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「それで…… それで、だな」
「なぁに、お父さま? 」
まだ言い難そうにもそもそしているお父さまにあたしは首を傾けた。
本当に、今日はどうしちゃったんだろう?
「その…… 父さまのお願いを一つきいてくれないかな? 」
「どうしたの、改まって?
また、何かのレシピを商品化するとかのお話? 」
「いや、そうじゃなくて、だな……
……を作って欲しいんだ」
もそもそ言っているところがよくわからないけど、作れって言うところから推測するに何かのお料理かな?
だとすると、お父さまが最近はまっているあのアイスクリームかな?
「いいわよ。
またアイスでしょう、柚子胡椒の」
あたしは笑顔を浮べる。
そりゃ、いつもお世話になっているし、アイス作るくらいいつでもオッケー。
ご注文に応じちゃいましょう。
あたしは早速材料を揃えてもらいたくて、ケイトに視線を送る。
「いや、作ってもらいたいのはアイスじゃないんだ。
その、あ、あか…… 」
「あか、なんですの? 」
あたしは首を傾げる。
「あか」のつく食べ物なんてあったっけ?
それにしても本当に、いつもより歯切れが悪いなぁ。
そんなに言い難いものってなんだろう?
「その…… 赤ん坊だ」
えっと、赤ん坊、そんな料理あったっけか?
ってか料理じゃない!
「はぁああああああ? 」
「だんな様っ? 」
あたしとケイトの声が重なる。
いきなり何言い出すんだ、この親父。
あまりに衝撃すぎて動悸がする。
だってよ、この娘べったりの男が、突然そんなこと言い出すなんて、予測すらしなかった。
むしろ二十五過ぎの行き遅れになって、ようやく連れて来た相手にすら、絶対に嫁にはやらないって激怒するパターンを起こすって思っていたから。
「お父さま、何言っているの? 」
「そうですよ、だんな様。
お嬢様まだ十五なんですよ? 」
ケイトと二人して矢継ぎ早に口にする。
「二ヵ月後には十六になる。
十六になれば婚姻は可能だ」
お父さまは低い声で唸るように言った。
そのトーンで、さっきの言葉が悪ふざけや思いつきじゃないことを物語っている。
「どういうことよ、お相手は誰?
説明して! 」
あたしはお父さまに向かい合うと訊く。
何故に急にこうなる?
何故に、どうして、この娘第一主義の男が、トチ狂ったようなことを口にしてるんだろう?
多分、なにかあたしをお嫁にやらないといけないような重大事件が起こったんだろうことだけはかろうじてわかるんだけど。
まだ動悸の治まらないままで考える。
動悸が酷すぎてなんだか頭痛までしてきた。
「相手は……
レイモンド殿下以外なら、誰でもいいよ。
父さまとしてはケネス殿下だったらとは思うけど、無理強いをするんだ、そこは譲歩しよう。
お前の好きな相手を選びなさい」
誰でもいいなんて、また乱暴な。
さっきも思ったけど、どんな相手を連れて来たって絶対却下しそうなのに。
「どういうこと? 」
お父さまが経営する商会がヤバくなって出資を頼んだ相手が引き換えに娘との婚姻を迫ってきたとか何とかなら、納得はできないまでもわからなくはないんだけど。
誰でもいいなんて。
そんな無茶苦茶な図式あり?
「きちんと説明してくださらない? お父さま」
「ああ、そうだね。
あまりに突然過ぎてロレッタもびっくりするよね」
お父さまは膝に置いた手を組むとゆっくり視線を落とした。
まるで頭の中の情報を整理しているかのように暫く黙りこんでしまった。
狭いキッチンの中に静寂が広がる。
正直、苦手だな、この空気。
だけど、なんか話し掛けちゃいけないような気がした。
「レイモンド殿下の縁談が持ち上がっていることはお前も知っているだろう? 」
暫くして、ようやくお父さまが口を開いた。
その言葉にあたしは頷く。
前にお父さまも言っていたし、先日エリーも同じようなこと言っていた。
だから単なる予測や噂じゃないのはわかる。
だけど、それとこれとでどういう関係があるんだろう?
「お相手が隣国の姫君と言うこともあって、今回のお妃の選定は見送ることになったんだ。
ところが、肝心のレイモンド王子がなんとしても選定はやるといって譲らない。
そこまでなら我々も譲れるんだ。
料理のできがなんであれ王女を合格にすればいい話だから。
ただ対戦相手になるはずの予定していた貴族のご令嬢の候補者が皆辞退したんだよ。
かといって対戦相手が町娘では相手を刺激しかねない」
そりゃそうよね。
選定試験の候補者に選ばれるのは普通の町娘には名誉になる。
それだけ料理の腕がすごいって認められたって事なんだから、もし選ばれなくてもいいところにお嫁にいける。
だけど、貴族の場合は逆。
選ばれなければ料理の腕が悪いって認められたって事になって、親の爵位より格下のお家にしかお嫁にいけなくなる。
今回は、その隣国の王女様がお相手で負けが決まったようなものなんだから、誰がそんな試験に参加するのかって話だよね。
町娘なら参加者がいるけど、今度は王女側が侮辱されたって言い出す可能性が大。
だけど、そこからどうしてあたしが子供を産むことに繋がるんだろ?
お父さま、何か言葉を間違っていない?
「だったら、わたしがお相手になりますわ」
首をかしげながらも言う。
王の信頼の厚いスタリナール侯爵の令嬢が相手なら満足でしょう。
それに将来のお相手は一般市民かもしくは一生独身でもいい! って計画していたんだから、まったく問題ナシ!
むしろそのほうが好都合。
お妃に選ばれなかったダメ娘だって噂が立てばお嫁に欲しがる貴族もいなくなる。
「お前なら、そう言ってくれると思っていたよ。
だけど、それがレイモンド王子の目的だったらどうする?
何しろ王子はお前のことを子供の時から気に入っていたし、選定権は王子が握っている」
「まさかぁ…… 」
呟きながらあたしはこめかみをひくつかせた。
いや、ありえないでしょう?
曲がりなりにも一国の王太子だよ?
それもいい年になった。
自分の選択一つで国が滅ぶかも知れないのに、我儘言える立場じゃないでしょ。
「そうともいえないところが怖いんだよ。
ロレッタも知っているとは思うけど、レイモンド王子は子供の頃病弱で大人になるまで生きられないかもって言われていた。
だから王妃様はじめ陛下も少々甘やかしすぎたんだよ」
……確かに、絶対にありえないっていえないところがあの人の怖いところなんだよね。
ずっと前のキスの一件だって。
今ならわかるんだけど、あれ絶対その場の流れとかじゃなくて計画的だったよね。
既にケネス王子のお妃候補に決まっちゃっているロレッタを自分の物だってアピールするためにわざとあのお茶会に招いた。
結局お咎めは受けたかも知れないけど、ロレッタはレイモンド、ケネス両王子の妃候補になるってありえない状態になったんだよね。
おまけにそのとき、本来なら直ぐに開催されるはずだった選定試験があたしのデビュタントの年齢まで延期された。
つまりレイモンドの目論見そのまま叶っちゃたんだよね。
あたしがゲームのヒロインだったとしたら、何処か怖いケネスや、全く相性の悪いエリオットとグレンからするとレイモンドが一番まともな相手に思えたんだけど。
実際ケネスより怖いかも知れない。




