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「とんでもない。
楽しかったですよ、ではまた」
いつものあの笑顔とは少し違う笑みを浮べて、ケネスは会場の人込みの中に消えていった。
ふわぁあああ。
ほんっとに心臓に悪い。
よりによって瑠璃さんのお目当てがケネスだなんて、思いもよらなかった。
知っていたら絶対の絶対の絶対に、引き受けなかったんだけど。
「じゃ、帰ろうか? 」
思わずおおきな溜息をこぼしてしまったあたしの顔を見て晶さんが言う。
「でも、まだ来たばかりじゃ? 」
あたしは戸惑った。
あんまり早く帰るんじゃ、何しに来たのかわからない。
晶さん、まだ誰とも一曲も踊っていないし、誰かと会話を愉しんでいた様子もないのに。
「いいんですよ。
妹の目的はその招待状ですから。
きちんともらってくれたし。
それに、君付きのメイドさんあまり待たせておくわけにいかないでしょう? 」
そうだった。
すっかり忘れていたけど、ケイトをおばあ様のところに待たせっぱなしだった。
「いっけない! じゃぁ、送ってくださる? 」
とにかく急いで帰らなくちゃ。
デビュタント前にお父さまにも内緒で舞踏会に来たなんてばれたら大目玉だ。
あたしは振袖の袖を翻すと出口へ向かう。
思い出したら気が急いた。
着付けの時間やここへ来るまでの時間を合わせると、ダンスをしていた時間を抜きにしてもかなり経っているはず。
あんまりケイトを待たせたら絶対怪しまれる。
「ロレッタ嬢? 」
公会堂の階段を下りようとしたところですれ違った背の高い人影に突然呼び止められ腕を掴まれた。
誰よ?
うっかり顔をあげそうになり、あたしは慌てて俯く。
この声グレンだ。
なんだってケネスとジョシュアさんだけじゃなくてグレンまでこんなところにいんのよ。
額から首筋から脇からどっと汗が噴出しそうになる。
「僕の妹に何か? 」
すかさず後を付いて来ていた晶さんが声を掛けて、男の腕を掴みあたしから引き離してくれる。
「失礼。
その独特な髪の色が知人のお嬢さんに似ていたもので」
グレンは慌てて頭を下げた。
良かった、あたしだって気がついてたわけじゃないんだ。
内心でほっと息をつく。
「もうお帰りですか? 」
それでも、あたし達の様子にグレンは首を傾げて訊いてくる。
そりゃ舞踏会始まったばかりなのに早々退出じゃ、何の為に来たのかわからないもんね。
「ええ、妹が人ごみに酔ったみたいで気分を悪くしましてね。
歩けなくなる前に一度帰ろうかと」
「それは…… 引き止めたりして申し訳ない。
お大事に」
グレンは軽く頭を下げると会場の中へ消えていった。
ほんっとにもう、どうなってんのよぉ。
今の晶さんがいなかったら絶対バレてたわ。
とにかく、これ以上誰かに会わないように、急いで帰ろう。
あたしは玄関先に並んだ乗って来た馬車を探した。
「じゃ、これ。お渡ししておきます。
……これ、なんなんですか? 」
揺れる馬車の中で、さっきもらった封筒を差し出してあたしは訊く。
招待状だって、さっきケネスは言っていたけど。
家紋とは違う鳥のような意匠がエンボスされた封蝋の真白な封筒は一見確かに招待状の体裁は整っている。
だけど、こんな状態で直接渡された招待状なんて聞いたことがない。
「みての通りの招待状だよ。
次の集会へのね」
「集会? 」
「そう。
一応見かけは中流階級の人間が集まったお遊びの仮面舞踏会って形をとっているけどね。
実はここだけの話、ある計画の準備集会なんだ。
さっきはまだ舞踏会だったけど、もう少し夜が更けたら演説や議論が始まる。
その招待状はね、集会に来てもらう人を集める為のもの。
人を選んで配っているんだ。
見目のいい女の子が集まれば男は自然と寄ってくるし、何より舞踏会って形をとっているのに男ばかりが集まったんじゃ、不自然だろう?
だから口の堅そうな、あんまり高貴すぎない見た目のいい女の子達に配布しているものなんだよ。
ここに直接こないと次に何時手にできるかわからないんだ」
「だから、瑠璃さんこんなにこだわったの? 」
「そう、はじめは偶然街中で知り合った男からもらったんだけどね。
好奇心も手伝って潜り込んだ先で、妹は自分の理想の王子様を見つけてしまったようなんだ」
晶さんは苦笑している。
「優しいんですね」
あたしはその様子に目を細めた。
いいなぁ、こんな優しいお兄さん。
「いや、僕は瑠璃に負い目があるんだ」
あたしの言葉に晶さんは表情を崩し唇を噛み締めると視線を落とした。
なにか言っちゃいけない言葉を言っちゃったのかな?
気まずい空気が馬車の中に広がる。
だけど、その空気に耐え切れなくなる前に馬車が止った。
「さ、着いたようだよ。
急いで着替えて」
おばあ様の家の玄関で止った馬車のドアを開けると下りるのに手を貸してくれながら晶さんが言う。
その顔からはさっきの辛そうな表情はさっぱり消えていた。
「あと、最後にひとつ。
わたしをこんなことに引っ張りだしてしまってよろしいの?
お父さまに言いつけるかも知れなくてよ? 」
何の準備集会なのかはわからないけど、中流階級やその下の階級が集まっての会合ってことは、貴族にとっては聞き捨てならないことなんじゃないだろうか?
この人も瑠璃さんも、一応貴族の娘のあたしの口からその話が上に伝わるって考えなかったのかな?
「君はそんなことしないと思うよ。
親に簡単に口を開くような子じゃ、そもそもあんな時間からの急な呼び出しに応じないでしょう? 」
確かに。
もしお父さまにこのこと言ったら、自分がとんでもない場所へ出入りしていたことがバレてしまう。
お説教だけならまだしも、またとうぶん外出禁止を言い渡されかねない。
つまり、瑠璃さんはそこまで計算してたってことか。
あざとい。
よくそんなところにまで知恵が回るな。
あたしは軽く呆れた。




