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「これは? なんでしょう? 」
おわんの中に浮いたお豆腐を前に王女様が首を傾げた。
「お豆腐って言うの。
豆乳、えっと、豆の絞り汁を固めたものよ」
そうだよね、お豆腐なんて見たことなくて当たり前。この国にはないんだもん。
あたしだってどうしても食べたくて、お父さまににがりを取り寄せてもらって自分で作る目にあった。
レトルトやカップ麺のように特別な機械がなくても作れたのが幸い。
もっとも、にがりの投入量とかタイミングとか豆乳の温度とか誰も教えてくれる人なんていないから出来上がるまでには散々試行錯誤だったんだけどね。
「その、美味しいんですけど、何か一味足りないと言うか? 」
お味噌汁を一口飲んで、王女さまは顔を曇らせ首を傾げる。
あたしにしてみたら、上出来なんだけど。
確かにバターやラード、生クリームなんかに慣れた人の口にはあっさりしすぎなんだよね。
ケネスもいつもコクが足りないって言う。
だけど、レイモンドはこのくらいあっさりの方が好きみたいだったから、今日はそれで作ってみたんだけど、やっぱり王女様の舌にも不足だったか。
レイモンドが王女様の料理にダメだしを続けた理由がわかった。
根本的な味の好みが全く違うんだよね。
じゃぁ……
少しがっかりしながらも、あたしは別のお椀二つにに新しいお味噌汁を入れると、片方にはバターをひとかけ、片方にはケチャップをひと垂らしして、王女様に差し出した。
「これなら、いかがですか? 」
「美味しい! 特にこっちのバターの方がわたくしの好みですわ」
王女様の顔がぱっと明るくなる。
やっぱりこってり派の舌なんだよね。
「こんな感じでアレンジが可能なの。
……そうだ、ケイト。
わたしのお部屋から、あのノートを持ってきて」
「お嬢様! あれは」
ケイトが顔を顰める。
確かにケイトにしてみたら解せないよね。
あれ、この国じゃ禁忌みたいになっているレシピ本だもの。
「いいから、早くね」
「かしこまりました」
しぶしぶといった感じでケイトは言いつけたノートを持ってきた。
「ありがと、ケイト」
持ってきてもらったノートを王女様の前に差し出す。
「どうぞ、これをお持ちになって。
レイモンド殿下のお好きな、とある国のお料理のレシピ集をわたしが翻訳したものなの。
わたしが殿下に出したお料理の基本はほとんど載っていますわ。
アレンジは思いつきでやってしまうこともあるので、メモも残っていませんけど。
こちらで使われている調味料とその国の食器も独特な食材も、スタリナール商会で扱っていますわ」
お醤油とか、お味噌とかごま油とかこの国じゃ、一般的に出回っていないものもあるから、そこまでフォローしておけば間違いないでしょう。
「あと、王女様も経験なさったと思いますけど、この国でレシピの文書化もそれを拡散することも忌まれていますの。
できるだけ早くご自分の手で書き写すか、習得なさって、このノートは廃棄することをお勧めしますわ」
一応筆跡は変えて書き移したつもりだけど、このノートからあたしが王女さまにレシピを教えたことか、王女様が誰かのレシピを参考にお料理を作ったことなんかが知れたら大問題になる。
だから、あたしができることはここまで。
本当はエリー達みたいに会うたびに少しづつ情報を流すのが一番いいんだけど、王女様って言う身分上それは無理だし不自然。
「いいの、かしら? 」
さすがにこの王女さまでもレシピの貴重さはよくわかっているみたいで、差し出されたノートに手を伸ばさずに躊躇っている。
「もちろん。
そのためにご用意しましたのよ。
ご遠慮なく、お持ちになって? 」
あたしは笑顔を浮べた。
ついでに、ノートの末尾にはレイモンドの好きな味の傾向からお料理までここ十年で手に入れた情報全部書いておいた。
「お時間、まだ大丈夫? 」
あとはゆっくりお茶でもしながら雑談の途中で書き入れなかった細かいエピソードでも喋ろうかな?
なんて思いながら訊いてみる。
「えっと、大変!
今日は午後に、国からお目付け役が監視にきますの」
少し慌てたように王女様は立ち上がる。
「では、おおくりしますわ。
ケイト馬車の用意をして」
業者の荷馬車に乗っけてきてもらったってことは、帰りどうするつもりだったんだろう?
この辺り辻馬車捕まらないのに。
送っていくしかないよね。
「馬車の準備ができるまで、少しお待ちになっていて」
お茶を入れて王女様に差し出して、あたしも着替えに自室に戻った。




