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おばあ様のところには行き難くなってしまったけど、婚活だけはそんなこと言っていられないんだよね。
何しろ何時のまにか十七の誕生日まで一年切っている。
子供云々は別にしても、誰かお婿さん見繕わないと。
ホントのホントにケネスに縁付けられちゃう。
と、言う訳で。
いやーな顔を隠そうともしないケイトを無視して、今日も図書館に来たわけなんだけど。
うん。今日も条件に合いそうな人はいないなぁ。
いい案だと思ったんだけど。
そうそう上手くは行かないか。
溜息混じりにもう一度館内を見渡すと、晶さんの姿があった。
今日も先日と同じ医学書の詰った書架の前に立ち、熱心に背表紙のタイトルを眺めている。
あたしは引き寄せられるかのようにふらりと晶さんの所に歩み寄る。
「こんにちは、晶さん」
周囲の人に迷惑にならないように、声を落としてそっと呼びかける。
「ロレッタちゃん、よく会うね」
少し戸惑ったような表情で、晶さんはあたしに顔を向けた。
「ごめんなさい、お邪魔だった? 」
「いや、貴族のデビュタントもまだのお嬢さんなのに、こんなに度々図書館へなんて足を運んでいいのかなって? 」
「いけないのかな?
ここ、社交場じゃないから、大丈夫だと思ったんだけど? 」
あたしは首を傾げる。
あたしの中じゃ、図書館は公園や動物園と同じ括りなんだけど。
確かにこんなところに子供はあんまり居ないけど、教養を高める場所で社交の場じゃないからギリギリ動物園と同じ括りにしたかった。
「勉強熱心なのはいいことだけど、君のお父さまはあんまりいい顔しないんじゃないのかな? 」
確かにケイトはいい顔しないけど。
「時間ある? 少し、散歩でもしようか? 」
あたしに気を使ってか、訊いてくる。
その言葉に、あたしは無意識に頷いていた。
「瑠璃さん、今日はお茶会ですか?
それともお買い物? 」
図書館を出て暫く行った先にある公園を歩きながらあたしは訊く。
「いや、おばあ様と近くの保養地に出かけたよ。
何でも向こうの知人に、孫娘を紹介したいからって」
「じゃ、晶さんはお留守番? 」
「まぁね。
遊んでばかりいられないから、たまには勉強もしておかないと」
「もしかして、晶さんお医者様? 」
先日も今日も医学書の棚の前にいたのを思い出してあたしは訊く。
「まだ、医学生なんだ。
そろそろ帰って勉強しないといけないんだけど、ね。
僕は瑠璃に負い目があるから、瑠璃の言うことを無碍にはできないんだ」
晶さんは何処か遠い目をする。
なんか悪いこと訊いちゃったのかな?
「ごめんなさい、わたしいけないこと訊いてしまって? 」
「別にいけないことでもないよ。
子どもの頃、川で溺れた僕を叔母様、瑠璃の母親に助けてもらったことがあるってだけ」
さらって言うけど、それで負い目を感じているってことだよね。
「じゃぁ、もう直ぐ国にお帰りになるの? 」
これ以上深く訊いちゃいけないかなって、あたしは話を他の方向に振る。
「そうしたいんだけどね。
此処へは瑠璃の父親を探しに来たんだ」
「瑠璃さんのお父さま?
わたし、今まで叔父様がいたことも知らなかったんだけど。
叔父様の奥様って、晶さんのお国の方よね? 」
叔父様のことだよね。
グレンもそこまでは知らないって言ってた。
「そう。
当時、僕の国に商談に来ていたロイ氏は、そこで知り合ったとある女性と現地で結婚したんだ。
ただ故国が遠すぎたこともあって、結婚した事を自国に報告できずにいたらしい」
だからお父さま、瑠璃さんのこと知らなかったのかな?
今までの様子にしても、お父さま弟さんのことは無理に黙っていた気配があるけど、瑠璃さんのことに関しては、黙っていたって言う感じじゃなかった。
「暫くして二人の間には瑠璃が生まれたんだけど、ロイ氏は急に故国に帰ることになった。
ロイ氏は二人を伴っての帰国を希望したんだけど、生まれたての赤ん坊を連れての渡航は難しいということと自国の婚姻の許可が取れなかったことで一旦妻子を置いての帰国になったんだ。
ただ、それっきり。
ロイ氏からの連絡が途絶えた。
それで、どうしても瑠璃が自分の父親の消息を知りたがって、ロイ氏の故国まで来たんだけど」
晶さんは大きく溜息をつく。
「まさか当時、帰国途中で立ち寄った港で死んでいたなんてね。
瑠璃の父親の行方もつかめたし、そろそろ帰りたんだけど、瑠璃がうんて言わないんだ。
置いて帰るわけにも行かないしね」
「瑠璃さんが?
もしかして、あの王子様のせい?
あのね、あの…… 」
言いかけてあたしは口をつぐんだ。
その王子様は、実は本当の王子様でロレッタはその最有力婚約者候補だなんて言えない。
瑠璃さんをがっかりさせちゃう。
あたしに譲る気はあっても、ケネスがどう思っているか。
それに家同士の思惑もある。
ケネスが瑠璃さんに惚れてくれて、瑠璃さんを相手に選んでくれれば願ったり叶ったりなんだけど。
「それだけじゃないんだ。
おばあ様がね、瑠璃を養女にしたいって言い出したんだ。
瑠璃もそれに乗り気になっていて、今調整中なんだ」
「そうなの? 」
もしかして、瑠璃さん、ケネスが本当の王子様だって気がついたのかな?
だから、貴族の身分が欲しくなっちゃった、とか?
瑠璃さんと晶さんのご実家がどのくらい裕福かはわからないけど、船を使って何ヶ月も旅しないと来られない国にまで来ちゃうって事は、程ほど以上の財力を持っているお家なんだと思う。
それでも養女の話に乗る気って事は、やっぱり身分欲しいんだよね。
お父さま、この話知っているのかな?
一応耳に入れておいたほうがいいような気がする。
何しろ、今のスタリナール侯爵家の当主はお父さまなんだもの。
だけど、あたし。
瑠璃さん兄弟が来ていること、お父さまにまだ話していないんだよね。
隠していたっていう訳じゃないんだけど、言っていいものか悪いものか解らないでずっとずっと迷っていた。
今更その話をしたりなんかしたら、お父さまあたしが隠し事してたってきっとがっかりすると思う。
それはできることなら避けたいし……
「ロレッタ、ちゃん?
どうかしましたか? 」
考え込んでしまったあたしは無口になっていたらしい。
何時の間にか晶さんがあたしの顔を覗き込んでいた。
「ううん、なんでもないの」
「無理に散歩になんか付き合わせて、疲れさせてしまったかな?
そろそろ、戻ろうか? 」
「えっと、あのっ! 」
あたしはその言葉に反射的に晶さんの服の片袖をつかんだ。
「ん? 何かな? 」
何故そんなことしたのか自分でもわからないんだけど。
とにかく、此処でサヨナラって言われるのが少し怖かった。
もう少し、もう少しだけ一緒に居たいなんて、そんな気持ちになってしまっていた。
「あ、明日、此処で……
ここで、ピクニックしませんか?
わたし、お弁当作ります! 」
後先の事は全く考えず、思わず言ってしまった。
「ご馳走してくれるの? 」
あたしは大きく何度も頷く。
「ありがとう。
じゃ、楽しみにしているね」
そう言って向けられた穏かな笑顔。
やっぱり、好き。
なんか心がほっこりして、ずっとこの人の隣に居て、この笑顔を見ていられたらなんて思ってしまう笑顔。
「じゃ、お約束よ。
また、明日ね」
図書館の入り口付近まで来ると待たせておいた馬車を見つけ、あたしは走り出した。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
馬車のドアを開けると、ケイトが迎えてくれる。
「晶様と何かいいことがありましたか?
ご機嫌がよろしいみたいですけど」
「見てたの! 」
馬車の少し前で別れたから、大丈夫だと思ったんだけどな。
「当たり前です。
お嬢様から目を離して、もし何かあったりしたら、旦那様に顔向けできませんから」
当然とまでに言われる。
「明日ね、お昼食をかねてピクニックをするお約束したの」
隠すのは無駄というより無理なので、もう素直に言ってしまおう。
どうせキッチンにはいっつもケイトは一緒だもん。




