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お皿を洗ってくれているケイトの背中を目にあたしはキッチンをでる。
エプロンを取って着替えを済ませて、鏡の前で髪を整えているとお皿洗いを済ませたケイトが入ってきた。
「また、お出かけですか? 」
外出用のドレスを着たあたしを目に呆れたように訊いてくる。
「そうよ。
行き先は図書館だから、ケイトは来なくてもいいわよ」
やることは全部済ませたから文句はないはず。
当然の権利とばかりにあたしは言い切る。
「本当に、毎日、毎日。
随分お気に召したようですね。
図書館ってそんなに面白いですか? 」
不満そうにケイトが訊いてくる。
そりゃ、毎日図書館通いしていたらケイトは面白くはないよね。
あたしに付き添って外出しちゃうと、その日やる予定だった雑用やお掃除、夜中に睡眠時間削ってやることになるんだもん。
「面白い、面白くないの問題じゃないのよ」
お婿さん探しに行くとははっきりケイトには言っていない。
ついてこられるのは正直都合が悪いんだよね。
保護者みたいなもの連れて婚活なんてきいたことがない。
それもあって、今日はケイトを置いていこうと思ったんだけどな。
「だんな様とのお約束、お忘れですか? 」
眉を吊り上げて怖い声で言われた。
「いいわよ、ケイトは家の仕事をしていて。
どうせついてきてもらっても馬車の中か商会の応接室で待っていてもらうだけだもの」
確かにそう言う約束だったんだけど、行きかえりは馬車だし、下町を徒歩で歩くわけじゃない。図書館の中だけなんだからそんなに警戒する必要ないと思う。
だからあたしに付き合って外出する時間に別の仕事を終わらせてもらおうと思ったんだけど。
「ご心配なく。
お待ちしている間に休ませてもらっていますから、お気遣い無用です」
ダメだ、どうしてもついてくる気だよね、ケイト。
仕方なく、あたしはケイトの説得を諦め、二人して馬車に乗り込んだ。
よりによって、図書館で逆ナンなんてする羽目になるとは、前世どころか前世の記憶が蘇った当時は思いもしなかった。
入り口近くに停めた馬車にケイトを残して図書館へ入ると、あたしは本を探すフリをしつつ周囲を見渡す。
う~ん、いざとなるとお婿さんにするのに適当な人って居ないもんだな。
あっちの人は年齢高そう、既婚者の可能性大。
こっちは完全お年寄り。
そもそも昼真っからこんなところに来ている人ってどうなんだろ?
というか、適当な男性が居たとしても、あたしどう声を掛けるつもりなんだろ?
せめてエリーかエリカさんに一緒にいてもらえば良かったかな?
そしたら、遊びの延長みたいにさらって声かけやすかったかも。
首をかしげながら本棚に向けた視線をもう一度戻すと、黒髪の若い男の姿が目に入った。
あれは…… 晶さん?
気になって側まで近付く。
やっぱりそうだよね。
「ごきげんよう、晶さん」
顔を確認してから声を掛けた。
「え、ああ。ロレッタ嬢」
晶さんは熱心に見ていた医学書の棚から視線を外してこっちを向く。
「普通にロレッタでいいわ。
寄寓ね、こんなところで会うなんて。
今日は何を探しに来たの? 」
呼ばれなれていない敬称に少し戸惑いながら訊く。
「ただの暇つぶしですよ。
瑠璃がおばあ様とお茶会に出かけて、時間が空いたので。
ただ邸でぼけっとしていても仕方がないから出てきてみたんです」
晶さんは穏かな笑顔を浮べる。
あ、この笑顔好きだな。
ケネスの笑顔はなんかわざとらしく思えて、どことなく怖いんだけど。
「お時間、ありますか?
もしご迷惑でなければ、お茶でもご一緒していただけたら嬉しいのですけど」
丁寧に誘ってくれる。
時間はあるようなないような、なんだけど。
ま、いっか。
ざっとみた限り今日は対象にしたいような男性は居ないし。
もう少し、晶さんとお話してみたいし。
「喜んでお受けしますわ! 」
あたしは笑みを向けた。
「それで、ロレッタちゃんはどうして図書館に? 」
図書館を出て少し行った先にある、珈琲ショップに併設されたカフェの一角に席を取ると、早速晶さんは訊いてくる。
コーヒーショップだからかな?
家具や壁の色使いも渋くて落ち着ける雰囲気。
商会の前のカフェはあたしがプロデュースしたんだけど、女の子にも気軽に入れるようにって思って、華やかで可愛い雰囲気の出る家具や色使いにしたから、随分違う。
「何かお料理の参考になるようなものがないかと思いましたの」
まさかねぇ、婚活してます。
年頃の男性あさってましたとはいえないよね。
「君が? 」
晶さんは意外だとでも言いたそうに、目を見開いた。
きっとおばあ様から、父親に甘やかされて欲しいものは何でも買ってもらって育ってきたとでも聞かされているんだろうな。
……間違いじゃないけど。
「タイトルがはっきりしているものは、直ぐに手に入りますけど。
曖昧な内容のものを探すには図書館の方が経済的でしょ? 」
運ばれてきた珈琲のカップを手にあたしは首を傾げた。
「それより、お茶会ご一緒しなくてよろしかったの?
瑠璃さんのエスコートは? 」
ええい、とにかく話題を変えなくちゃ。
そもそも、お茶会だって社交の場だもの。瑠璃さんが出席するんじゃエスコートは必須だろうし、何より女性の瑠璃さんがお留守番でも当主に近い晶さんの方が行くもんじゃないの?
「ロイ・スタリナール氏の血を引いているのは瑠璃だけなんです。
僕達は正確には従兄妹なんですよ。
瑠璃の母親の兄が僕の父親だった縁で、母親が亡くなったあと一人になった瑠璃を父が引き取ったんです」
言われて見れば、髪の色だけじゃなくて目元も口元も瑠璃さんと晶さんとは似通ったところがない。
お買い物だけじゃなくて、お茶会までお留守番なのはそう言う理由だったんだ。
「そういえば、ロレッタちゃんは、僕の国のことに造詣が深くて、特に料理は一級品だって聞いたんだけど、どこで習ったのですか? 」
うわっ、話を変えたと思ったらそうきたか。
それはロレッタの最大の秘密事項なんだけどな。
「その、昔ね。
お父さまが贈ってくださった重箱から興味が出たの。
それで少し本で調べて、調味料とかレシピとか取り寄せてもらって…… 」
本当は家庭教師の先生に教わったとか言えれば、すんなり相手も受け取ってくれるんだろうけど、都合が悪いことにあたしの家庭教師ってあの自国料理最優先主義で有名なリンガム先生なんだよね。
仕方がないから本の受け売りとでも言うことにしておこう。
「もう、暫く食べていないから、なんだか恋しいな」
晶さんは少し淋しそうに呟く。
そうだよね。
多分飛行機なんかないから、船で移動ってなると何ヶ月も掛かるんだろうな。
お国の味が恋しくなっても無理はない。
「よろしければ、今度ご馳走しますわ。
お国の調味料を使っているというだけで、まるで違ったお料理だとは思いますけど」
きっと、時代が違うから向こうの国のお料理とあたしのお料理、かなり味も見た目も違うと思う。期待させちゃ申し訳ない。
とりあえずぼかして言っておこう。
「どんなお料理なのかな? 楽しみにしているね」
穏かな笑みを浮べてくれる。
やっぱり、この笑顔いいなぁ。
「お嬢様! 」
目の前の笑顔に癒されていると、突然ケイトに呼びかけられた。
「探しましたよ。
図書館の中にいらっしゃると思ったら、何時の間にこんなところに。
何をなっさっていらっしゃるんですか? 」
晶さんに視線を向けて軽く会釈をしたと思ったら、直ぐにケイトはあたしに向き直った。
「何って、お茶よ。
ケイトも一休みしたら? 」
あたしはコーヒーのカップを口に運んだ。
「全く、もう……
そろそろお帰りになりませんと、晩餐のお時間になってしまいますよ」
ケイトは呆れたように息を吐いて続ける。
「嘘、もうそんな時間? 」
あたしは慌てて立ち上がる。
婚活してるなんてお母さまには内緒だから、食事の時間に間に合うように家に戻るのは、あたしの中ではお約束。
「じゃ、晶さん。また、ね」
軽く頭を下げてあたしはケイトと一緒に店を出た。




