-5-
それから数日後。
あたしはスタリナール商会の会議室に居た。
「……いいと、思いますわ」
あたしは手にしていたコーンスープのカップを置いた。
これ、欲しかったのよね。
カップにお湯を入れるとできちゃうインスタントスープ。
前世であった便利食品、冷凍食品もレトルトも、缶詰も、チューブ調味料も本当のことを言うと全部欲しいんだけど、あたしの頭じゃ味とイメージだけは伝えられてもそれを加工する為の特別な技術や機械までは伝えられない。
冷凍庫とか加圧加熱する機械とかフリーズドライする機械とかもろもろ、んなものこの世のどこにも存在するわけもなく、イメージだけじゃそんな機械作ってくれる職人さんもいない。
それでも、なんとか粉末コンソメとか、粉末たまごとか、この世界にある加工食品の技術をなんとか色々組み合わせてようやく完成! コーンスープ。
何度も試作と試食を繰り返して味も舌触りも完璧。
忙しい朝なんか楽なんだよね。
思わず顔がにやけそうになってしまうけど、商会の役員さんの前だしひたすら我慢。
「では、お嬢様。
これで生産に入りたいと思いますが」
「後はお父さまに任せます、お疲れさまでした」
軽く頭を下げて、あたしはゆっくりと席を立つ。
味もいいし、コスパ的にも多分合格だと思うけど、採算の方はお父さまの裁量次第だからなんとも言いがたい。
早く、商品化しないかな。
出来上がるのが愉しみ。
弾む足取りでケイトの待つ階下の事務室へ急ぐ。
「お嬢様」
階段を下りはじめると、何故か階下の廊下にいたケイトに呼びかけられた。
「なぁに、ケイト。
どうかして? 」
あたしは軽く首を傾げた。
「その、お嬢様にお客様なんですが」
ケイトが困ったように眉根を寄せている。
「お客様? わたしに? 」
誰だろ?
エリーやエリカさんならケイトがこんな顔するはずはないし。
そもそも、商会の事務所にあたしを訪ねてくるなんて人、いないと思うんだけど。
「とりあえず、応接室をお借りしてお通ししておきましたけど」
そりゃ、ケイトだって困るよね。
急だったとはいえ商会の応接室借りなきゃならなかったんだもの。
「ありがとう、助かったわ」
ケイトに言ってドアを開ける。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません。
え、っとぉ? 」
ドアを開けたまま、あたしは一瞬固まる。
目の前にいたのは先日、往来で拾って王宮まで送ったもっさい女の子。
名前は確かエリサさんだったっけか?
「ごめんなさい、お約束もなく突然お尋ねして」
エリサさんとその後ろにいた人物がそろって軽く頭を下げた。
背後に控えていたのは、見るからに高価とわかる上質なドレスを着て巻き毛をたらした華やかな髪型をした同じ年くらいの女の子。
先日お見舞いに来てくれたエリーの話から想像するに、多分隣国の王女様だよね?
そりゃ、ケイトだって困るよね。
応接室に通していいのか、待たせていいのか、会議中のあたしを呼び出して会議を中断させるべきなのか、絶対絶対迷ったと思う。
……それにしても、きれいな女の子だな。
髪や瞳の色は明るい茶色でありきたりなんだけど、肌白っ、睫長っ、目おっきい。小ぶりの鼻筋が通ってふっくらしたほっぺはばら色で、とにかくもう文句のつけようのない美人さん。
あたしとは雲泥の差。
こんな美人さん眼中にないなんてレイモンド、どんな美的感覚してるのよ?
などと突っ込みたくなってしまう。
ただ、不思議なことに王女様とお付きのメイドさんと思われるエリサさんの立ち位置が違うんですけど?
「失礼ですけど、ロレッタ・スタリナール様ですよね? 」
「ええ、そうですけど」
王女様があたしにいったい何の御用があるのか、思い当たる節が全くなくてあたしは戸惑う。
「先日は、王宮まで送っていただいて、助かりました。
お礼を言いますわ」
エリサさんが小首をかしげて言う。
「いえいえ、ついでだったんですもの。
お気になさらないで」
その仕草に違和感を憶えながらあたしは首を横に振った。
「改めて、ご挨拶します。
わたくし、隣国リーエンハルトの第一王女、エリサ・フローレンス・リーエンハルトと申します」
「あ、はいっ。
ロレッタ・ポーリーヌ・スタリナールです」
目の前の少女に胸を張って言われ、あたしも慌てて名乗り返したのだけど。
あれ?
王女さまとエリサさんの立ち位置が違う?
いや、でも名乗ったのはエリサさんの方で。
「王女様、ロレッタ様が混乱なさってますけど」
後ろのいかにも王女様らしいいでたちの美少女が言う。
「ああ、ごめんなさい。
訳あって、入れ替わっていますの。
その、わたくしの身分じゃ、簡単にお城の外に出られないので。
せっかくこの国のお料理を勉強に来ているのに、王宮の中で出された物だけを食べていたのでは勉強にならないでしょう? 」
それにしたって、同じような顔付きの女の子を替え玉に据えるんじゃともかく、なんだってこんな目立つ目鼻立ちの子に身代わりをさせておくんだろう?
あたしは美少女と平凡顔少女の顔を変わるがわるみて軽く頭を捻る。
「この方が都合がいいのよ」
あたしの疑問を察したかのように少女は言う。
「王女が美人なら、そっちにばかり目が行くからお付きが一人くらい消えたって誰も気にしないわ。
知らない国で口の堅い都合のつくメイドをもう一人臨時で手配するなんて不可能だもの」
穏かに笑みを浮べて、説明してくれる。
確かに、そうなんだけど。
いいのかな? もし街中で王女様の身分がばれてなにかあったら外交問題になるんだけど?
それに、本物に入れ替わる時はどーすんだ?
美少女の顔の印象が強烈過ぎる故に、王女の顔が突然変わったらそれこそ大騒ぎになると、思うんだけど?
一抹の不安を抱えながらあたしは頷く。
この子、昔のちびっこロレッタと一緒で勉強熱心だけど、何処か抜けているみたい。
「それで、今日はお願いがあって、お訪ねしたんです」
「え?、はい。
わたしにお手伝いできることでしたら? 」
反射的に答えてしまった。
「よかった、お断りされるんじゃないかって、心配してましたの。
ここの国の方、お料理のレシピのことになると何故か口が堅くなってしまって。
実はね、あなたにお料理を教えていただきたいの! 」
「それは、ちょっと、まずいかな? 」
あたしはもごもごと口の中で言う。
王女さまきっと知らないんだよね。
この国でレシピがどんなに貴重なものか。
本当なら二つ返事で「よろこんで」って言いたいんだけど。
一応表向き、レシピは公開できないことになっているからなぁ。
どうしよう。
「ダメ、ですか? 」
王女さまが目を潤ませて小首を傾げる。
「わたくし、この国に嫁げることに決まって、一目惚れだったレイモンド様に言われて、この国の慣わしどうり、キッチンに立とうと思いましたの。
それで、お料理を徹底して習って、この国に来てからは街のお料理を食べ歩いて、できるだけこの国の味を覚えましたの。
なのに、レイモンド様、とにかく、毎日ロレッタの方が美味しいとかロレッタの方が上手だとか、何でもロレッタ、ロレッタって仰いますの」
王女さまは一気にそこまで喋ると息をつく。
そっか、一目惚れだったのか、レイモンドに……
問題はそこじゃないよね。
「挙句、わたくしが作ったものには見向きもせず、お茶漬けとか言う調味料をかけたご飯を召し上がっていましたのよ。
もうどうしていいのかわからなくて」
王女さまは更に続ける。
ちょっと待った。
レイモンド、それは一番やっちゃいけないことでしょう?
そこまでやったら、最低。
作ってくれた人に失礼ってものだ。
今すぐ抗議に行きたいけど、まずいよね。
レイモンドと顔を合わすのは。
でも、それに関してはあたしにも少なからず責任がある心当たりが。
「ですからどうしてもあなたに教えていただきたくて」
どうしよう、教えてあげたいのは山々なんだけど。
そんなことお母さまの耳にでももし入ったら大騒ぎになりそう。
好き嫌いとか、食の好みだったらいくらでも教えてあげるんだけど、レシピそのものは、ね。
さすがにヤバイ。
そっくり同じ物を二人の人間が作っただけで「どっちが盗作した?」って騒ぎになるお国柄だもん。
「えっと……
自分のお料理のレシピを他人に教えるのはこの国ではできませんの。
だから、ごめんなさいね」
あたしはとりあえず頭を下げる。
「その代わり、レイモンド殿下の味の好みとか、好きな食材なら、お教えできるんですけど。
それでは不足かしら?
子供の頃から何度も御食事をご一緒しているので、そのくらいならわかりましてよ」
とりあえず提案してみる。
「いいんですか? 」
王女さまは目を輝かせた。
あたしは大きく頷く。
「ただ、ここでは長い時間お話もできませんし設備もありませんから。
失礼かと思いますけど、一度ゆっくりお話できるように、わたしの自宅にいらっしゃいませんか? 」
とりあえず誘ってみる。
本当はあたしが王宮に出向くのが筋なんだけど、ライバルになる王女さまと懇意にしているところ、お城の人に見られたら都合が悪いし。
何よりケネスや、レイモンドに見つかったら話どころじゃなくなっちゃう。
「ありがとう、助かります。
では、後日。都合のつく日を見繕って連絡しますわ」
そう言って王女さまは帰っていった。




