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「じゃ、いい、ケイト?
開けるわよ」
翌日、お誕生日より少し早めに届いた、大きなリボンの掛かった箱を前に、それを覗き込むケイトにあたしは声をかけた。
お誕生日に毎年おばあ様が贈ってくれるドレス。
今年は、いつもより箱が大きい。
だから、否が応でも期待が高まって、わくわくしながらリボンを解いた。
「ふわぁ、きれい…… 」
ふたを開けると青紫のチュールが目に飛び込んでくる。
どういう織りになっているのか、チュールは角度によって虹色の光を放つ。それが幾重にも重なって、濃紺に近くなって、すごく大人っぽい色なんだけど、所々に散らばる羽根の透けた精巧に作られた蝶と花撚の飾りが、大人っぽくなりすぎるのを押えている。
色はロレッタの瞳の色に合わせてくれたんだよね。
「お嬢様、これ正装用のドレスですよ」
ドレスを箱から取り出し、軽くふるって形を調えながらケイトが言う。
「もしかして、先日だんな様がお嬢様のデビュタントを十六歳のお誕生日にと仰ったのをおききになったのでしょうか? 」
床まで届く長い丈のスカートに大きくデコルテの開いた肩口。
今まで毎年贈ってくださった襟ぐりの詰ったドレスとは形も豪華さも違う。
耳が早いなぁ、もう。
きっと今頃仕立て屋さん発で一部の人の間で話題になっている。
ケネスが聞きつけていなけりゃいいけど。
どういう訳か、ケネス耳が早いんだよね。
何でもいいや、これを口実におばあ様のところに行ける。
ケネスが何か言ってきたら適当に言って誤魔化せば。
現にデビュタントは日延べしてもらったから。
「ケイト、それしまっておいて」
どっちにしろデビュタントは蹴ってしまったから、これが着られるのは暫く先かな?
言いつけて立ち上がると箱の片隅にもうひとつ小さな箱が入れ子になっていたのが目に入った。
「なんだろ? 」
呟いて手にとるとカサリと乾いた音がする。
ふたを開けるとドレスと同じ生地で小さな花弁を作った小ぶりのコサージュ。
生地はドレスと同じなのに、何処かエキゾチックな雰囲気がする不思議な細工物。
「これは、ドレスと同じ材料ですけど、セットで使うものじゃなさそうですね? 」
ケイトが首を傾げた。
「じゃ、いいわ」
ドレスをケイトに片付けてもらってコサージュだけ手元に残す。
とりあえず、お礼と訪問したい由をカードに書いてチョコレートを添えて届けてもらう準備をする。
「これ、つまみ細工だよね」
書き物机の端に置いたコサージュを目にあたしは呟いた。
お醤油のある東の島国の工芸品。
少なくともあたしの前世の記憶では。
お父さまが、他の品物を輸入する時に一緒に取り寄せてくれたものならわかるんだけど、ドレスと同じ生地で作られているって事は、こっちで作られたものみたいなんだよね。
だけど、ドレスを手がけたタイユールさんが作ったとすればドレスの花飾りと同じ物になっているはずだし。
小さな花弁の細工を返す返す眺めてみる。
もしかして、おばあ様の手作りかな?
どこでこんな細工覚えたんだろう?
今度お会いした時に訊いてみよう。
馬車から降りるとあたしはドレスのスカートに手を伸ばし軽く払って皺を伸ばす。
ドアの前で姿勢を正し、一呼吸おいてからドアをノックした。
「いらっしゃいませ、ロレッタお嬢様」
いかつい顔をした執事と思われる初老の男性が、にこりともしないで出迎えてくれた。
「大奥様はただいま参ります。
暫くお待ちください」
応接室にあたしを通して、お茶をだすと執事さんは一礼して下がっていった。
ふわぁ。
緊張したぁ。
その背中が消えるのを待ってあたしは心の中でひとつ息をつく。
いくらおばあ様の家とはいえ、付き添いもなく人様のお宅を訪問するのは初めて。
デビュタント前のあたしにはいつもどこのお宅を訪問するにもお父さまかケイトが付き添うのが当たり前だった。
だけど、このお宅にはお父さまと一緒に一度も来たことがなかったのよね。
それなのに、今日に限ってお父さまが最初から一人で行ってもいいってお許しをくれちゃったんだよね。
おばあ様のお家だってのもあるんだろうけど、何か他の意味もあるみたいで少しだけ気味が悪かった。
いれてもらったお茶を前に、あたしはゆっくりと部屋の中を見渡す。
シノワズリの異国の風景が描かれた壁紙に籐の家具。
漆塗りの飾り棚に置かれた異国の模様の壷やお皿。
部屋の中が全て同じテイストの輸入品で統一された狭いけど豪華な応接室。
スタリナール商会の縁者なんだから、この位の調度は朝飯前なんだろうけど。
それにしても、おばあさま遅いな。
きちんとお約束の時間きっちりに訪問したんだけどな?
もしかして早かった?
お年寄りのお宅を訪問するには約束より三十分遅く行くなんてマナーはなかったような気がするんだけど?
「お待たせして、ごめんなさいね」
首をかしげていると、ドアが開く。
「おばあさま、お久しぶりです。
素敵なドレスをありがとう」
入ってきたおばあ様の姿に、あたしは立ち上がって軽く頭を下げた。
「まぁま、それでわざわざ来てくれたの? 」
おばあ様が目を丸くした。
「正装用のドレスなんて初めてだったんですもの。
嬉しくて!
それに珍しい細工のコサージュも」
あたしはわざとはしゃいだ声をあげる。
さて、どうやってお婿さんを紹介してもらえるようにお願いしようかな?
まさか、いきなり子供を作るようにお父さまに強要されたなんていったら、絶対お年寄りの心臓には悪いよね。
「お誕生日おめでとう。
デビュタントももう直ぐですものね。
初めてのドレスはヘルナンより先に作ってあげたかったの」
おばあ様は優しい笑みを浮べる。
「デビュタントの舞踏会楽しみだわね。
もう、エスコートして下さる殿方は決まっているのかしら?
やっぱりケネス殿下なの? 」
そうだった。
人生で一度きりの初めての舞踏会はパートナーが必要不可欠。
普通は親がこれと見込んだ未婚の男性にお願いするんだけど、婚約者がいる場合はその婚約者が勤める。
すなわち、あたしの場合はケネスってことになっちゃうんだよね。
やっぱり日延べしてもらってよかった。
「あのっ、あのね、おばあさま。
そのことなんだけど…… 」
「なぁに? 急にそんな怖い顔をして? 」
おばあ様が首を傾げる。
「わたくしに、お婿さん候補になる男性を紹介していただきたいのっ! 」
思いきって早口で口にする。
「まぁま、なんてこと! 」
おばあ様は目を丸くした。




