのかしら?
最近はほとんど顔を合わせるようなことはなかったわ」
「じゃぁ、先日。
初対面のふりするの大変だっただろう?
悪いこと頼んじゃったね」
晶さんが不意に笑い出した。
「正直、生きた心地しなかったわ。
わたしだって気付かれたらどうしましょうって」
つられてあたしも笑い出す。
いいなぁ、こういうの。
どっちが緊張したまんまっていう空気は正直苦手。
お互い肩の力が抜けて、気が楽。
「その、ごめんなさい、言わないで。
あの時には知りあいだなんて言ったら、余計な気を使わせるかと思って」
というか、知り合いだなんて言えないよね。
言ったら、ケネスが何者か身分を明かすことになっちゃうし、瑠璃さんにも言い難いこと伝えなくちゃならなくなる。
「ね? ケネスって、この間の集会みたいなのによく来るの? 」
「さぁ? 瑠璃は彼目当てだからね。
彼がいるって情報があるときにだけしか行かないから。
でも主催者のゴードン氏とは懇意みたいだよ」
「そう…… 」
「どうかした? 」
「ううん、何でも」
晶さんも瑠璃さんに付き合っていただけで良く知らないみたいだから聞いてもダメだよね。
晶さんは中断してしまった食事を再開する。
あたしも、余計なことを考えるのは止めよう。
せっかく晶さんとの食事なんだもん、楽しまなくちゃ勿体無いよね。
「ご馳走様。
噂どおり本当に美味しかったよ」
一足早く食事を終え、晶さんはお箸を置く。
「お口に合って、良かった」
微笑んでそう言われると本当に嬉しい。
約束もまだなのに次には何を作ろうかと考えてしまう。
「あのね、良かったら、また…… 」
「これで最後になるかと思うと、少し惜しいな」
言いかけたあたしの言葉を晶さんの声が遮った。
「最後って? どういうこと? 」
一瞬目の前が真っ黒に染まったような気がした。
「瑠璃のね、養子縁組の話が本決まりになりそうなんだ。
父から許可の手紙が届いた。
あとは、スタリナール侯爵家の当主の了解が取れれば手続きをしてもらえるんだけど。
そうしたら僕はようやく国に帰る事ができる」
「そう、なんだ…… 」
あれ? どうしてあたしこんなにがっかりしているんだろう?
「それでね……
ロレッタちゃん? 」
「え、何? 」
名前を呼ばれてあたし我に返る。
がっかりしすぎて暫く思考が飛んでいた。
「君のお父さん、ヘルナン・スタリナール氏に話をしてもらえないかな? 」
「お父さまに? 」
「その…… おばあ様はどうしてもスタリナール氏に言い出せないみたいで、そこから先に話が進まないんだ」
さすがにおばあさまもあれ以来、何かの節目に儀礼的に挨拶だけしてあとはいなかったような接し方している息子に、何かを頼むのは気まずいんだろうな。
「任せて、って言いにくいんだけど。
暫く時間くれる? 」
グレンに教えてもらった事情。
それを知っていると、お父さまに気軽に言い出しにくい。
知らなければきっと、さらっと言ってしまったかも知れない。
だけど、言わないと晶さん帰れないんだよね。
晶さんにあえなくなるのは淋しいけど、お医者様になるってためには帰国しないといけないわけで、あたしが何かいえる立場じゃない。
「ごめんなさい、嫌とかそう言うんじゃないんだけど。
その、どこからお父さまにお話したらいいのかわからなくて……
晶さんも仰っていたとおり、お父さまとおばあ様の仲、あんまり良くないみたいで没交渉だから。
瑠璃さんのことお父さままだ知らないと思うの。
だから…… 」
晶さんの顔が真っ直ぐに見れなくて、視線を落としたまま言う。
ぽんって、何かが頭に乗せられたと思ったら、晶さんの手だった。
「ごめんね、無理なお願いして」
「え?
無理なんて、全然」
あたしは慌てて首を横に振る。
「叔父様の娘が訪ねて来たって知ったら、お父さまも喜ぶと思うの。
だから、暫くお時間をもらっていい? 」
広げたお弁当箱を片付けてあたしは立ち上がる。
「ダメなようなら無理しなくていいから」
いつもの穏かな笑顔を浮べてくれるんだけど、何故かその笑顔が見ているだけで苦しい。
「じゃぁ、期待しないでいて、ね。
それと、もうひとつ。
できたら帰国前に、わたしのおにぎり食べてもらえたら嬉しいわ。
ごきげんよう」
無理に笑顔を浮べて、あたしは晶さんと別れた。




