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「お嬢様! 」
エントランスへ足をふみいれると同時に執事の声があたしを呼ぶ。
その咎めるような口調にあたしは思わず肩を竦めた。
「どこへ行くおつもりですか?
だんな様からは暫く外出はお控えになるようにと、言いつけられているはずですが」
「わかっててよ。
出かけるわけではないもの、心配ないでしょう。
お友達をお迎えに出てきただけですもの」
言ってエントランスのドアに向かう。
こういう時自分でお茶の準備が完結しちゃうのって不便だなって思う。
使用人にお茶の準備をしてもらうのが当たり前なら、予め来客があることを知らせておけば全部完結するのに。
ぶつぶつと不満を呟いていると、目の前に商会の馬車が走りこんできた。
「いらっしゃい、待っていたのよ。
エリーとエリカさん」
馬車から降りてきた人影にあたしは声を張り上げる。
「お怪我をしたって、きいて。
お加減いかが?
これ、お見舞いです」
花の盛られたバスケットとお菓子を差し出しながらエリーが首を傾げた。
「ありがとう、もう平気。
もともと大したことなかったのよ。
奥へどうぞ」
執事の目をよそに、あたしは二人を応接室へ誘う。
既に足首の腫れは引き痛みも全くない。
「本当にもうなんともないんだけど、お父さまに外出を止められてしまって外に出られないだけなの。
心配かけてごめんなさい」
もう退屈で退屈で死にそうなんだけど、ここスタリナール領は王都に隣接しているとは言っても、邸から王都までは馬車で三十分はかかる場所。
お父さまに言いつけられた使用人が馬車を出してくれないから、さすがに歩いて行く根性はあたしにはない。
バスか電車でも通っていればねぇ、勝手に出かけちゃうんだけど。
交通手段が自前の馬か馬車だけって言うのはさすがに不便。
あと、タクシーみたいなシステムの辻馬車があるんだけど、王都から離れたこの場所じゃ捕まらない。
どうしてもっていったら呼ぶことはできるんだけど、電話があるわけじゃない、呼ぶには使用人の手を煩わせなくちゃいけないから、やっぱりアウト。
退屈で死にそうになっていたら、見かねたかのようにエリーとエリカさんが遊びに来てくれた。
「それにしてもすごい花ですね」
お花で埋まった応接室を見渡してエリーが言う。
「大した怪我じゃなかったのに、聞きつけた誰かさんが、大げさに解釈して毎日お見舞いに贈って下さるのよ」
ほんとにケネスってば勘がいいって言うのか耳が早いって言うのか、あたしが足を痛めたってその日のうちに聞きつけて、以来毎日お花を届けてくる。
丁重にお断りしているんだけど、まるっきり聞き入れてくれない。
きっとあたしが自分で行って、怪我は完全に治りましたって見せなくちゃ終わりそうにない。
考えるだけで気が重いなぁ。
「素敵ですね」
そんなあたしの思いとは裏腹にエリーがうっとりと呟く。
そりゃ、好きな相手にこんなことしてもらえればもう至福なんだろうけどね。
「そうそう、お嬢様の考案してくださった新商品のパフェ、評判いいですよ」
わたしが差し出すお茶のカップを受け取りながらエリカさんが報告してくれる。
「そう? よかったわ。
単価が少し高いから、どうなのかなって、少し心配だったんだけど」
「でも、見た目が豪華ですからお値段に見合っているらしくて、注文してくださるお客様、納得していらっしゃるみたいです」
「ふぅん。
何が受けるかわからないものね」
「まぁ、焼き菓子などはもう考案し尽くされたって言うか、皆さんほぼほぼ同じ物家で焼けますから。
足の速い色々な材料を少しづつって言うのが魅力なんだと思います。
今、街の女の子達の間で話題になっているんですよ」
確かに、冷蔵庫もないこの環境でオレンジ一切れ、メロン一切れなどなど複数種類の材料を一切れづつっていうのはけっこう贅沢になる。
それを考えるとけっこうお値打ちなのかも。
「よかったわ。
また、お客様の評判聞かせていただける? 」
あたしは満足して笑みを浮べると並べてあったお菓子に手を伸ばす。
「うわっ」
口の中に広がる甘味にあたしは思わず顔を顰めた。
慌ててお茶を飲み下す。
えっと、こんな焼き菓子焼いておいたっけ?
玉子をたっぷり使ったケーキ生地にお砂糖のグレーズ。
あたしに憶えがないってことはお母さまのお手製?
それにしたら使ってあるバターが我が家で使うのとちょっと違うから使用人の皆でお茶する時用に誰かが焼いておいたものかな?
「甘、かったですか? 」
エリーが心配そうにあたしの顔を覗き込んでいる。
そっか、さっきエリーにもらったお菓子だ。
気がついていたらいきなりお茶で流し込むなんて失礼なことしなかったのに。
失敗したな。
「ええ、ごめんなさい、少し……
これ、どのくらいお砂糖使ってありますの? 」
作った本人が確認してくるくらいだから訊いてもいいよね。
「そんなにたくさんじゃないんですよ。
生地の中にお砂糖あまり沢山入れると焦げやすくなるけどあまり甘味は変わらないじゃないですか?
だから生地に練りこんだお砂糖を控えて、表面にグレーズかけてみたんです。
トータルのお砂糖の使用量はあんまり違わないんです。
そ、の……
いくら甘いもの好きでもあんまり沢山じゃ身体に悪いんじゃないかなって」
珍しくエリーが饒舌に話す。
「これで、お砂糖の使用量同じですの? 」
ふわぁ、考えたな。
口の中に入れたとたんにガツンと甘味が来るから、中のケーキ生地が甘くないのにあまり気がつかない。
「いいんじゃない、わたくしの口には少し甘すぎますけど、甘党さんも絶対満足するんじゃないかしら」
あたしはもう一度お茶を口にする。
それほど甘いんだけど、お砂糖だいすきさんは納得しそう。
「よかった。
色々思索して、これが一番よさそうに思えたんだけど、味見を繰り返していたら最終的には自分じゃよくわからなくなってしまって」
エリーが顔を綻ばせた。
「それはそうと、エリー就職おめでとう。
お城勤めはどう? 」
エリーに視線を向けたまま訊く。
この春学校を卒業したエリーは、昔のコネかなになで王宮に就職を果たしていた。
王宮にはいろんな人間が集まるから、甘党さんなお客様納得させられるお菓子の係りにでも配属されたのかな?
だとしたら、後は見た目をもう少し華やかに飾れば完璧かも。
「面白いことばかりです。
ご存知ですか?
レイモンド殿下の縁談がすすんでいる話」
「ええ、確かそれで恒例の選定試験がなくなるとかって聞いてるけど? 」
先日遠まわしにお父さまが言っていた。
「実は、そのお相手の王女様がもうこの国に来ているんです」
「本当ですの? 」
思わず声が大きくなってしまった。
「何でも、全くお料理できないとさすがにこの国へのお輿入れは難しいって事で、今お勉強の真っ最中らしいです。
どうせなら、最初からこの国の料理を習うほうが効率がいいからとか、何とか。
ついでにレイモンド殿下のお好みも把握できるからと。
毎日、家庭教師が来て、お連れになった侍女と一緒にお城の予備のキッチンに篭っていらっしゃるんですよ」
それは、初耳。
王女が来ていることも、そんな努力をしていることも。
なんなら行って、レイモンドの好き嫌い教えてあげたいところなんだけど。
さすがに、無理、かなぁ?
「じゃぁ、おもてなしとか、お世話とか、大変ですわね? 」
「いえ、基本的にわたし達下働きは、身の回りのお世話みたいな身近に寄るお仕事はさせてもらえませんから。
お仕事はいつもとあんまり変わらないんです。
肝心の王女さまの顔だって見られないんですから」
エリーは不満そうに口を尖らせる。
「王女様だけじゃなくて、王子様や国王様のお顔もあんまりみられないんじゃなくて?
そんなものよ。
わたしやお父さまだって、ふらりと遊びに行ったら絶対会ってなんかもらえないもの」
……向こうからお呼びが掛からない限り、行かないけどね。
「そう言うものですか? 」
訊きながらエリカさんが首を傾げた。
「ええ、貴族だからって王宮には出入り自由に見えますけど、実際に陛下や殿下方のお顔を見られるなんてめったになくてよ」
「そうそう、王女様の侍女の一人がエリサさん、っていうんんです。
人懐っこい方でよくあちらから話し掛けてくださって仲良くなったんですけど、名前が同せいか、なんだか他人のような気がしなくて」
「あら、不思議ね?
わたしがエリカでエリーでしょ?
グレン様の妹さんの家庭教師がエリナさん。
なんだかエリちゃんばっかり集まりましたね」
エリカさんが首を傾げた。
もしかして、あの時送ったあの娘のことかな?
おつかえしているご主人ってもしかしてその隣国のお姫様だったってこと?




