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「ごめんね、妹が妙なことを頼んで」
会場のエントランスで馬車を降りると晶さんが言う。
舞踏会だって言うからてっきり何処かの貴族のお邸かと思ったら、ここって公会堂だよね。
そっか、仮面舞踏会で半分無礼講って事は、貴族主催の舞踏会じゃなくって中流階級の若い人中心の催し物って事なんだ。
瑠璃さん、他人がきても潜り込みやすいの把握済みだったってことだ。
「いいえ、全然。
なんだか面白そうだし。
わたしの方は構わないけど、本当に大丈夫なのかしら? 」
用意してもらった仮面をつけながらあたしは訊く。
仮面をつけたところで、この着物むちゃんこ目立っているから、髪の色とあわせても誰なのかひとわかりになりそうだけど。
傍らを行き来する人の痛いほどの視線でそう思う。
どっちにしても今日は顔が違うから仮面は必要不可欠だけど。
「少なくとも本人はそう思っているみたいだけどね。
妹と君の髪の色、同じだし。
ここでも珍しいんだってね、この髪色」
「そう聞いてますわ」
「この印象的な髪色、同じでもスタリナール家のロレッタ嬢はデビュタント前でこういった席には絶対顔を出さないから、ばれる心配はないって踏んでたみたいだ」
そこまでリサーチ済みだったんだ。
「それで?
肝心のお相手は? 」
足を踏み入れたホールであたしは目を凝らした。
金髪碧眼って一口に言っても色味が微妙に違うし、全部ひっくるめるとここじゃ割とポピュラーな色なんだよね。
手っ取り早く済ませて帰らないと、ケイトがおばあ様の邸の使用人室で痺れを切らして待っている。
「晶! それから瑠璃嬢、よく来てくれたね。
ようこそ」
突然掛かった声にあたしは手を前に合わせぺこりと頭を下げる。
いつもならドレスのスカートを軽くあげ腰を降ろすんだけど、着物だし、こっちのほうが自然だよね。
この声、知っているような気がするんだけど?
「お招き、ありがとう」
「瑠璃、主催者のゴードンさんにご挨拶して」
促されてあたしはもう一度頭を下げた。
ゴードンさん、ってもしかしてジョシュア・ゴードン?
どうりで何処かで訊いたことのある声だ。
「愉しんでいってくれ」
それだけ言うとジョシュアさんは次の人に挨拶に行ってしまう。
良かった。
多分あたしのこと気がついていないよね?
「来た。
彼だよ、例の…… 」
ジョシュアさんの後ろ姿を見送っていると、晶さんが耳もとでこそっと囁いた。
「晶さん、今日も来てたんだ」
目の前に立ったすらりとした体躯の若い男が声を掛けてくる。
やっぱり何処かで聞いたことのある声。
「妹がどうしてもあなたとダンスをしたいってきかなくって。
ご迷惑でなければ、一曲お願いできないでしょうか? 」
晶さんが挨拶代わりに言う。
「それは、光栄だね。
お手をどうぞ、瑠璃嬢」
スマートにごく自然に手が差し出される。
この声と、仕草はっ……
あたしの顔からどっと脂汗が噴出した。
どうしてケネスがこんなところにいるのよぉ。
それだけでも相当ヤバイのに、よりによってこの男とダンスをしろって?
無理無理無理無理っ。
絶対ばれるわ。
と、思った時にはあたしの手はケネスの差し出した手にしっかり捕まってホールの中央に引き出されてしまっていた。
これを振りほどいて逃げるのは、さすがにマナー違反だよね?
ケネスに恥をかかせることになっちゃうし、こっちも男性に恥をかかせた娘って、噂になる。
仕方なく、あたしはもう一方の手をケネスの肩に預けた。
そりゃ、王子様みたいな訳だよ、瑠璃さん。
だって本当の王子様なんだもん。
普通ならこんな下級貴族や町の一般人の混じるパーティになんて間違っても顔を出さない身分の人だから、そう思わなくても無理はないけど。
本当なら、なんでこんなところにいるのか聞きたいところだけど、今日のあたしはロレッタだってばれるとやばいから、ここは黙っておくしかない。
それにしても、この草履。
ダンスには不向きだな。
よっぽど集中して足の指に力を入れていないとステップを踏むごとに脱げそうになる。
そもそも、ダンス用にできていないせいなんだろうけど。
などと、てこずっていると、くすっと耳もとで笑みをこぼされた。
「ごめんなさい、不調法で」
ばれるのは怖いけど、無愛想にひと言も口を開かないのはまずいので、あたしは目を合わせないように俯いたまま、わざと小さな声で言う。
「いや、可愛いなって思って。
大変でしょう? その靴でのダンスは。
なのに、一生懸命だから」
うわっ。
どーしてこういう歯の浮くようなせりふがさらっと出てくるんだろ?
思わず背筋がぞくっとしたわ。
「ダンス、先日より随分上達したね」
更に耳もとで囁かれる。
あたしにしてみたら、履物が違うからいつもよりもっのすごく下手なんだけど、ね。
だけど、そのおかげで助かった。
きっと瑠璃さん、今まで全く知らなかったダンスをケネスのために一生懸命覚えたんだろうな。
ほんとに、エリーといい、王女様といい。
恋する女の子は健気だなぁ。
「これは? いい香りだね」
踊りながら、ケネスがあたしの耳もとに顔を近づける。
うそだぁ。
ケネス、あたしが相手だったら、この後例の怖い笑顔を浮べて「でも僕は他の香りの方が好きなんだよね」とか絶対言うんだよね。
そのダメ出しがないってことは、もしかして相当気に入っている?
「ありがとう。
国の…… 」
妙な事は口走れないから、わざと聞えないようにむにゃむにゃ言っておく。
いつもなら割とあっさり終わる一曲が、今日はやけに長く感じられた。
「今日はありがとう、また踊ってくれるかな」
曲が終わり、ほぼ拷問のような時間がようやく終わると、ケネスが訊いてくる。
「……ありがとう、ございます。
すごく、嬉しいです。
次を、楽しみにしています」
とにかくあたしは大げさに頷くと、振袖の袖を翻して晶さんの所へ駆け寄った。
「気が済んだ? 」
あたしが駆け寄ると直ぐに、晶さんは言ってくれる。
とにかく。何時ばれるかと思うと、心臓に悪いって言うのに、何故かケネスがあたしの後を追ってくる。
「はい、これ。
次の招待状」
側に控えていた別の男性から一通の書状を受け取ると、あたしに差し出した。
「ありがとう、ございます」
できるだけ晶さんの影に隠れるようにして、小さく言うとそれを受け取る。
「すみません、妹はこういう場所になかなか馴れてくれなくて。
何か失礼な事はありませんでしたか? 」
あたしを背後に隠れさせたまま晶さんはケネスに笑顔を向けた。




