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「残念だけど、それは無理ね」
ついで視線を落として呟く。
「ダメ? おばあ様にもそう言ったお知りあいはいらっしゃらないの? 」
「いいえ、沢山いらっしゃいますよ。
でもお相手があなたではね……
ケネス殿下はお嫌いなの? 」
視線を落として溜息混じりに訊かれた。
「嫌いじゃないわ、だけど殿下じゃダメなの。
ただ、嫌いじゃないってだけだし…… 」
「それ、ヘルナンに言った?
さぞがっかりしていたでしょう? 」
少し面白がるように笑みをこぼす。
「あなたがそう言うなら、本当はどなたか殿方を紹介してあげたいのだけど、あなたは幼少の時から既に殿下と婚約しているようなものですもの。その殿下を差し置いてというのはなかなか難しいわ」
はぁぁ、ダメか。
その答えに突っ伏して大きなため息をつきたい気分に襲われた。
「殿下の方から婚約破棄を言い渡された時にはまたいらっしゃい」
協力する気はあるとの意思表示のようにおばあ様は言う。
その声にかぶさって奥の方からパタパタと軽やかな足音が近付いてくるのが聞えた。
「お兄様、早くいらして! 」
同時に華やかな女の子の声がしたと思ったら、突然ドアが開いた。
「あ、ごめんなさい、おばあさま。
お客様だったのね」
一瞬あたしと目があった、あたしと同じ年頃の少女は顔を真っ赤に染めて慌ててドアの向こうに引っ込んだ。
誰だろう?
あたし、ロレッタと同じ髪の色をしてた。
確かケイトがあたしの髪色はスタリナール家独特のものだとか何とか言っていた。ということは親戚の誰か?
でも女の子でこの髪色をしているのはわたしだけだって……
「おばあさま、今の、は? 」
「あなたの、従姉妹になるのかしらね? 」
おばあ様は曖昧に答える。
「従兄妹? わたしの? 」
そんな話今まで一度もきいたことなかった。
年に一度の親族の集まりでも見かけたことないし、お父さまに兄弟がいたのも知らなかった。
「いいわよ、入ってらっしゃい」
ドアの向こうにおばあ様が声を掛けるとそっとドアが開いて一組の男女が入ってきた。
「瑠璃さんていうの。あなたのお父さまの弟のお嬢さんよ。
そっちは、瑠璃さんのお兄様で晶さん。
この子はね、わたくしの長男の一人娘のレディ・ロレッタ・ポーリーヌ。
仲良くしてあげてね」
小首を傾げておばあ様が言うと二人は軽く頭を下げた。
「そんなところに突っ立っていないでこっちへいらっしゃい」
言われるままにあたしの正面に座った女の子は紫がかった黒い髪に青紫の瞳をしていた。
ただあたしの巻き毛と違う癖のない真っ直ぐな髪に彫りの浅い顔付き。
ふわぁ、この子ハーフだ。
それも日本人に近い人種との。
ということは、お父さまの兄弟って異国の人と結婚したって事だよね。
お兄さんの方は吸い込まれるような黒曜石の瞳に漆黒の髪でハーフの要素は全くない。
不思議な兄弟。
それにしてもお父さま、どうして兄弟がいたことあたしに内緒にしていたんだろう?
結婚したのがこっちでないとすれば、距離がありすぎて音信普通になるのはわかるんだけど、その存在まで隠す必要はないと思うんだけど。
加えておばあさまも。ロレッタの従兄妹がはるばる異国からきたんだとしたら、教えてくれてもよさそうなものだよね?
「相当驚いたみたいね、ロレッタ」
声をかけられ無作法にも体面相手を前に何も言えなくなっていた自分に気がつく。
「ええ、お父さまひと言も話して下さらなかったんですもの」
あたしはわざと小首を傾げた。
「きっと、話にくかったんだと思いますよ。
そうそう、さっきあなたが言っていたコサージュ作ったのはこの子なの。
きれいなお花だったでしょう? 」
そう言った後、おばあ様は徐に話題を変えた。
何か話しにくい事なのかな? この話は、また機会があったらお父さまに訊くほうがいいよね、きっと。
「ええ、細かい不思議な細工でびっくりしてしまいましたわ」
「ね、手先が器用なの。
わたくしも驚いたのよ」
おばあ様が目を細めて瑠璃さんを見る。
「いえ、そんな。
ロレッタ様の方がすごいってお聞きしています。
ご幼少の時から口になさったお料理をレシピナシで再現してしまう舌をお持ちだって」
「わたくしの特技はそれだけでしてよ。
お裁縫やレース編みはさっぱり。
上手にできる人が羨ましいわ」
あたしは首を横に振る。
お父さまは、お料理の先生以外にもいろんな家庭教師をつけてくれたけど、物になったのは結局お料理だけだった。
まさに天は二物を与えずだって納得してたんだけどね。
手先の器用な人に憧れたことがあったのは事実。
「見た目より簡単なの。
よろしければ今度お教えするわ! 」
少女は目を輝かせた。
「では、おばあ様。
お忙しいのにお時間をいただいて、感謝しますわ。
とても楽しい時間でした」
暫く、雑談をしながらお茶を愉しんで、あたしは腰を上げる。
「あの、おばあ様、今日のお話なんですけどっ…… 」
「わかっていますよ。
お父さまには内緒なのよね」
そう言ってくれるおばあ様の声にあたしは頷いた。
「いかがでしたか?
大奥様とのお話は」
帰宅すると早々、待ちかねたように出迎えてくれたケイトが訊いてくる。
「ダメ。
やっぱり、ケネスが相手じゃ太刀打ちできないって」
「困りましたね。
どうしてもケネス殿下ではダメなのですか? 」
「絶対、嫌」
ケイトの問いにあたしはきっぱり答える。
「素敵な方だと思うのですけど。
気遣いもできますし、何よりお嬢様のことあんなに思って下さって。
先日だって、お花をあんなにたくさん毎日届けて下さったのですよ? 」
「モノにつられちゃダメよ、ケイト。
ケネスは子供の時からなんか怖いんだもの」
確かに、いつもニコニコと笑みを絶やさず、物腰柔らか、礼儀も正しく、気配りだってできる。その上イケメンで王子様。
これ以上ないほど完璧なんだけど、その完璧が怖いのよね。
現に、あの空々しい笑顔で何か頼み事をされたら、嫌って言えないんだよね。
「それより、ケイト。
お父さまに兄弟がいたって知ってた? 」
「ええ、前に一度、誰かから聞いて……
でもその方、わたしがお邸に上がる前にもう亡くなっていたそうですよ。
恐らく古参の使用人、執事さんとかハウスキーパーさん、あとガーデナーさんくらいしか知らないんじゃないかと。
だからでしょうか、めったに話題になりませんから、わたしもそれ以上詳しいことは知りませんけど」
「じゃ、わたしに従姉妹がいたなんて話は? 」
「いいえ、全く」
ケイトが初耳だというように目を見開いて首を降る。
この様子だと本当に知らなかったみたいだよね。
「どういうことですか? 」
「うん、おばあ様のところにね、居たの。
わたしと同じくらいの年頃の女の子と、お兄様。
おばあさまには従兄妹だって紹介されたんだけど、びっくりよね」
「確かにヘンですね。
大奥様は一人暮らしのはずですし、途中で同居人が増えたらだんな様が知らないはずないですから」
「じゃ、おばあ様、お父さまにも内緒にしているってこと? 」
「それでしたら、お嬢様にご紹介なんかなさらなかったと思いますよ。
ましてやご訪問のお約束も取れなかったかと」
「そうよね。
わたしの耳に入ったら、お父さまの耳に入るのは確実だもの。
ね? この話、お父さまに黙っていたほうがいいかな? 」
「どうでしょうか?
わたしにはなんともいえませんけど。
とりあえず、それとなく執事さんとかに話を訊いておきましょうか? 」
「うん、そうして」
事情によっては話してしも話さなくてもお父さまを怒らせることになるかも知れないし。




