-6-
「いいんですか?
あんなお約束なさって」
帰りの馬車の中でケイトが心配そうに訊いてくる。
「いいでしょう?
レシピそのものや料理の技術を教える訳じゃないもの。
それに、わたしだけ、レイモンドの好みを知っているのってフェアじゃないと思うのよね? 」
そのために今まで努力してレイモンドの好き嫌いを探っていたんだから、ここで隠し立てなんかしたら本末転倒でしょ?
それにさっき思ったんだけど、そもそも、レイモンドの舌作ったのあたしみたいなものだもの。
これ、本当に選抜試験なるものがあったら絶対有利なんだけど。
それにしても一目惚れして、隣国まで乗り込んできちゃうんだ。
その上身分を偽って街中までリサーチにまで出かけるなんて、すごい行動力だよね。
どれだけレイモンドのこと好きなんだろう?
それにせっかく相手の好みを考えて作ったのに、一口とか味見もしないで後足で砂かけて、他のもの食べるって行為、あたしならブチギレます。
なのに、だから他の物作ってあげたいってのが、もう恋する乙女心だよね。
そういえば、先日エリーも同じような事言ってたな。
なんにしろ春欄満で羨ましい限りだわ。
あたしのやろうと思っていたこと、知らずに終わってるし。
……ちょっと、待って。
そういえば、あのソシャゲのシナリオだとレイモンドのお相手って確か、隣国の王女様にお仕えしていたことのある、普通の女の子だったような?
消えかけた記憶が急に頭をもたげてくる。
ただし、前職がそうだったって一行うたってあるだけで、王女様本人は登場しなかったんだけど?
王女様がモブでモブがヒロインのはずなのに、何時の間にか王女様がヒロインになっちゃってるよ。
いーのかな? これで。
何でもいいや。
既にモブキャラのはずのあたしの生死が引き合いに出された時点で、このお話、大分最初のシナリオからずれている。
今更、どれかのコースのシナリオどおりに行くわけないってことだよね。
邸に戻ると着替えを済ませ、 あたしは書き物机の引き出しにしまっておいた一冊の本を取り出した。
ついでにその下のノートを引っ張り出す。
以前お父さまがお味噌の国から調味料と一緒に取り寄せてくれた料理のレシピ本と、それを自分で翻訳したノート。
前世の記憶の日本語とは違ったから翻訳するのに随分手間が掛かった。
本当は、ケイトとモリーがお嫁に行くときに、持たせてあげようと思ったんだけど、仕方ないか。
それはもう一度翻訳しなおせばいい。
書き物机にそれを広げると、あたしはペンをとった。
「……えっと、レイモンドの好きな食材と、味付けは」
呟きながら書き付けていると、背後からノックの音が響いた。
「はい、どうぞ」
書きかけのノートを慌てて閉じてあたしは顔をあげる。
多分ケイトだと思うけど、こういう悪さしているときに限ってめったにこないお母さまが顔を出したりするんだよね。
「お嬢様、お手紙が届いているんですけど。
どなたです?
瑠璃様って」
差出人を見てケイトが首を傾げながら、その封書をあたしに渡してくれる。
「ほら、先日話したでしょう。
おばあ様のところに滞在してらした、わたしの従兄妹よ」
説明しながら封を切る。
この世界、スマホどころか固定電話さえないから、連絡事項は手紙に限られるんだよね。
中には急ぎの用事もあるから侮れない。
エキゾチックな香りがかすかに鼻先に広がる。
「何の、お話です? 」
「えっと……
支障がなければ、直ぐにおばあ様の邸に来てくれって」
「今からですか? 」
ケイトが驚いた声をあげた。
「そう。
何でも、急ぎでどうしてもお願いしたことがあるからって。
どういうことかわからないけど、とにかく行ってみるわ。
なんだか知らないけど楽しそうだし」
あたしは手紙をケイトに見せながら立ち上がった。
「お手紙の来たのが今日で、お誘いが今日なんて急すぎますわ。
今の時間からお友達の所に遊びに行くなんてだんな様には言えませんよ」
少し怒ったようにケイトが言う。
そりゃそうよね。
午前中リンガム先生の授業があって、午後から商会で会議、それから予期せぬお客様のお相手をしてから戻ったのはお茶の時間を過ぎていた。
こんな時間からお出かけなんかしたら絶対晩餐に間に合わない。
「お父さまには、おばあ様のところに行ったって言っておいてくれればいいわよ。嘘じゃないもの」
「わかりました。
では、そう伝えて馬車の用意を言いつけてきますね。
大奥様の所とはいえ、今日は付き添わせていただきますよ」
「いいわよ。
おばあ様のお家だもの、一人でも大丈夫。
ケイトは休んでて」
帽子とバックを手にとり言う。
「お嬢様、だんな様とのお約束、お忘れではないですよね」
じっとっとにらまれてドスのきいた声で言われる。
「うぅ…… 」
本当はうっとうしいから置いていきたいんだけど、お父さまにバレるとまたとうぶん外出禁止になっちゃうんだよね。
ケイトが言いつけるとは思えないけど、時間が時間だし、お父さまが帰宅した時間にケイトだけが残っていたら絶対一人で出かけたのバレちゃう。
「……じゃ、エントランスで待ってるから」
言い置いて部屋を出た。
「いらっしゃい、待っていたのよ。
正直、急だったから来てくれないんじゃないかって心配したんだけど」
おばあ様の邸のエントランスを潜ると、早々に瑠璃さんが駆け寄ってきた。
「あら、そちらの方は? 」
瑠璃さんがケイトをちらりと見る。
「えっと、わたしのお目付け役、かな?
ごめんなさい、ケイトなしじゃ家のものに馬車を出してもらえないの。
気にしないで」
「話には聞いていたけど、本当に過保護にされてるのね。
仕方ないわ。
あなた、暫く休んでいて」
溜息混じりに行って、ついで瑠璃さんはケイトに慣れた様子で言いつける。




