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「ここでいいかしら? 」
王宮の少し手前、以前ジョシュアさんとこの子を送った辺りで馬車を止め王女様を降ろす。
ジョシュアさんの馬車と違って、スタリナール家のこの馬車ならすんなり王宮に入れるんだけど、あたしが王女様を送ってきたところ誰かに見られたらまずいよね。
それにもしケネスやレイモンドに見つかったら、また騒ぎになるからお城には入らないほうが賢明。
「じゃ、ケイト。
お昼の時間だし、商会のカフェで何か食べて帰ろうか」
いつもより遅く起きて、朝食の準備してゆっくり食事して、その後王女様と少しお話して、馬車で王都まで送ってきたらもう昼過ぎになっていた。
遅めの割にしっかりした朝食だったから、おなかはまだ空いていないし、カフェで何か軽いもので済ますくらいで丁度いい。
「それにしてもお嬢様、姫君相手によくあんないい加減なものおだしになりましたね。
度胸がいいというかなんと言うか」
カフェの片隅にとった席でケイトが呆れたように言う。
「仕方がなかったのよ。
突然何のお約束もなしに来られたんだから。
仕込みどころか材料の準備さえできなかったのよ。
それに、レイモンドが薄味のさっぱりしたお料理の方が好きなのは本当だもの。パンも苦手だし。
事実をありのままにお伝えしただけよ。
ただ、話すより実食してもらうほうが参考になるじゃない? 」
「それにしたって、焼いただけ、茹でただけ、お味噌汁に至っては昨日の残り物のお豆腐でしたよね? 」
ケイトはまだ文句があるらしい。
「そのお豆腐に一番手間が掛かっているのはケイトが一番良く知っているでしょう?
第一あれ作ろうと思ったら前々日から取り掛からなくちゃならないんだから」
大豆を水につけて、茹でて、潰して、絞って……
正直その行程の手が掛かる部分を実際にやっているのはあたしじゃなくてケイトとモリー。
お豆腐どころか豆乳も売っていないんだから、自分で一から作るしかない。
輸入品じゃない大豆があっただけでも奇跡だもん。
確かに献立のほかのものはケイトの言うとおり焼いただけ、茹でただけなんだけどね。
「お二人さん、今日は何の用事?
商会での会議はなかったよね? 」
注文したサンドウィッチをぱくついていると、グレンがふらりと姿を現し話し掛けてきた。
その声にあたしは口に入れたパンの欠片を思わず喉に詰らせそうになった。
グレン、今日に限って何だってここにいるのよ。
昨夜のほとぼりが冷めるまで暫く会いたくなかったんだけどなぁ。
「そういえば、さ。
昨夜、とある舞踏会で君によく似た女の子に会ったんだけど、あれ君じゃないよね? 」
やっぱり来たか。
「嫌ですわ。
人違いではなくて?
わたしまだデビュタント前ですのよ」
とりあえず惚け倒すしかない。
「そうだよね。君があんな香りを使ったところみたことがないからおかしいナとは思ったんだけど。
ごめん、やっぱり他人の空似だったみたいだ」
グレンはいつものようなさわやかな笑顔を浮べてくれる。
「いいかな? 」
さらりと聞いたと思ったら返事も聞かずに同じテーブルの向かいがわに座り込んで、奥へ声を掛けお茶なんか頼んじゃった。
「こんなところで暇つぶしなんかなさっていて、お仕事よろしいのかしら? 」
あたしはお茶のカップを傾けながら訊く。
「いいの、いいの。
今日の仕事はもう終わり」
にっこにこと笑顔を浮べて言う。
終わりって、まだ終業時間になっていないと思うんだけど?
専務のぼんぼんってこんないい加減な働き方でいいんだ。
「ロレッタ、ちゃん?
奇遇だね、こんなところで会うなんて」
グレンにあきれ返っていると、名前を呼ばれた。
「晶さん、どうしてここに? 」
予想さえしていなかった顔にあたしはまた戸惑う。
それも何故、このタイミング?
せっかくグレンの気を反らしたのに、またぶり返しちゃう。
やっぱり今日は寄り道なんかしないで、家に帰って昨日の寝不足の分を取り戻すべくお昼寝でもしているほうが良かったかも?
「ちょっとね、この先の事務所に用事があったんだ。
先日はありがとう」
晶さんもグレンのことに気がついたのか、先日って言ってくれた。
「いいえ、どういたしまして。
今日は、瑠璃さんは? 」
「おばあ様とショッピングに行ってるんだ。
君にお礼を言っていたよ」
「そう? お役にたててよかったわ」
「では、また、ね」
晶さんはお礼だけ言うと去って行く。
「誰? 」
その後ろ姿を目にグレンが訊いてきた。
「従兄妹らしいわ、よくわからないけれど」
そういえば、あの日おばあ様に簡単に説明されただけで詳細を聞いていない。
いつか訊こうとは思っていたけど、お父さまの手前、今まで行き来のなかったおばあ様おところへ頻繁に出入りもできずにそのままになっていた。
「……そういえば、会長には弟さんがいたって話、前に少し聞いたような? 」
グレンが首を傾げる。
「その人、今は? 」
「いや、商会にはもういないよ。
親父や古い役員なら知っているかも知れないから、知りたいんなら今度訊いておいてあげるけど」
「いいえ、お忙しいでしょうし、お暇があった時で結構よ」
コイツに借りを作ると厄介なことになりそうだから、身を乗り出して「ぜひとも! 」といいたいのを押えて、そっけなく言う。
「じゃ、お礼は……
今日これから付き合ってもらうってことでいいよ」
軽くウインクしながら言う。
げっ、報酬先取り?
やっぱちゃらいな、コイツ。
正直付き合いたくないんだけど。
「よろしいのかしら? わたし、いつもあなたの周囲に居るお姉さまがたに恨まれるのは遠慮したいわ」
遠まわしに断ってみる。
「彼女達?
いいの、いいの。
仲良く見えたのは嬉しいけど、そんな深い仲じゃないから。
こっちから声を掛けない限りは近付いてこないし、遊びだって割り切っているよ」
なるほど、お姉さま方もチャラお君だってのはわかっているってことか。
……やっぱり、グレンにお婿さん候補紹介してもらおうなんてチラッとでも考えたのは間違いだよね。
「珍しいところに連れて行ってあげるからさ」
畳み掛けるように言われた。
「いかがわしい、ところじゃございませんよね? 」
何かを感じ取ったかのようにケイトがすかさず訊く。
もう、ケイトってば。
気を利かせてくれたつもりなんだろうけど、こういう聞き方したら場所によっては断れるけど、場所によっては行かなくちゃならなくなるじゃない。
「とんでもない。
そんなところにお嬢さんを連れて行ったりしたら、会長から大目玉だからね。
もっと健全なところだよ」
……仕方がない、付き合うか。
お父さまを引き合いに出してくるってことは、程ほどのところだよね。
「じゃぁ、ケイトも一緒ならいいわ」
諦めてその提案を受け入れると、あたしはお茶を飲み干した。




