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「もし殿下の目的がお前で、隣国の姫を無視してお前を指名してきたら、両国の関係がひっくり返る。
今までだってやっと均衡を保って来たんだ。
戦は避けられなくなるだろう。
かといって指名されれば断ることはできない。
だから…… その、既成事実を作ってしまえば殿下も諦めてくれるんじゃないかという話になって、ね」
話になった、って言うことは、お父さま一人の考えじゃないってことだよね?
きっと国王さまと散々話を詰めたんだろう。
そしてこの上なく娘大事なスタリナール侯爵はしぶしぶ頷くしかない状況まで追い詰められたってことか。
それにしてもいきなり赤ん坊ってところがぶっ飛んでるな。
普通は結婚が先だろ、オイ。
だけど、口だけじゃ信じてもらえない上にレイモンド納得しないかも知れない。結婚式を目前に横槍をいれられるかも知れないから外堀から埋めようって魂胆なんだよね。
子供を作ってしまえば、それが事実だって周囲にアピールできるし割って入ることもできない。
でも親父様、それもあんまりいい策とは言えないかも知れないよ。
男女の間に厳しいマナーがあるくらいだから、年端も行かない女の子が結婚をする前に子供を宿したなんて事になったら、ロレッタ本人だけじゃない、スタリナール侯爵家の名前まで地に落ちる。
まぁ、スタリナール侯爵家とこの国一国じゃ規模が違うか。
お父さま、貴族の身分を棄てて田舎か他国で隠遁生活するつもりなんだろう。
国のための没落なら国王様からそれなりの恩賞とかお手当てが秘密裏に出るはずだし。
「……考え、させてもらっても、いい? 」
本当は「絶対、嫌」って突っぱねたかったけど、お父さまのそこまでの覚悟を見せられたら、嫌とはいえなくなってしまう。
「とりあえず、お前のデビュタントは早めよう。
本当は少しでも長くお父さまの娘でいて欲しかったから、デビュタントはロレッタの十七の誕生日を過ぎてからゆっくりしようと思ったんだけどね。
十六の誕生日当日でいいだろう」
少し辛そうにお父さまは言う。
お父さまにしてみたら娘のためにできる最大限の手なんだと思う。
成人前の娘が婚約者でもない相手の子供を身篭ったと言うよりは、成人後の娘がほぼ婚約の決まっていた相手との間の子を身篭ったというほうが、いくらか世間の目も緩い。
だけど、それってあんまりいい策じゃない、と、思う。
「待って、お父さま。
それは、あんまりお勧めできないかも? 」
「ん? どういうことだい? 」
「もしもよ、わたしがデビュタントなんかしたら、レイモンド殿下の思う壺じゃない。
デビュタントのお披露目の翌日には選定試験するなんて言い出しかねないもの。
それとも、お父さまはわたしに既に子供が出来ていて再来月には生まれるって言って欲しい? 」
「ロレッタは、昔からそう言うところは聡いね。
聞分けのいい娘を持って、父さまは幸せだよ」
少し肩を落し小さく呟くと、お父さまは立ち上がる。
「じゃぁ、父さまはまだ仕事があるから行くけど。
お相手を誰にするか、じっくりと考えなさい。
相手を説得するのに場合によっては父さまも手を貸そう」
そうなんだよね。
そこは問題。
いきなり十五のあたしが「子供作って」なんて言って頷く人間じゃこっちの方から願い下げだし。
「あ、お父さま。
このお話、ケネス殿下にはまだしていませんわよね? 」
「ああ、事が事だし、ケネス殿下の耳に入れれば必然的にレイモンド殿下の耳にも届く可能性があるからね」
「そう。
でしたら、暫く内密でお願いしますわ」
こんな話絶対絶対ケネスの耳になんて入れられない。
誰かに話したら自意識過剰って言われちゃうかも知れないけど、それこそ尻尾振って大喜びでプロポーズにとんできそうな予感がする。
「心配しなくていい。
ロレッタから言わない限り殿下方の耳には入らないように慎重をきしているよ」
「よろしくね、お父さま」
キッチンを出てゆくお父さまの背中を見送り、あたしは溜息をついた。
「お嬢様、どうしましょう? 」
お父さまの姿が消えると一緒にケイトが訊いてくる。
顔は血の気が引いて真っ青で、あたしより動揺しているのがひとわかりだ。
「どうって言っても、作るしかないかしら? 」
ケイトを動揺させないためにもあたしは平静を装ってけろりと答える。
前世の記憶のないロレッタならきっとここでパニックになったと思う。
だけど、前世の記憶を総合して考えると、それ以外いい方法が思いつかない。
拒否ったら、あたしの命は恐らくない。
少なくとも、この国では。
ロレッタに執着するレイモンドに、諦めさせるにはロレッタが他の男の物に完全になるか、完全にレイモンドの前から姿を消すしかない。
すなわち、他の男との結婚か、ロレッタが死亡するもしくは死亡したとみせかけて国外追放。
そりゃこの三択迫られたら、お父さまとしては結婚させるしかないよね。
死んじゃえばもう会うこともできないし、死亡したことにしての国外追放だって同じ。生きているってわかっているだけで、死んだことになっているんだからお互い行き来できなくなる。
どうしてこんなことになっちゃったんだろ?
ロレッタ、乙女ゲームの悪役令嬢じゃないんだよ?
ヒロインちゃん、虐め倒したりしてないんだけど?
モブにちょっと毛が生えたくらいのちょい役で、攻略した三人のストーリーの中でヒロインちゃんと絡んだ数はただ一回。
王太子妃選考試験の直前に主人公の前に立ちはだかり「負けませんわよ」ってひと言宣言するだけなのに。
どうして悪役令嬢と同じ目に遭わなくちゃいけないの?
「ケイト、頭痛がするから少し休むわ。
お母さまには、晩餐いらないって伝えておいて」
言い残してのろのろと部屋に戻ると、ぼすんとベッドに身を投げた。
あんまり衝撃的過ぎて目の前がくらくらする。
まさか、あのお父さまがね、あんなことを口にしなくちゃならないほど追い詰められていたなんて。
きっと言われたあたしより辛い思いをしてるんだろうな。
それが痛いほど解かったから、考えさせてなんて了解ととれるような返事しちゃったんだけど。
何よりまだ死にたくはないし。
前世でも十七、今世でも十六・七で昇天なんて笑えないよ。
ただ、回避方法が十六で出産ってのも納得できない。
「はぁ……
もう、どうしよう? 」
あたしは大きなため息をついて、枕に突っ伏す。
「お嬢様、お加減いかがですか?
痛み止めのハーブティお持ちしましょうか? 」
ドアの向こうから控えめなノックの音が響いて、ケイトの声がする。
どのくらいそうしていたのか、枕から僅かに顔をあげると知らないうちに部屋の中に薄らと闇が広がり始めていた。
「……いい。
ハーブティ、嫌いだもん」
枕に顔を埋めたままであたしは答える。
「どう、なさいました? 」
程なくドアが開いて訊きなれたケイトの足音が近付いてくると、ベッドの端に腰を降ろす気配がした。
「……なんでもない」
顔を埋めたまま少しふてくされてあたしは答えた。
「奥様、お呼びしましょうか? 」
「いらない」
「さっきまで、だんな様と対等にお話なさっていたのが嘘のようですね」
大きな溜息と共にケイトが言う。
そっとあたしの頭に手が伸びて、優しく撫でてくれる。
あたしの髪をすべるケイトの手の温もりが心地いい。
きっと、十五でいきなり結婚なんて言われたあたしが納得できないのは無理もないって同情してくれているんだろうな。
あたしが拗ねているのはそっちのほうじゃないんだけどね。
さすがに、この話蹴ったら大真面目にあたしの首が飛ぶとはケイトにはいえないよね。
……だったら!
あたしは勢いをつけて起き上がる。
「やってやろうじゃないの! 」
「お嬢様? 」
いきなりあたしが身動きしたものだから、ケイトが驚いたように目を見開いている。
「まぁ、もうお決めになりましたの?
お相手はやっぱりケネス殿下でしょうか?
お小さい頃から仲がよろしかったですし」
不思議そうにケイトが首を傾げる。
「却下よ。ありえない」
「では、エリオット様、それともグレン様ですか? 」
「ないない、絶対ないわよ」
「では、どなたをお相手になさいますの? 」
問題はそれよね。
その三人以外にあたし男性の知り合いないんだもん。
まさかね、お父さまに頼んでお見合い相手を見つけてもらうって訳にもいかないし。
ケネスが一番に飛んできそう。
お父さまのデビュタントの話、断るんじゃなかったかな?
デビュタントすんでいれば、彼方此方の舞踏会とか夜会とかに顔を出せたから、お婿さん選び放題だったのに。
でも、ケネスを避けるとなるとやるしかないんだよね。
ケネス相手に毎日食事を作りつづけるなんて絶対嫌。
考えただけで鳥肌モノよ。
「決めた。
わたし、婚活するっ! 」
「コンカツとはなんでしょう?
新しいカツレツのアイディアですか?
お嬢様、何もこんな辞退の時にお料理の構想など練らなくても」
ケイトが首を傾げついで呆れたように言う。
「違うわよ。
婚活。
結婚相手を探すの」
「ねぇ、ケイト。
お父さま、帰っている? 」
「ええ、先ほど。
奥様とお食事を終え、書斎の方に入られましたよ」
「ちょっと、行ってくるね」
ベッドを降りると、軽く叩いてドレスの皺を伸ばす。
「お嬢様? 」
慌てて追ってくるケイトの足音を耳に、あたしは部屋を出た。
「お父さま? 」
書斎の前まで来ると足を止め、ドアをノックする。
「ロレッタかい?
入っていいよ」
部屋の中から言われドアを開けると、お父さまは昼間以上に憔悴しきった顔をしていた。
「お願いがあるの。
馬車と御者を貸して。
わたしがどこにでも気軽に行けるように」
「前にも言っただろう?
今、街は治安が悪いんだ。
新しい従者が見つまるまで我慢しなさい」
「それって、何時ですの? 」
「あまり我儘言わないでくれるかな、ロレッタ。
レスターのような見目のいい従者はなかなかいないんだ」
貴族の外出に付き添う従者は世間の目に晒されることが多いから、見た目が重視される。
その上に警護の腕の立つ若い男なんて言ったら、そう簡単に見つかるわけがない。
それでなくても今、街を警護する衛士の数が足りないってきいた。
見つかるの待っていたら何時になるかわからない。
「そんなの警護の腕がよければ多少不細工だっていいわ。
とにかくお願い、ね。
お父さま」
それだけ言ってあたしは返事を待たずに書斎を出た。
返事を待っていたら、絶対NOって言われるから、その前に逃げるに限る。




