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「でもよかったですわ。
大したお怪我じゃなくて」
会議を終え、家に戻ると少し腫れている足首に湿布をはりながらケイトが言う。
「とりあえず、一息ついて下さい。
今、お茶を入れますね」
ケイトは立ち上がると、手当てに使った道具を片付けそれを持ってでて行く。
確認したらあたしの足よりも靴の被害の方が大きかった。
せっかくお父さまが手配してくれた、某有名靴店の新作だったんだけどな。
ドレスの色に合わせてご機嫌で履いていったあたしが悪かった。
もうあの辺りを歩く時には、ヒールの細い靴を履いていくのは止めよう。
溜息混じりに無残になってしまった靴を眺めていると、けたたましい足音が近付いてきて、ノックもなしに乱暴にドアが開く。
「ロレッタ、怪我は大丈夫か! 」
息を切らしてお父さまが飛び込んでくる。
今日商会にいなかったから、きっと商談に外に出ていたんだろう。
戻ると同時にあたしのことを訊いて慌てて帰宅したんだと思う。
「ごめんなさい、お父さま。
心配おかけして」
ソファに座ったままであたしは言う。
「ただ、せっかく作ってもらった靴、ダメになってしまいましたわ」
「気にしなくてもいいよ。
相変わらず律儀だね。
靴なんかまたいつでも作ってあげるから。
それより怪我は? 医者はなんて? 」
「ええ、平気よ。
お医者様呼ぶほどではなかったですもの。
二・三日すれば普通に歩けるようになると思うわ」
「そうか、よかった」
お父さまは安心したように息を吐いた。
きっといろいろ忙しいのに、わざわざ飛び帰ってくれたんだよね。
そういえば、もう三日も顔を見ていなかった。
子供の頃からずっと、用がなくても毎日最低一回はあたしのキッチンに顔を出していた人が。
それになんだか顔色もよくない。
「じゃぁ、ロレッタ。
父さまはまだ仕事が残っているから行くけど、くれぐれも無理はしないように」
「お父さまこそ無理なさらないで」
「ああ、ありがとう。
それから、先月やめたレスターの代わりなんだけどね、手配したけどすぐには見つかりそうにないんだ。
見つかるまでとうぶん外出は禁止だよ」
「それは、ない、かなぁ? 」
何時になるかわからないのに外出禁止なんてとんでもない。
あたしは首を捻る。
「言うこときいてくれるね? ロレッタ。
でないと、ケネス王子が付き添うなんて言い出しかねないから」
「うぅぅ…… 」
お父さま、それは脅迫って言うんですぅ。
あたしは唸る。
お父さまは「王子様に従者をやらせるなんて恐れ多いだろう? 」って言いたいんだろうけど。
あたしにとっては「ケネスに始終付きまとわれるなんて拷問よ」と言うことになる。
唸るあたしの頭をくしゃりと撫でてお父さまは部屋を出て行った。
「だんな様、普段もお忙しいですけど、今日は特別お忙しかったみたいですね。
今なんてエントランスに馬車が止りっぱなしでしたよ」
入れ替わりにお茶を持って入ってきたケイトが、その背中を見送りながらあからさまに溜息をつく。
「みたいね」
きっとあたしが怪我をしたって聞いて、やりかけの仕事放りだしてきたんだよね。
悪いことしちゃったな。
「本当にタイミングが悪かったですねぇ。
こんな時に従者がいないなんて」
ドアが開けっ放しだったからケイトにもさっきの会話聞えていたのかも知れない。
「仕方がないわ。
今衛士は人手不足みたいですもの。
わたし一人のための警護なんて贅沢よ」
だから、付き添いナシでもいいんだけどな。
それにしても、ジョシュアって、訊いた名前だよね。
多分、あのソシャゲの中の誰か……
えっと、ケネス王子の従者じゃなかったはずだし、グレンの親友?
どっちにしてもモブよりはもう少し聞き覚えがある名前なんだけど……
ソファに座ったままあたしはケイトの入れてくれたお茶を手にとった。
ふや?
今日のはハーブティ?
カップの中で淡いピンクの液体が揺れている。
「今日は、ローミールのお茶にしました。
痛みに効きますから」
ケイトが言う。
あたしがハーブティ苦手なの知ってるくせに。
「いいから、飲んでください。
でないと、今夜痛みで眠れなくても知りませんよ。
どうしても嫌だと仰るのなら、蜂蜜入れます? 」
不満で口を尖らせるとぴしゃりと言われた。
仕方なく一口…… ついで一気に喉の奥に流し込む。
……この、雑草独特の青臭い匂いと干した草の埃臭い匂いが混ざった味苦手なんだよね。
「ね、ケイト。
飲んだから、お茶をいれてちょうだい。
ちょっと濃い目の奴。
それからなにか甘い摘むものもね」
青臭い匂いは何時までも口に残るから口直ししなくちゃいられない。
「本当に、何時までも子供のようなことを仰って……
好き嫌いはいけませんよ。
待っていてください、今お持ちしますから」
しっかりたしなめてから、ケイトはお茶を持ちに行く。
「幾つになったって、嫌いなものは嫌いなのですもの…… 」
呟いたあたしの脳裏に前世の記憶の一部が浮かび上がった。
嫌いなものは嫌い。
そう素直に言えばいいのにって奴がいたっけ。
ケネスとレイモンドは辛党、エリオットは甘党、グレンは未知の食べ物より慣れ親しんだオーソドックスの物が好き。
等々、ゲームの攻略対象には何らかの特徴があって、好きな物を出すと高得点、嫌いなものは低得点になるって言うシステムだった。
そして、運営さんが初心者さんには絶対にお勧めしない上級者用攻略キャラ。
それが革命家のジョシュア・ゴードン。
革命家とか出てくる辺りがもう、強引に王妃になれるロイヤルエンドに繋げる設定だってのがわかるんだけど。
とにかく一番の難敵。
何しろ嫌いなものはないと豪語しながら、食べないものがたくさん。
食べる食材のほうがむしろ少ない。
そのくせ、トマトが少しでも入った料理には全く手をつけないくせにボロネーゼは人の三倍。
にんにくが香り付けに使ってあれば肉でも野菜でもまっるっきり食べないのにペペロンチーノだけは人の五倍は食べるというなんともわからない奴。
おまけに、嫌いな料理はもちろんのこと好きな料理を作っても満足させられる以上の量がないと減点。嫌いで箸もつけなかった料理を作りすぎると更に減点。
とにかくユーザー泣かせなんだけど、用意されているロイヤルエンドのシナリオは一番いいって評判だった。
そのジョシュア・ゴードンだっ!
うわっ、しまった。
馬車の中にいるうちにもっと積極的にお話して親密度を高めておくべきだったかも知れない。
何しろ、貴族の令嬢のロレッタと、今のところ一般市民のジョシュアじゃ接点がまるでない。
おまけに、外出禁止喰らっちゃっているとなると、会いに行くこともできないし。
まずったなぁ。
一番聞き出す情報が多い相手と、お付き合いができないなんて。
とにかく今日のお礼とかなんとか口実作って会いに行かなくちゃ!
それにはまず、商会に行かないとなんだよね。
グレンに繋いでもらわないと連絡先すらわからないし。
「お嬢様、お茶が入りましたよ」
何時の間にかケイトが戻ってきて、お茶をいれてくれている。
「ね、ケイト。
今日の、ジョシュアさんにお礼をしたいんだけど、焼き菓子みたいなものでいいかしら? 」
ボンボンを口に放り込み、濃い目のお茶を飲み干してあたしは訊いた。




