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「……さま、お嬢様。おきてください」
枕もとで囁かれるケイトの声にあたしは薄らと目を開ける。
何時の間にかカーテンが開けられて部屋の中はすっかり明るくなっていた。
「ん~、ケイト。
今何時? 」
「七時少し回ったところです」
いつもならもう起きてキッチンに立っている時間なんかけど、さすがに昨夜遅かったせいか、目が開かない。
「お願ぁい、もう少しぃ、寝かせて」
うめくように言って、あたしは日差しを遮ろうと毛布に潜ろうとした。
「そうさせてあげたいのは山々なんですけど、お客様なんですよ」
ケイトは容赦なくあたしの毛布をひっぺがした。
「誰よぉ? そんな非常識な人」
引っぺがされた毛布を取り返し、もう一度それに潜りなおしながら訊く。
「王女様、ですよ。例の」
「うそぉ」
そのひと言に眠気が一瞬で吹き飛びあたしは飛び起きる。
「嘘じゃ、ありませんよ。
今、応接室でお待ちいただいていますけど、お引取りになっていただきましょうか? 」
困惑したような呆れたような面白がっているようないろんな感情がない交ぜになった口調でケイトが言った。
火急の理由がない限り人様のお家を訪問するのは午後から事前に予約を取って、って言うのがこの世界の貴族社会のルールだから、七時なんていう時間にお約束もなくって言うのは普通ならありえないんだけど。
相手は王女様、常識を知らないのか、何をしても許される身分だってわかってやってる確信犯か、はたまたその身分ゆえの理由で今しか外出できなかったのかとにかく何らかの事情があるんだろう。
相手が相手だけに追い返すこともできず、あたしはベッドを下りた。
「勘弁してよね」
ぶつなりながら着替えを手早く済ませ髪を整えると、応接間に向かった。
「お待たせしてごめんなさい」
軽くドアをノックして声を掛けると、背中を向けてソファに座っていた人影が優雅な身のこなしで立ち上がった。
「おはよう、いい朝ね。
朝早くごめんなさいね?
丁度、お城に荷物を運び込んでいた馬車がこちらのお邸にも寄っていくって聞いたから乗せてきてもらったの」
小首を傾げて挨拶される。
「えっと、今日は、一人? 」
もっさい茶髪の中流家庭娘風の少女が一人、先日連れていた着飾ってお姫様然とした付き添いの美少女の姿は見当たらない。
この子、王女様なのに莫迦なんだか警戒心が全くないんだか。
いくら変装しているからって、お供もつけないで王都からこんなところまで一人で出向いてくるなんて、どういう神経してるのよ?
「ええ、この姿の方が自由に動けるけど、護衛や付き添いなんかがついていたら不自然でしょう? 」
確かにそうかも知れないけど、そう言う問題じゃないでしょ。
「ご歓談中、失礼します。
お嬢様……
朝食、いかがいたしましょう? 」」
ケイトが遠慮がちに入ってくると、わたしの耳もとに顔を寄せ囁く。
そうよね。
こんな状況だもん、あたしとケイトは我慢できるかも知れないけど、お客様に食事を出さないのは失礼か。
とは言っても、済ませてきているかも知れないし、判断が難しいな。
「お食事はお済なのかしら?
よろしければ、暫くお待ちいただくことにはなるけど、ご一緒にいかが? 」
とりあえず言ってみる。
「よろしいの? 」
あたしの言葉に王女様、目を輝かせて弾むように訊きかえしてくる。
「嬉しいわ、レイモンド様がよくお褒めになるお料理をわたくしも一度いただいてみたかったの! 」
はい、けってーね。
さて、献立はなんにしよう。
考えながら立ち上がる。
「大したおもてなしはできませんけど。
少しお待ちになってくださいね。
食べられないものはおありになって? 」
「いいえ、基本的なものは何でも美味しくいただきますわ。
それより、失礼だとは思うのですけど、お料理なさっているところ、拝見してよろしいかしら? 」
「え? ええ…… 」
あたしは戸惑いながら頷いた。
お料理しているところは手順や材料がバレちゃうから普通は秘密で、お母さまだって娘のあたしを自分のキッチンにいれてくれない。
やっぱりこの子かなり勉強熱心だよね。
えっと、王女様はレイモンドに食べてもらう食事を作りたいんだから、その参考になるものがいいよね。
そしたら、やっぱり和食かな?
レイモンドが好きなのはお豆腐と白身のお魚、それから脂身の少ない鶏肉、あとは茸類……
味付けはお味噌とおだしが基本だから。
「お嬢様、お米は先ほど研いで浸水させてあります」
頭の中で材料を組み合わせて献立を考えているとすかさずケイトが言う。
「ありがと」
さすが、ケイト。
ご飯の土鍋に火を入れて……
じゃぁ、あとは……
あたしは食品棚と冷蔵庫をあさる。
あたしが前世の記憶を思い出した時には存在さえなかった冷蔵庫、機能的には前世のものより大分劣る氷冷却式だけど、とりあえず商品化されたので、我儘言って入れてもらった。
良かった、昨日作ったお豆腐がまだ残っている。
じゃ、お豆腐とワカメのお味噌汁と、白身魚を塩麹で焼いて、鶏肉と茸のさっと茹でたのを柚子胡椒であえる。
あとは…… つくり置きしてあったごぼうの金平。
香の物はうりのぬか漬け。
お茶はほうじ茶。
少し手抜きだけど、手元にある材料だと、そんなところかな?
レイモンドに日常食べてもらうもののサンプルじゃ、あんまり凝ったものや常時手に入れることが難しい食材は論外だし。
同じ和食でも、ケネスはから揚げとか牛丼とかどちらかというとがっつりした物が好きなんだけど、レイモンドは正当派のあっさりしたものの方が好みなんだよね。
お魚の切り身に塩麹を塗って、鶏肉を茹でる用とお味噌汁用にふた鍋お湯をかける。
最初はさ、ゲっ竈って思ったんだけど、火の管理はあたしの行動を読んですかさずケイトとモリーがやってくれるから、思ったほど大変じゃなかった。
食材を切り分けてお鍋に入れて、お魚を焼く。
鶏肉と茸に火が通ったら、ざるにあげてお湯を切って調味料あれやこれやを混ぜる。
ぬか漬けを出して洗って切って、小皿に盛り付け。
お味噌をワカメのお鍋に溶きいれて、お豆腐を投入。
で、もって完成!
「お待たせしました。
こちらへどうぞ」
キッチンの片隅のダイニングテーブルにあたしは食事を並べて王女様を誘った。
「殿下のお好きなもので作ってみましたの。
いかがかしら? 」
お箸の隣に念のためスプーンとナイフフォークを沿えて出す。
「……いただきます」
見慣れないお料理に少しびっくりしたようで、王女さまはおずおずとフォークを手に持った。
あたしも続いて箸を取る。
「きれい、不思議なスープ皿ね? 」
朱塗りに金蒔絵のおわんを目に王女様が呟く。
「おわんって言うの。
このお味噌のスープ専用の器よ。
スプーンを使わないで、そのままカップと同じように口をつけて飲んで」
あたしは簡単に説明する。
お父さまに無理にお願いしてお味噌の国から取り寄せてもらったもの。
イメージが上手く伝わらなくて、苦労した。
本当は、少し武骨な木地に透明な漆を塗った茶色のが良かったんだけど、朱塗りに金蒔絵の豪華絢爛な物が来た。
だけど、これがケイトやお父さまだけじゃなく、お母さまにまで大好評だった。




