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「全く、おいたわしいですわ」

 

 帰りの馬車でケイトがあたしの顔を見ると大げさに溜息をついて呟いた。

 

「なんのこと? 」

 

 あたしにはケイトの溜息の意味が全くわからない。

 

「お嬢様ですよ。

 どうしてデビュタントも前なのに旦那様になる方をご自分で探さなければなりませんの? 」

 

「何の因果なんでしょうね? 

 それより、ケイトは? 

 何時までもわたしのメイドしていなくてもいいのよ。

 いい人が居たらそろそろ結婚…… 」

 

「とんでもない! 」

 

 言いかけた言葉をケイトに遮られた。

 とんでもなくないんだけどな。

 あたしが前世のことを思い出した五歳の時、ケイトは十六・七だった。

 ということは、もう二十七か八。

 そろそろ結婚してもおかしくない年なんだけどナ。

 年齢から言ったらあたしより先にお嫁に行かなくちゃおかしい。

 

 もっともこの世界、というか、この国の貴族にお勤めする使用人は結婚しないで一生お勤めする人も少なくないって聞く。

 だけど、ケイトがもし好きな人でも居るんなら何時までも縛ってはおきたくないなぁ。できることなら幸せになって欲しい。

 

 と、思って、ちょびっと口にしただけで全力否定されてしまった。

 ケイト、もしかしてあたしがお嫁に行ってもついてくる気かな? 

 

 それは、また考えればいいか。

 お嫁入り先も決まっていないのに考えても仕方がないよね。

 

 とにかく、一刻も早くお嫁入り先探さないと、本当にケネスに嫁がされてしまう。

 それだけは絶対避けたいなぁ。

 

 ケイトに見えないようにこっそりと息を吐いた。

 

 

 

 スタリナール邸のエントランス前に馬車が止った時には既に日が傾き出していた。

 

 馬車を下り、部屋に戻ると、一通の封書が書き物机の上に置かれていた。

 

「誰からだろ? 」

 

 着替えもそこそこにそれを手にとる。

 

 差出人の名前はない上に封蝋に押された封印にも見覚えがない手紙にあたしは首を傾げた。

 

 もしかして王女様かな? 

 だったら差出人の名前伏せてあったとしても不思議じゃないんだけど。

 

 とか思いながら封を切る。

 

 だけど予想は思いっきり外れた。

 出てきた便箋に書かれているのは明らかに男文字。

 

 まさか、ケネスじゃないよね? 

 

 嫌な予感がしつつ書かれた文字を読む。

 

「お嬢様、どなたからのお手紙ですか? 」

 

 ざっと目を通し終わるとケイトが訊いてくる。

 

「ん? グレンがね、話したいことがあるから明日午後から図書館傍のコーヒーショップで会えないかって」

 

「何のお誘いでしょう? 

 行くんですか? 」

 

 思いっきり嫌な顔をされた。

 

 そりゃそうよね。

 今日に続いて明日も外出なんて言ったら、嫌にもなる。

 仕事はたまるしお母さまにはいい顔されないし。

 

 だけど、勝手に行って来るって言っても聞き入れてくれないんだよね。

 

 お断りか日延べすればいいんだけど、電話もスマホもないから直ぐに連絡って訳にも行かないし。

 やり取りしてたら明日になっちゃう。

 

「ケイトが忙しいなら、付き添いモリーに頼むから、いいわよ」

 

 とりあえず言ってみる。

 

「そんな面白そうなところ、どうしてわたしを省くんですか? 」

 

 更に不満そうな顔をした。

 

「だって、ケイトも色々忙しいでしょ? 

 たまにはゆっくり家の仕事してていいのよ」

 

「いいえ、行かせていただきます! 

 雑用はモリーに任せますから」

 

 これは…… 

 仕方ない、モリーにはチョコレートでも買って帰るかな。

 

 思いながら着替えを済ませ、ダイニングに向かった。

 

 

 

 翌日、図書館の入り口付近で馬車を降り暫く歩く。

 

「こっちだよ」

 

 お店の入り口で日傘を畳んでいると、店の奥の方でグレンが手招きしているのが見えた。

 

「ごめんね、こんなところに呼び出して。

 商会前のカフェだとさ、親父とか役員の目に入らないとは限らないから」

 

 妖艶なと形容するのがぴったりの笑顔をグレンは向けてくる。

 

 うう、眩しいっ!

 これだけで、くらっと来るお姉さま方も居るんだろうな? 

 

 じゃなくて、ご挨拶。

 

「お気遣い感謝しますわ」

 

 確かにそのとおり。

 商会の出入り口にあるカフェじゃお父さまに繋がる人の目につく危険性が高い。

 それ以前にカフェの従業員も商会の従業員なんだよね。

 

「それで、お話ってなんですの? 」

 

 ケイトを店の入り口付近の席に残して、グレンいる店奥のテーブルに行って、向かいに座りながらあたしは言う。

 本当は訊かなくても、だいたい予想はついているけど。

 

「この間の話だよ。

 スタリナール会長の弟さんの」

 

「もう、調べてくれたの? 

 急がなくてもいいって言いましたのに…… 」

 

「報酬を先払いしてもらったからね。

 あんまり遅くなって取逃げされたって思われるの嫌だし」

 

「そんなこと思わなくてよ。

 それより、この間は素敵な場所を教えていただいて、感謝しますわ」

 

 結局、図書館へ連れて行ってもらっただけで、ほとんどお話もしないで帰ってきちゃったし。

 

「どういたしまして。

 それで、本題に入るけどね。

 確かに、スタリナール会長にはロイという弟さんが居たそうだよ。

 ただね、もう亡くなっているそうだ」

 

「そう」

 

 その言葉で、なんとなく解った。

 

 既にこの世に居ない人だから、誰の口からも名前が出てこなかったんだよね。

 

「そのロイ・スタリナール氏の死で会長と君のおばあ様の中が決定的に壊れたって話だよ」

 

「な、に? 」

 

 初めて聞く事だ。

 

 確かにおばあ様とお父さまの間にあまり行き来はないけど、新年の集まりには二人とも顔を出しているし、おばあ様からあたしへのプレゼントとかも事あるごとに普通に届くから、単にお父さまの仕事が忙しくて、会いに行く暇がないだけだと思っていた。

 

「どういうこと? 」

 

 思わずあたしは身を乗り出す。

 

「えーと、どこから話そうかな? 

 ロレッタちゃんはスタリナール侯爵が事業を起こす前の経済状態って知ってる? 」

 

「ううん? 」

 

 あたしは首を横に振る。

 

 ちびっこのロレッタだけの時の記憶は曖昧だけど、少なくとも前世のあたしの記憶が蘇ったあの五歳の時点じゃお父さまの事業はもう軌道に乗っていてスタリナール家はかなり裕福だった。

 

「スタリナール家はね、侯爵と言っても下位の方で領地もそれほど大きくはなかったんだ。

 その上所有する領地の立地が悪くてね、その時の気候によって領地から上がる収益がほとんど見込めず没落寸前だった時があったんだ」

 

「それで、お父さまが事業を起こしたの? 」

 

「そう。

 若い頃ヘルナン氏は今の国王陛下の話相手をしていたんだけど、陛下が即位して王宮を下がることになったのをきっかけに貿易の事業をはじめた」

 

「それをおばあ様が嫌がったのね? 」

 

 領地経営だけで充分貴族の体面を保っていけている一部の貴族の中には、手広く商売をしているスタリナールのことをよく言っていないのは、あたしもうすうす知っている。

 よく知らないけど、もしおばあ様が貴族のプライド第一主義の人だったらいい顔はしなかったと思う。

 

「いや、そのことに対しては何も言わなかったみたいだよ。

 ただね、起こした仕事が軌道にのりはじめた時にね、どうしても取引先に出向かなければいけない事態になったんだそうだ。

 それも船で数ヶ月は掛かる異国に。

 ところが当時折り悪く、王太子の体調が思わしくなくてね、危篤寸前に陥ることを何度となく繰り返していたんだ。

 こういう時だから、陛下にとっては幼い頃からの付き合いで気心の知れたヘルナン氏を手放したくはなかったんだろう。渡航の許可がどうしても下りなかったんだそうだ。

 それで、ヘルナンさんの弟のロイ氏が代わりに渡航することになった。

 そして、ロイ氏は帰国途中の港で流行り病に掛かり命を落としたそうだ」

 

 それとお父さまとおばあ様が不仲になったことにどう繋がるんだろう? 

 

「先代スタリナール侯爵夫人、あ、君のおばあ様ね。は七歳で王宮に上がったきり里下がりしてこられなくなった長男よりも手元に残った次男を溺愛していたんだ。

 だから、自分の代わりに弟を行かせたヘルナンさんを夫人は相当責めたって話だよ」

 

「おばあ様が一人暮らしをしているのって、そのせい? 」

 

「という話だ。

 没落寸前の侯爵家を支えていたのは、ヘルナンさんが王宮に上がることによって得られていた報酬だったんだけどね」

 

 そりゃ、お父さまだって面白くはないよね? 

 一方弟の死因を作ったのは自分の責任だっていう負い目もあっただろうし。

 

 お互い顔をつき合わせては暮らしていけないよね。

 

 あたしは視線を落す。

 

 それでもおばあ様、孫のロレッタの事はそこそこ可愛かったって事だよね。

 だからめったに顔を合わせないのに、事あるごとにドレスとかプレゼントしてくれてたんだ。

 

 なんか、切ないなぁ。

 

「わざわざ、調べてくれてありがとう」

 

 視線を落としたまま、あたしは立ち上がる。

 

「あと、先日の君の従兄妹なんだけどね。

 異国のことだし、誰に聞いても知らなかった。

 だけど、先日の男性、出生国を俺は知らないからなんとも言えないけど。

 ロイ氏が商談に出向いて暫く滞在していた国の人間の特徴があるし、年齢的にも当てはまるみたいだから、ないわけじゃないかもね」

 

 背を向けようとしたら、グレンが付け加えた。

 

「本当に、何から何まで。

 改めて御礼を言いますわ」

 

 軽く頭を下げて、入り口付近の席であたしを待っていたケイトに歩み寄る。

 

「お話、終わったんですか? 」

 

「ええ、お待たせ。

 行きましょう、ケイト」

 

 すっかり冷めてしまったコーヒーを慌てて飲み干して席を立つケイトを待たずに店を出た。

 

 

 

「お話、なんだったんですか? 」

 

「うん、あとでね」

 

 馬車に揺られながらケイトの問いに曖昧に返事をして、流れる窓の外の光景に視線を移す。

 

 ……なんか、知らなくても良かったかな? 

 おばあ様とお父さまが不仲だったなんて。

 

 今度、おばあ様にどんな顔をして会えばいいのかわからなくなっちゃった。

 

 ケイトに勘付かれないようにあたしはそっと溜息をついた。


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