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「それで、お願いって、なんですの」
個室に使っていると思われる客間に通されるとわたしは首を傾げた。
「あ、そうそう、これなんですけど…… 」
瑠璃さんはチェストの上に置かれていた一通の招待状を取り上げた。
「実は、ね。
仮面舞踏会の招待状をいただいたんだけど、おばあ様の手配してくださったオペレッタと今夜重なってしまったの。
それでね、ロレッタ様にわたしの代わりに舞踏会へ顔を出して欲しいんだけど」
「代わりにって、どういうこと? 」
「言ったとおりよ。
行き先が二つできてしまったから、協力して欲しいのよ」
「だったら、どちらかひとつを諦めればよいのでは?
それとも梯子するとか」
夜会や観劇が重なったときお父さまもよくやっている手だってきいている。
一度夜会に顔を出し、その場所で暫く過した後、別の会場に移動する。
よくあることだ。
とりあえずあたしは提案してみる。
「それがそうもいかないのよ。
オペレッタは以前からおばあ様におねだりしていたのがやっとチケットが取れたの。
観劇に行かないなんていったら、おばあ様気を悪くなさるわ」
「でしたら、舞踏会の方をお断りなさったら? 」
「それが問題なの。
あのね、会場に来ているとある方とダンスをして、次のお約束を取り付けてきて欲しいのよ」
「それこそご自分でいかれた方がよくなくて?
お相手の方、瑠璃さんだからお約束なさったんでしょう? 」
「そうなんだけど、仕方がないでしょう?
こっちから申し込んでお約束したのに、すっぽかすなんてことしたら心象が悪くなってしまうわ。
大丈夫、仮面舞踏会だからあなたとなら入れ替わってもわからないと思うのよ。
ほら、わたし達髪の色も背格好もほとんど同じだもの、着ている物が同じで仮面をつけてしまえば、照明も暗いし慣れない人には見分けがつかないわよ」
「そんな、いい加減な」
なんにしても、どんなに背格好が似ていても場馴れしていないから雰囲気で、絶対ばれる。
「ね? お願い。
ライバルの多そうな方だから他の女性より抜きん出た印象をもっていただきたいの。
あんな王子様みたいな方、この先二度とお知り合いになれないわ」
媚びるように言われたって、あたしに色仕掛けは通じないんだけどな。
「どっちにしても無理よ。
わたし、まだデビュタント前で、公式な舞踏会とか夜会とか出たことがないの。
場馴れしてないのですもの絶対にばれるわ」
あたしは必死で首を横にすふる。
「場馴れしていないのはお互い様よ。
そもそも、わたしの国には夜会なんて社交の場ないもの、こちらの国に来て初めて出席したのよ」
「そう、言われても……
え?
舞踏会の招待状が来るって事は瑠璃さん、わたしより年上なの? 」
背格好はともかく、顔付きが幼いし、お父さまの弟さんの娘だって言うからてっきりロレッタより年下だと思っていたのに。
それとも、異国からのお客様だから特別なのかな?
「そうよ、年下だと思った? 」
瑠璃さんはくすりと笑みをこぼす。
よかった。
うっかり失礼なこと口走ってしまったけど、気は悪くしていないみたい。
「だから、いいんじゃない。
珍しい髪色だから、もしかしてって疑う人がいてもあなたなら顔を知られていないから誤魔化せるでしょう?
とにかく、時間がないの。
急いで! 」
瑠璃さんはあたしの返事なんて聞かないで、着替えを取り出す。
「大丈夫よ。
お兄様がエスコートして下さるから。
無礼講の仮面舞踏会だし、お兄様の側を離れないで頷いていれば平気だと思うわ」
この子、人にこんな重大なこと押し付けておいて全く動じる気配がない。
「さ、早く着替えて」
取り出した衣裳をふわりと広げた。
ふわぁ、振袖だぁ……
前世で従姉のおねえちゃんが成人式の時に着たのをみて、一度着てみたいと思ったんだよね。
結局、成人式前にあたし昇天しちゃったから、着られなかったんだけど。
お着物、自体はお父さまが取寄せてくれたものの中にあったから持ってはいるんだけど、情けないことに前世じゃ着たことなかったから、正式な着方は全くわからないんだよね。
多分着付けに必要な小物も足りないし。
そんな訳で、しまいっぱなしになっていた。
まさか、ここで着られるとは思わなかった。
それに、なんだろ?
いい香り。
着物を広げると、甘く華やかだけど落ち着いた何処かエキゾチックな香りがほのかに漂う。
「あら、気がついて? 」
あたしが鼻をひくつかせると瑠璃さんがそれに気がついたように訊いてくる。
「さすがに舌が確かな方は鼻もきくのね。
虫除けも兼ねてお香が炊き込めてあるの」
「そう、でしたのね。
素敵な香り」
お料理の時に邪魔になるから、ロレッタは基本香水の類は使わない。
だから、こういう華やかな香り憧れるんだよね。
……けど。
「ちょっと、なんなの、この腰っ! 」
あたしに着付けをはじめた瑠璃さんが悲鳴に似た声を上げた。
「細っそ。
何か巻かないと、こんなにくびれてちゃ、直ぐに着崩れちゃうじゃない」
下着の上から長じゅばん? を羽織らせて瑠璃さんがぶつなる。
そりゃ、そうよ。
きれいにドレスを着こなすには、細いウエストは必要不可欠だもの。
このウエスト維持するのにどんなに苦労してると思っているのよ。
だけど、着物をきれいに着るには逆効果なのかな?
「ちょっと待ってて」
言い置いて瑠璃さんは部屋を出て行くと、手に布を抱えて戻って来た。
下着の上からその布を腰に巻きつけて、長じゅばんを羽織らせ紐で結んで、着物を着せて……
「ぐっ…… 」
腰に巻いた帯を引き締められた時には拷問かなんかかと思った。
コルセットいっつもきつめに締めているから、締められるのは慣れているかと思ったんだけど、感覚が全然違う。
「さ、できた」
背中で大きな蝶の形に帯を結んで、瑠璃さんは息を吐いた。
「どう? 」
「……きれい」
鏡に写った自分の姿に思わずつぶやく。
真っ赤な絹地に手毬と梅の絞り染め。
床にまで届く長い袖がとっても華やか。
似合う似合っていないは別の話なんだけどね。
「じゃ、お願いね」
軽く背中を叩いて瑠璃さんが気合を入れるように声を張り上げた。
「ちょっと、待って。
そのお相手の方って、どなた? 」
「お兄様が知っていますわ。
金髪碧眼のお美しいお顔の方よ。
絶対に次のダンスのお約束もらって来てね。
あとお話は最小限でね。
声でばれるかも知れないし、後でお話をする機会が逢った時に食い違ってはいけないから」
あたしに着物を着せ付けておいて、自分はドレスに手早く着替える。
「瑠璃、着替えは済んだかい? 」
時間を見計らったように晶さんがドアを叩いて訊いてきた。




