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それから数日後、スタリナール商会のカフェの店先であたしはエリーとエリカさんと一緒にテーブルを囲んでいた。
結局従者は見つからず仕舞だったけど、遠出をしないこと王都では下町の方には近付かないことなどいくつかを条件に、お父さまが折れた。
「これ、厚焼き玉子なんですけど。
試食して、アドバイスもらっていいですか? 」
エリーが遠慮がちに持ってきたお弁当箱のふたを開けた。
最近この子やたら料理に凝っているのよね。
知り合った頃には、自分はごく一般的な家庭の産まれで貴族に嫁ぐような事は間違ってもないから、一般的なお料理だけ覚えられればやっていける、みたいなことを言っていたのに。
お弁当箱に入れられた卵焼きは焼いて時間が経っているからかしぼんでいる。
というかこの見た目でわかるんだけど、火の入れすぎよ。
こんなになるまで焼いちゃダメ。
とか、思いつつせっかくなので、一口頬張る。
うわっ。
口に広がる甘味にあたしは顔を顰めた。
エリーどうした?
以前一緒にお料理したこともあったけど、こんなに砂糖多用する子じゃなかったんだけどな。
「どうでしょう?
生っぽいところまだあります? 」
エリーが心配そうに訊いてくる。
「……生じゃないけど。
玉子は半熟くらいのほうが美味しいと思わなくて? 」
手元にあったお茶を流し込み、口元を軽く拭いながらあたしは提案してみる。
焼加減より何より甘い。
砂糖の使用しすぎで焦げもある。
「ダメなんです、半熟じゃ。
どうしても中まできちんと火が通っていないと。
だけど、最初からお砂糖入れちゃうと中まで火が入るまでにこげちゃって、ロレッタ様が焼くみたいな上手な焼加減にならなくて……
早く火がとおるように薄く焼いてみたり、熾火でじっくり時間をかけてみたり色々試してみたんですけど、卵焼きは厚みがないと美味しくないとか、火のとおりすぎですが入ってもそもそするとかとか言われるし」
何故かエリーは小犬のような目であたしを見つめる。
この視線はコツを教えてってことなんだろうけど。
知らないわよ、砂糖たっぷり混ぜ込んだ玉子液を焦がさずにでも生っぽくないスも入らない絶妙な焼加減に焼く方法なんて。
玉子って簡単そうだけど、ちびっこの時から天才だってもてはやされているこのロレッタ様だって、気を抜くと焼き加減が違ってくる難しい食材だもの。
あたしの前世の世界にならレンジもあるしそれなりの専用機械の入った工場だってあるから可能かも知れなかったけど、少なくもとまだ薪火を燃料にしているこの世界では無理。
「せめてお砂糖だけでも控えたら、いかがかしら?
出汁まき玉子とかなら気をつければ厚みのある卵焼きがスも入らずに焦げなく中まで焼けるわよ」
呆れながら提案してみる。
「出汁まきって、あれですよね。
玉子にお出汁を入れて焼く。
あれはすっごく美味しいです!
教えていただいたなかなか手に入らないかつお出汁じゃなくてコンソメのお出汁で焼いたの、わたしも大好きです」
エリーが目を輝かせた。
「でも、ダメなんです。
一度作ってみたんですけど、甘くない上に中まできちんと火を通してもおだしのせいで半熟に近い歯ごたえになったのが気に入らなかったみたいで、一口味見しただけで…… 」
ついで呟くように言って、エリーは残念そうに肩を落とした。
誰かのリクエストに応じようと必死みたい。
だけど、誰よ?
そんな無茶苦茶な注文するの。
ケネスだってそこまで言わないわよっ。
玉子は難しいの。
そこまで無理な注文するんなら一度自分で焼いてみろって言うんだ。
エリーの話をきいているうちにだんだん腹が立ってきた。
「小さい頃からご両親と引き離されて、淋しい思いをしている方なので、少しでも好きな食べ物作って差し上げたいんですけどもう限界で。
ロレッタ様なら、焼き方知っているんじゃないかって思ったんですけど」
もぅ、最後のほうはエリー涙目になっている。
あ~
なんとなくわかったような気がする。
あいつだ。
子供の頃、あたしのお弁当に甘くないっていちゃもんつけっぱなしだった奴。
あいつなら歯に衣着せずに言うから、全部聞き入れていたら動きが取れなくなる。
「泣かないの、エリー」
慰めるつもりで言ってみたけど、次のいいアドバイスが見つからない。
激甘の絶妙な焼加減の厚焼き玉子ねぇ。
「激甘の卵焼きを完璧に焼く方法は知らないけど、普通の味の卵焼きなら完璧に焼けるでしょ?
それをソースで甘くするってのはどう? 」
あたしはお母さまのお料理を思い出して口にする。
お魚料理が絶品のお母さまの料理だけど、よく出てくるのはソテーかムニエルもしくは蒸し物。それらが続く時はソースが凝っている。
ハーブや魚卵、ピクルスに香辛料、甘かったり、辛かったり、実に多用。
それを応用すればいいんじゃないかな?
「ほら、この間わたしのお見舞いにエリーが作ってくれたお菓子みたいにグレーズでコーティングするとか、ね?
あと、蜂蜜とか、メープルシロップで漬けるとかしてみたら? 」
それじゃ、食事のメニューじゃなくてお菓子になりそうだけど、一番甘くはなるよね。
やったことないし、食べたこともないけど、そこまで焼き加減と甘味にこだわる奴になら受けるかも?
「そうですね、やってみます」
でまかせで言ってみたんだけど、少しは参考になったみたいで、エリーの表情が明るくなった。
妙なことに、あたしとの初対面の時にはろくすっぽ口をきかなかった二人は、何時だか知らないうちに意気投合したらしい。
少なくとも、エリーはかなり気になっているみたい。
でなきゃ、あんな無理難題のお料理しようとは思わないよね。
できる限りは協力するけど。
まさかこの二人でカップリングするとは思わなかったなぁ。
「それにしても…… 」
あたしは呟いて周囲を見渡した。
今日もグレンの姿がない。
グレン自体に興味はないんだけどさ、グレンの顔の広さが目当て。
上手くいけば、お友達を紹介してもらえるかと思ったのよね。
この世界の貴族社会、結婚相談所とか合コンとか婚活パーティとかあるわけなく、それらの代わりを一喝して担っているのが夜会とかなんだけど、デビュタント前のあたしはご招待すらしてもらえないんだよね。
それで思い立ったのが、顔の広いグレンだったんだけど。
「ね? グレン、最近お見かけして? 」
あたしはエリカさんに訊く。
「お姿はよくお見かけはするんですけど、随分お忙しいみたいですよ。
いつもなら用がなくてもこのカフェに顔を出してウエイトレスの一人一人に必ずお声をかけてくれるんですけど。
最近は横付けされた馬車から事務所に駆け込んで、暫くするとまたその馬車に乗ってお出かけになってしまうんです。
何でも隣国との仲が悪化した関係で国に入ってくるものの一部が滞っているとか、何とか……
詳しくはわかりませんけど、そんなことを商会の社員さんが言っていました」
なるほど、スタリナール商会の主軸は貿易だから、今って一番気の抜けない状況なんだよね。
現にお父さまも、帰宅が随分遅い。
グレンだって暢気にナンパしている暇はないか。
うぅん、どうしよう?
「お話は変わりますけど、ロレッタ様昨日大通り向こうの雑貨店にいらっしゃいました? 」
あたしが考えにふけったせいですこしできてしまった間をつなぐようにエリカさんが訊いてくる。
「いいえ?
新しい従者が見つからなくて、ずっと邸から出られなかったもの、街にはきていないわ」
「そうですか?
昨日、お勤めの帰り道でお店の中にいたのを見かけたような気がしたんだけど。
気のせいだったのね。
髪の色がそっくりな後ろ姿を見ただけだもの」
エリカさんが首を傾げた。
「お嬢様、そろそろお時間になりますよ」
ケイトが遠慮がちに声を掛けてきた。
そうだった、従者がいないこの状態での外出の条件がもうひとつ、日が暮れる前にスタリナール邸に戻ること。
仕方ない。
今日はいくら待っていてもグレンは戻らなそうだし。
あたしはのろのろと立ち上がる。
「ごめんなさい、今日はこれで失礼しますわ。
ごきげんよう」
二人に挨拶をして少し先の商会の駐車場で待つ馬車に戻る。
「婚活とは、お友達とお茶をすることですか? 」




